勝利は幸運と踊った
「爆発オチなんてサイテー!!」
「うるせえな。お疲れ」
叫びながら僕は個室を出た。中継モニター前で先生が待っている。
「優勝決まったぞ」
混乱から抜けていない僕を見捨てて、先生はさらりと衝撃の事実を告げてきた。いよいよ開いた口が塞がらない。
「お前が気にしていたヒヤシンスな。草原エリア配置、ステータス変動なし。スキルは〔道具収納〕だった」
「え゛」
今度は別の意味で驚いた。口が渇いてきてちょっと辛い。
「え、だって、槍、路地裏……」
「あー。路地裏はお前らの移動先を予想して、先に近道を使っただけらしいぞ。
片方は槍に気づいたから探索型。片方は跳ねた時、レンガにヒビ入ったから極度の攻撃型。戦うつもりなら槍を使いにくい場所まで移動する可能性が高い。それでも、木刀は振るえるようにしておきたいだろうから室内はなし。
室外の狭い道。探索力を活かすために裏路地辺りを使うかな……って思ったそうだ」
「怖っ」
考察の鬼。やっぱりカッコいいと思う反面でちょっと怖い。
……というか、重要なことに今気づいた。
「ちょ……え……先生、まさか……ヒヤシンスさんと……知り合い?」
「言ってなかったか? 中身知ってるぞ」
「輪廻の果てまで堕ちてしまえ」
「憎悪を燃やすなこんなことで」
逆さ吊りにしてやる、この不良教師。生徒の純情を弄びやがって。
「聞かなくていいのか? インタビュー」
「……聞きますよ……」
最後の最後で負けた。とんでもない屈辱だ。だって、ミニバラと一緒に、ヒヤシンスさんに勝ったのに。あんなポッと出の負け方なんて。
ふざけるな、卑怯者。本気でそう思う。
『――優勝の【ローズ・ブルー】さんです。おめでとうございます!』
だから。それを聞いた瞬間は、頭が真っ白になった。
反射的に僕の個室の隣を見る。直訳した時、その名になる人物の部屋を。
『スキルを〔
『人と遭遇した瞬間に他所へ追いやるためです。それと、武器を他のエリアに落とせば私のいるところは安全になるかなーって』
『なるほど。プレイヤーの真上から地雷を落としたり刀を降らせたりしたのは故意ではなかったんですか?』
『もちろん! それで3エリアをダメにしたとは思ってなかったですよ。最初に会った人達を火山ゾーンに送っちゃったって知った時には、焦って焦って……』
最後に聞こえた幻聴がよみがえる。まさか。
『それにしてもLUCKY全振りとは、思い切りましたね? 運営でも想定外でしたよ』
『外見のモデリングは済ませていたんですけど、このゲームで遊ぶのは今日が初めてで。勘でやりました』
……理不尽。その言葉が、浮き出た。
そこにあった無垢な思惑を知った。知ってしまった。
ヤバイ。喉奥が震える。息が吸えない。
「先生」
「おう」
「……僕、頑張ったんです」
「見てた」
「…………綺麗な人と会いました」
「うん」
「………………たのしかったって、あの、ヒヤシンスさんが……いってくれて……」
「ああ」
「それ、で……それで…………」
悪意のない理不尽に。幸運という絶対的な存在に、打ちのめされる。
言葉がまとまらない。勝てた時は嬉しかった。新しい出会いに少しときめいた。
それでも負けた。今日、あの人に。
先生が近づいてくるのが隅っこに見える。
クシャ、と。雑に頭を触られた。
心のどこかが決壊する。必死で言い聞かせていた何かが、崩れた。
「……くやしい」
「だろうな」
滲んで、澄んで、雲って晴れて。視界がめまぐるしく変わっていく。
「……悔しい……!!」
人目は気になったけど、止められなかった。先生の手が乱暴なほど暖かくて、たまらない。
僕は泣いた。
本気で挑んで楽しんで、だからひたすらに悔しかった。
……俺は泣いた。
声を押し殺すもう1人に気づいたのは、先生の足が動いてからだった。
「蘇芳」
またまた別の方向性で息が止まる。
先生がその名前を呼んだこと、その人間がここにいることに天変地異のショックを受けて。
