俺達はPRAYER

 舞台に選んだのは路地裏。ここなら壁を利用して好き勝手に動けそうだったから。

 2人で地面に降り立った。いつ強者が現れるか警戒して。


 ――なのに、どうして。

 俺は目的地でヒヤシンスさんの姿を認めた。


「なっ」


 咄嗟にミニバラの前に躍り出る。

 一体いつ追い越されて、なぜ、ここが?


 それを考えそうになって、止めた。ともかく彼はここにいる。それだけが目の前に突きつけられていた。なら、今からでも対策をしなければいけない。


「おっしゃ、当たり!」


 ヒヤシンスさんはこちらに気づくと、まるで考察が成功した風にそう言った。


 言って、拳銃を握る。


「6発以内で仕留めたいな」


 発砲音が3回轟いた。


 ミニバラにハンドサインを出して、左右へ転がる。当たりはしなかったと願いたい。


「あの野郎、何個武器を持ってるんだ!? さっきは槍だったよな!?」


 一体どこに拳銃を隠し持っていたんだ。いやそれよりも、槍はどうした。捨てた? こんな場面で? 他の敵は警戒していないの?


 疑問は山ほど湧く。けれどそれに集中することを許されない。


 ヒヤシンスさんは距離を保ったままハンドガンを向けてくる。般若のミニバラを回収して適当な建物の影へ飛び込んだ。

 遅れて着弾音が2回響く。


「あれじゃ……私、は近寄れない! 万が一にでも当たったら……私は……」


 敗北を予期させる言葉は口にするのも嫌らしい。しかめっ面を浮かべたまま黙った。

 俺は独り言で予測を立てる。


「防御型と生命型はない。近距離&中距離に対して遠距離の選択……間合いに入ることを嫌がっている感じがする。

 ……手槍の投擲から考えて、攻撃と探索? 後はスキル。あの装備で何個も小道具を隠し持てるとは思えない……」


 そこで再び思考を断ち切った。乾いた音が鳴ったからだ。


 近づかれたからか、ヒヤシンスさんの位置が把握できるようになる。けれど彼はまだキョロキョロと周辺を見回していた。

 ……探索は俺より低い? 攻撃寄り……?


 読みきれない。だから集中しすぎてしまって、反応が遅れる。

 視界の隅を薄桃がよぎったことに対して。


「クソが!!」


 ミニバラは建物を蹴り壊した。漆喰の塗られた破片が舞う。というか、今、そんな行動に出るなんて――。


 しかしそれは意外な効果をもたらした。


「わあっ!?」


 俺がその時視認したのは、何もない空間からマガジンを取り出すヒヤシンスさん。


 ――スキルは〔道具収納ストック〕!


 攻撃系でも防御系でもない。それなら隙を作ることさえできれば、ミニバラの一撃で、


「なーんて、ね」


 弾を入れ換えることもなく。ヒヤシンスさんは武器を構え直す。


 なぜ、彼女が壁をぶち破ったのか。

 頭は回るらしいミニバラが、こんな危険な行動に出たのか。


 ――心理誘導に引っ掛かっていたからだ。


『6発以内で仕留めたいな』


 鳴った発砲音は計6回。けれど。

 あのリボルバーはまだ、凶器。


「止まれ!!」


 叫び、駆けた。いやあれは無理だ間に合わない。ミニバラの背が離れるのが速すぎる。俺に彼女の特攻を止めることはできない。


 プロフェッショナルは狙う。小さな薔薇、それを形作る心の臓を。きっと外さない。



 何か何か何か何か何か何か何か何か何か。



 ふいに。


 左の指先に感じた、ザラザラとしたもの。


 ………………………………ザラザラ?


 その時。その存在を思い出した瞬間。

 天啓が下された。人生一の落雷が。


 息を吸う。左のポケットに滑らせたものをどうにかして掴む。

 聞かせさえすれば、きっと止まるから。


「――火薬だ!! 爆発するぞ!!」


 そう叫んだ。

 火山ゾーンで手に入れた熱砂を投げて。


 数多の可能性を考えたと思う。それでも彼は、俺の信じた通りにしてくれた。


 トリガーを引くはずの指は一瞬止まる。

 視線が微かにこちらへ逸れた。


「っ」


 ヒヤシンスさんは銃を放棄して、上半身を庇うよう両手をクロスさせる。


 ピンヒールの蹴撃がそれを穿った。


 少年漫画を見ているのかと錯覚するほど、憧憬は吹き飛んでいく。


「……やったか、なんて言わないでね絶対」

「言うかよ」


 小柄な背中に追いついてフラグを折っておいた。ミニバラは遥か彼方を見据え、笑う。


「殺ったんだよ」


 探索力でプレイヤーの消失も確認できる。木刀を構えて抉れまくっている地面を辿っていった。頼むからもう消えてくれと、祈りながら。


 ――ガラガラッ


 瓦礫の下からなんか這い出てきた。思わず無言で逃げ出して、15センチくらい下の女子の後ろに隠れる。あっ止めて蔑みの目を向けないで陰キャ泣いちゃう。


 憧れは頭を振った。そして――。


「すっげえ楽しかったー! 対ありでした!」


 パンッ、と。風船が割れて。

 バグによって現実へ帰って行った。



 ドッと全身の力が抜ける。座り込んで、その言葉を呆然と繰り返す。


 ……勝った? ヒヤシンス、eスポーツの象徴に。


「…………った」


 ふと、囁き声が耳に届く。顔を上げると、非常に絵になる横顔がそこにいた。


「……助かった。…………草原でも」


 サラリと桃色の髪が垂れて、顔が隠れる。けれどその耳は真っ赤で。

 軽く握られた拳が差し出されていた。


「……ん!」


 俺もそれに応えようと右手を用意する。


 ゴンッと音がして。


 ……………………え、ゴンッ?


 揃って振り返る。

 そこには。



「ああああああ!?」「きゃああああ!?」



 丸みを帯びた緑色の爆弾。


 爆音と暗闇に呑まれる直前、目にした。


「運の極振り、スゴーい」


 海色の長髪を持つ女性アバターを。

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