新人と無垢と最強の
「……思っていたより広い」
ようやく辿り着いた市街地エリアで、ミニバラはそうぼやいた。
少し気まずい感じになったけれど、途中俺が「もー疲れたー」とか嘆いていたら空気が回復した。頭をはたかれたとも言う。
ただ、俺は別のことに気を取られていた。
「残りの人数がどうなのか分からないけど、なんか……少なすぎる。体感的に」
「結局あれから誰とも遭遇しなかったしな」
草原エリアはそこそこ広いフィールドだから、あれだけ歩けばもう少し誰かいそうなものだったけど。
それに市街地エリアの様子もおかしい。過疎化を待っていたからとはいえ、流石に何人かと遭遇することは覚悟していた。なのに1人も探索に引っ掛からない。
「とりあえずご飯食べよう」
「え、ここで食えるの?」
「というより俺は必需。……ああ、回復手段ってのは食事のことだよ」
「薬草とか?」
「あれどうやって使ってるのか分かんない」
小さい時、ドラゴンが依頼するやつの薬草は食べて使っているんだろうなーと思っていた。ここでは塗り薬の原材料みたいな感じで扱われている。
マップを確認しながら街を練り歩いた。不気味さを除けば、俺達は傍目からすると美男美女カップルに当たるんだろう。しかし俺の中身は現実において単なる陰キャだ。
「味ってどうなっているんだ?」
「仕組みはよく分からないけど、現実とそんな変わんない。普段ならお金……あ、課金じゃない。金銀銅貨でカウントしてる。
まあそういう感じで、ご飯は普段買ってんだけど。今日は大会だから自由に取っていっても良いらしいよ」
言いつつも露店にあるジャンクフードに手を伸ばせない。警戒する俺を横目に、ミニバラはそこら辺に置いてある肉を次々と口へ放っていく。心なしか彼女の顔色が良くなっているような気もした。
「お前も食っとけよ。他の奴がいつ来るか分からないんだろ?」
「……毒とかではないよな。手間がかかりすぎるし、オーバースペックだし。それにこういうアイテムに干渉するならもはやチーターの仕業としか……」
「いや何の話だ」
全アイテムに毒性の付与を行うみたいな真似は、どの角度から鑑みても出来ない。俺はそこでようやく安心してタコ焼をつついた。
日本人に馴染みのある食品が多いのは俺達が日本国籍で登録しているから。他の国の人はまた別の料理があるらしい。
「残りの人数分からないとさー、想像以上にプレッシャーになるね」
「向かってきた奴全員殴れば早い」
「ねえええ脳筋だよ相方がすっごい脳筋だよおおお」
「よし次お前な」
「俺は美味しくないよ!!」
「あからさまに不味いだろ。食うかよ」
「なんかそれもそれで嫌だな……もう塩焼きしか勝たん」
冗談混じりにそう言ったけど、本当に尋常じゃない。ミニバラがこの圧迫感を覚える必要性がないのは良かったけど。
いつどこから誰が来るか分かったもんじゃない。ここら辺で何があったか、少し調べないとヤバそう。
「ね、そんだけ食べれば全快したと思うしさ。そろそろ周辺の調査に――」
言いかけた瞬間。
正確な認識よりも。脳が情報を伝えきるよりも早く。
電子の体は、小さな薔薇を突き飛ばした。
ミニバラが手を伸ばしかけていたサイコロステーキの店がひしゃげる。俺達は目を合わせると、すぐさま戦闘態勢に入った。
「そっちのメンズアバターの人、反射神経ヤバイね!」
地面から手槍が存在感を主張している。それを引き抜き、構えるアバターが1人。
「っ……! あれ、野郎のデフォルメの外見じゃなかったか!?」
「うん。弄ってないんだと思う」
キャラメイクが豊富なこのゲーム、大体の人は差分を作るために多少は手を加えていた。しかし目の前の男は初期設定の姿を採っている。
ビギナーに時折見られる状態。けれどさっきの襲撃は並大抵の実力では行えない。
それはつまり、外面に関心のない強者。
口内の水分が急速に奪われていくような心地。ある可能性に至って、頭の中が極度の緊張と興奮で満たされた。
プロゲーマーに尋ねる。
「あのっ……【ヒヤシンス】さん……で、すか……!!」
彼は戸惑ったように一度足を止めた。しかし、それも一瞬で。少年みたいな無邪気な笑みを見せてくる。
「うん。対よろ」
そして優勝候補は、槍で地面を薙いだ。
「うおっ」
ミニバラは瞬間的にレンガ石の欠片を避ける。しかしそれが攻撃の判断基準になったらしく、ヒヤシンスは美少女へ何かを放った。
咄嗟のことだったからだろう。彼女は恐らく思考するより早く飛来物を素手で掴もうとしている。
それをすぐさま木刀で妨害した。真横からレイピアの要領で投げられた物を突く。ミニバラもその行為を動体視力で認識したのか、腕を引っ込めた。
凶器の正体は毒性の煙幕カプセルだ。
熱反応で起動するタイプで、拾った人がモロに毒を受けるハズレアイテムの象徴でもある。レア度は少し高めなのもあって新人が知っている可能性は低かった。
相棒を手招きする。そのままパルクールで家々の隙間を泳ぎ始めた。桃色も素早く並走してくる。
「どこに行くんだよ」
心臓をバクバクと言わせながら答えた。
「狭い所。槍は対人において強力な武器だから使わせたくない。中距離と近距離に対して相性が悪いし」
槍は重いから両手が塞がる。でも毒玉を投げてきたということは片手でも空いた時間があったのではないか。だとしたら――。
白髪、と呼ばれた。電灯から次の手摺に跳び移りつつ振り返る。
ミニバラは壁を走りながら尋ねてきた。
「楽しいか?」
それは疑問形でこそあったけど、声色は単なる確認作業のもの。
憧れの人と戦っていることも、ネット限定だとしても美人と街を駆けていることも。
いや、そもそも。この世界が――。
「めっちゃ楽しい!」
俺は迷いなく答えた。
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