帰らないよお客様は

「それで、お前は剣を手に入れたいのか」


 『草原エリア』に向かいながらミニバラは可愛らしい声で言葉を放った。茨を突きつけられているような心地になりつつも頷く。

 そしてふと、思い当たったことがあった。大急ぎで新人に対する注意喚起を行う。


「覚えておいて。万が一はぐれた時、絶対に単独で戦っちゃいけない人がいる」


 僕がゲームにのめり込むきっかけになったプロ。花言葉をモチーフにしたというHN。


「ソロプロゲーマー【ヒヤシンス】。その人も絶対に参加しているはずだ」

「……そいつが別格ってことか? プロは全員警戒しなきゃいけないんじゃねぇの」


 確かにそれもそうだけど。首を横に振って、更に理由を述べた。


「他にもプロはいると思う。けど大体は特徴が強い人達だから一瞬で見分けがつく。なら普通に同士討ちしてもらうのを待てば良い。それにこの大会は配信も許可されているからさ、撮れ高狙いの人もいるんだ。

 でもヒヤシンスさんは違う。優勝してからしか存在が分からないくらい、いつの間にか勝っている。……ガチ勢ってこと以外、分からない。有名人のデメリットを持っていない」


 戦ってみれば分かる。そう言うしかないほど絶対的な優勝候補。

 ミニバラは興味なさげに「ふぅん」と呟いた。あーもうこれ殴りかかっちゃう子だ。


「草原に向かって歩いてるのはそれが理由か」

「それは違う。ここだと俺達は視覚的に目立つ。広場に隣接している『市街地エリア』の方がアイテムも豊富で回復手段があるからさ」

「……あ? でもお前、このルートだと遠回りに……」


 頭の回転は悪くないみたいで、彼女は言いかけた言葉を引っ込める。その思考には首肯で返した。


 それだけ物資が集まる拠点には人がやってくる。死角まみれのところで誰かしらと鉢合わせたりでもしたら……まあ、火山エリアの二の舞といえば分かるだろう。


 ダメージが残っていることは気になる。けれど、時間をある程度経過させて激戦地区を過疎化させてから行きたい。


「そういえばスキルは何を選んだ?」

「……適当にやったから分からない」

「……そっか」


 新人あるある『とりあえずなんか選んどけ』戦法。俺はじっくり考えて決めたけど、この子はどうにもそのタイプには見えない。


 地図を一緒に覗き込みつつ歩く。このペースで行けば市街地エリアには1時間弱で辿り着くだろう、と目安を立てた。それまで無言でいられるかどうかも勝負どころ。


 ――いや、それは無理みたいだ。


 草原エリアに立ち入った瞬間だった。

 前方に気配を感じて一旦屈んだ。先ほど見せた探知力を信用してもらえたのか、ミニバラも合わせてしゃがむ。


 中央にいたのは中年風の男だった。腰には木刀を2本提げている。背筋はピシャリと伸びていて、侍みたいな雰囲気がある。

 ただ彼は佇んでいた。何かを待つようにして木の刀を右手の親指で撫でている。


「……おい、殺るか?」


 ミニバラの視線は男性の剣に釘付けになっていた。


「ミニバラ的にはどう見える?」

「質問を質問で返すな」


 苛立った口調で返しつつも、狩人は爪を噛みながら推測を立てる。


「あの刀の構えはガチの剣道経験者だと思う。抜刀が一際早いやつ。だけど……わ、たし、なら回避できそうだな。筋肉の付け方から考えても元々がトロそうだし」


 仕留められる自信が見えた。あとどうして剣道経験とか分かるの君は。


「じゃ、俺は遠回りして背後から迫る。君は正面から挑んで時間を稼いでおいてくれる?」

「ハッ! お前の援護なんかなくてもぶっ潰せるっつーの」


 概ねの内容を決めると早速彼女は動き出そうとした。「ちょい待ち」と、どうにかそれを止める。いや待って睨み殺さないでごめんって。


「よろしく」


 拳を軽く掲げた。ミニバラはとてもすごく非常にめちゃくちゃ面倒そうな顔でこちらを見据え、呆れたように肩を落とす。


 コツッと小さな音が鳴った。それを合図に各々駆け出す。



 そして俺は草原エリアを一度抜け、森林エリアの木々を跳び移りまくった。

 しばらくそうしている内に、凶器が空気を切り裂いて飛来してくる。


 瞬時に飛び下りを決意した。体を地面に向けて投げ捨てる。心理的には結構なプレッシャーだけど、移動力によってダメージはない。


「お帰りやがれくださいお客様!」


 上から高い声が響く。見上げて探してみるも姿を捉えられない。あちらはこちらを正確に認識していて、俺は確認できない。

 ――あっちの方が探索力が高い。少し、いやかなり厄介な状況。


「おいお客様に対してなんだその態度は! 責任者呼べ! 弁償しろ! 帰らないからな!」

「害悪クレーマーのセリフ止めて!!」


 接客業か。悪いことをした。でも止めない。


 あちら側の作戦はこうだろう。

 目立つ所に1人を配置する。それを狩ろうと接近してきたプレイヤーを、隠れていたもう1人が狩る。つまるところ『ハンターハント』。


 なら向こうにいる男のタイプも絞れる。防御&生命のタンクか、攻撃&防御のカウンター。

 どちらにせよ移動と探索を捨てている可能性は高い。作戦漏れに気づいているのはハント役のみ。こちらを何とかしないと。


 とにかく位置を割り出したい。けど向こうのスキルも判別できない以上、迂闊な行動は俺達自身の首を絞めてしまう。


 多分。この状態を突破するのは、俺の頭にかかっている。


 俺は何度も襲ってくる鋭利な枝を避けながら思考の海に溺れた。

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