「……る、さい」
先生を遥かに上回る体格、低い声。
顎の殴られた痕跡。
黒みがかったピンクの髪。
「ピンクヤンキー!?」
「あ゛? あっ、お前、昨日のアッパーチビ」
ピンクヤンキーもとい
昨日キノ山を買いに行った僕を肩がぶつかっただけで殴ってきた奴。謝ったのに。すぐさまアッパー決めたけどさ。
「ヒョロガリが勝てるゲームじゃなかっただろうが。オレがダメだったんだから」
「は? ゲーオタ陰キャ舐めんな。こちとらトップ100の常連なんだよ」
「喧嘩すんな。教師の前で喧嘩すんな」
先生は頭を抱えている。その様子に思わず脳内のあだ名が口をついて出た。
「うるさい不良教師」「黙れ先公」
揃ったのが腹立たしかったのか、百獣の王を連想させる眼光を向けられる。もうミニバラで味わったから平気だもん。
先生の静止も聞かず、僕達はアイスを奢ってもらうまで口喧嘩していた。
◇
「丁香花は家についたら連絡寄越せよ」
「はーい。ピンクヤンキー、せいぜい赤甲羅に気をつけろ」
「夜道のノリで言うな。あと著作権」
白いベンツに乗り込みながら、アッパーチビはオレに舌を出してきた。ガキだアイツ。
高級車がコンビニから去っていく。それを見届けると、先公は軽のドアを開けた。
「助手席で良いか」
言うと、アイツはさっさと車に乗り込む。動けずにいるとガラス越しに手招きされた。仕方なくそこに座る。
窓から外を眺めた。今までのことが鮮明に甦ってくる。
昨日は深夜に帰った。ゲームのハードが壊されていた。
『お前が私を殺したくせに』と言われた。いつものように頬を叩いてきた母親を、初めて蹴った。機械を抱えて外に出た。
気分が悪かった。ぶつかられて爆発した。殴った。殴り返された。頭に血が上った。当てもなく駆け出した。
雨が降った。希死念慮やら消失願望やらが押し寄せた。どうしようもなく泣いた。
雨の音が遠くなった。顔を上げた。
ソイツは濡れていた。オレに傘を差し出していた。
隣の男は言った。『どうした、蘇芳』。
たまたま通りがかったと言われた。オレを覚えていることが不思議だった。オトコとベッドで遊んだり喧嘩したりして、高校にはろくに行ってないのに。
コンビニに行った。甘党か聞かれた。何も答えなかった。タオルと一緒にコーヒーを渡された。
カバンを見られた。大会のことを聞いてきた。何も答えなかった。ゲーム機は没収された。『会場まで取りに来い』と言われた。
家まで送られた。母親は泣いた。コイツはオレと母親を交互に見て、黙っていた。
電車を乗り継いだ。会場まで行った。アイツはいなかった。ハードを回収しに来ただけだと言い聞かせた。参加証は破いた。
オレの個室前にカバンが置かれていた。
中を開いた。
それは新品同様になっていた。
驚いて、驚いて、驚いた。
人が来た。慌てて個室に入った。どうしたら良いか分からなかった。
訳も分からず、目が何度も溶けた。
ノックが聞こえた。顔を上げた。
教師は口の端を引いて笑った。『手伝うぜ』と言ってきた。
先公はテープで参加証を継ぎはいだ。
開幕早々、やり場のない感情を他プレイヤーにぶつけた。
変わった奴に会った。
ソイツは望まれて立っていた。オレの参加理由は上手く言えなかった。
強敵を倒した後、笑った。アイツに何度も助けられたことを自覚した。
いきなり爆破された。突然すぎて、逆に悔しくない。
家に着いた。車から降りて扉に向かう。
……夕方に帰ってくるなんて。普通の部活動生っぽい。
「蘇芳」
呼びかけられて手を止めた。
「応えなくていい。
でも、待ってる」
そう言って、アイツは車を発進させる。
オレのHN【ミニバラ】は理想。
折れて良いから、特別な功績が欲しい。
女じゃないけどアイされたい。
オレはまた少し泣いた。
ゲームでマジのアオハルを。 緋衣 蒼 @hgrmao
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