塩焼きはロマンだろ

 ――鋭利?


 地面に突き刺さった枝に足を止めた。


 そもそも形の良い木刀2本なんて、どこでどうやって拾った? そんな中途半端な攻撃力の武器ってドロップできるの? ナイフとかを使って削った? いや、ならどうしてそれをどちらも使わない? 万が一に備えて保持?


 ――見えた。ハント役のスキル。


 こっちは大丈夫。そう判断して、与えられていく武器を使わせてもらうことにした。

 〔道具製造ハンドメイド〕によって武器と化していた枝を2本握る。1本は囮役の男を真似てズボンにくくりつけた。丁度良いサイズ感で助かる。


 ステータスについては枝の投擲から考えることにして、地面と空とを交互に観察した。


 ――飛距離は相当ある……ということは、かなりの高所からそこそこの攻撃力で投げてきているよね。だとしたら移動と攻撃も必要か。


 割り振りとしては恐らく、攻撃&探索&移動の3種強化。

 逆説的に防御と生命が薄くなっているはず。当てることができればシャットダウンさせられると思う。問題は……。

 やっぱり位置だ。そこを特定しない以上はどうにもできない。


 なら、と。少し怖いけど、ある手段を用いることにした。大丈夫、痛覚はない。


 次の飛来に備える。向こうは計画を見抜いた俺を警戒しているのか、まだ諦めずに投げてきてくれた。


 その枝が飛んできた方向を睨む。先端恐怖症なら絶対にできない作戦を決行するため。


 限界まで目を離さずに。


 木製の矢が俺を穿つ直前まで、逃げも隠れも避けもせずに。


 肩でそれを受け止めた瞬間。全く同じルートを辿れるようにイメージしながら、枝を放つ。


「うわっ……!」


 高音の悲鳴が微かに聞こえる。よっしゃ、近い位置に飛んだっぽい。

 その隙を逃すことなくハンターがいる樹木に見当をつけた。一気にそこまで駆け寄る。


 しめた。探索可能範囲に、捉えた。


 見失わないように集中する。もちろん向こうも俺の接近に気づいているから、逃亡を図っているだろうな。

 今逃がしたら後が怖すぎる、この人。


 肩に刺さったままの木刃を抜く。大丈夫グロくないよ血は出てないよ。だから泣かない。


 狙いすませた突きが一閃の如く、投げる。

 それは他の樹へ移動する寸前の……女? の背中を穿った。


「ギャーーー!! 悪いこっち殺られた!!」


 その人は叫んだ。それの意味が理解できたため、すぐに地面へ下り立つ。痛覚ないもん平気だもん。だから泣いてないったら。


 走る俺の後ろでは風船が割れていた。



 草原エリアまで戻る。けど、ミニバラは流石だった。有言実行目前という雰囲気だ。


「お前どこで道草食ってた!?」

「そこで塩焼きにして食べてた!!」

「食べるな!!」


 3番目は侍風のおっちゃんが叫んだ。あれ、意外とそっちが余裕なの?


「お前入ってくんなよ! 前に見た動き的に、トロくて邪魔だ!」

「ひっど! あーもういいもんねー魚捕まえて塩焼きにして食べてくるもんねー!」

「塩焼きから離れなさい!」


 それにしても。ミニバラの動きもリアルの方で慣れている……経験者のような気がする。格闘家とか言われても疑わないよ俺。


 2人の武人は猛攻と堅固の象徴だった。

 高い攻撃力と手数の多さでカウンターを封じるミニバラに対し、急所への打撃を全て防ぐ侍さん。移動は遅いだろうけど、攻撃への対処速度は中々のものだ。


 ……いやちょっと待て。均衡しているってこと? この現状。


 ここで時間をかけるというのは、どうなんだろう。さっき受けたダメージの詳細が分からない。竜がクエストするゲームだったら赤表記になっているかもしれない。これはマズい。


 入るなとは言われたけど参戦するなとは言われてないよね、よし。


 ギュッともう1つ残っていた枝を握った。


「ミニバラ、新しい武器よー! それー!」


 素手よりは攻撃力が上がると思う。投げ渡そうとしたけど、害意を持たずにやったら途端に現実のノーコン野郎に逆戻りした。


 でも。彼女はそれに上手く反応する。

 地面に落ちるスレスレで刃を回収した。


「オラァァァッ!!」


 美しい顔を怒気で彩り、一瞬の防御の隙間を掻い潜る。

 磨がれた爪が侍の喉仏を貫いた。

 その華奢な手は、使われていなかった刀の一振を強奪する。

 彼は驚いたように目を見開き、やがて柔らかな声色で「お見事」と告げた。


 プログラムの歪みは、彼を消していく。




「いやだからあそこは急いでほしくて」

「気が短い野郎だなオイコラ、アァ?」


 手助けは受けたくせにギャイギャイ吠えてくる、この猫科。

 予定より大幅に遅れてしまった市街地エリアへの到着を急ぐ。痛覚の自認ができないのは、意外なデメリットを生み出していた。


「俺もしかしたら次で消えるかもー」

「おうおう消えちまえ。ライバルが減る」


 その言葉で、ふと疑問が生じた。「ねえ」と呼び掛けると軽く睨まれる。慣れてきたけど。


「ミニバラはなんで大会に出たの? あ、俺は元々このゲームやってて楽しかったから。あと学校での部活動的にも勧められて」


 先生は普段からそれとなく大会の情報を持ってきてくれる。呆れた風ではあるけど、なんか見守られている感が強くて安心するんだよね。


 ミニバラは体を硬直させた。やがて、ゆるゆると目を伏せる。


「……承認……」


 小雨が降るかのような静けさで。

 それだけ溢すと彼女は口の端を引いた。


「良いな、お前は」


 なぜかは分からない。それでも俺はどこかで確信していた。

 彼女を今傷つけたのは、俺なんだろうなと。

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