10分キャッチング
「ピンク頭の爆速ライオンさーーーん!!」
火山ゾーンの境界線から顔を出して叫んだ。彼女は自分のことだと気づかなかったらしいけど、声自体は聴こえていたみたいだった。
だってそうでもなきゃ、ゲームに不慣れな連中を片付け終わった途端こっちへ駆け出してくる訳ないもんね。あっ無理怖いこれ本能に訴えかける感じで怖い無理。
「そのままで勝てると思ってるの!?」
迫る迫る、桃の棘。見てみれば武器の1つも持っていない。
彼女はただひたすらに、ありのまま、敵対者を殲滅し続けていたのか。
とんでもない格闘センスと電脳空間の適応。これは上級者のように思えたけれど、そうでもないことは分かる。
「防御力低いんでしょ!? ダメージが溜まっている体で、あと何発耐えられるー!?」
戦鬼は己に話しかけられていることを自覚してきたようだった。天才の新人は不快そうに形の良い眉を潜める。
「あんな連中の攻撃、受けた覚えはないっ」
咆哮と共に薔薇のワンピースからピンヒールが飛び出してきた。どうにか頭部へのクリティカルヒットを回避して誘導を続ける。
「君、リアルで火山に放り込まれても死なない!?」
「知るか」
後ろ向きに走るのは苦手だ。なんか足が縺れそうになるから。
でも、作戦は成功。彼女は俺が両足を置いているエリア――『森林エリア』まで追ってきた。持続ダメージ効果の消失を確認すると同時に、俺は左ポケットに手を入れる。
小さい石を桃色に投げつけた。
普通なら払い除けるなり無視するなりのダメージしかないはずのそれを、少女は大袈裟なほど距離を取って避ける。
防御力の下りはカマカケだったけど当たりみたいだ。
獅子の肌は柔和に出来ている。どんな攻撃も受け止められないほどに脆いんだろう。
すう、と息を吸った。そして言葉と一緒にして吐き出す。
「俺は探索重視型で〔地形把握〕! 得意武器は剣! ねえ、協力しない!?」
真っ先に正体を明かした。それに動揺したのか、彼女は快進撃を止める。
「……ふざけているのか?」
よしよし。応えさせることはできた。ネット限定で発揮できる急速の弁解を続ける。
「いや、本気。
システム的に運営は『自分VS自分以外』の構図を作りたいみたい。だけど実際にそれに従ったら大変なことになる。
その集中力、あと何時間持つ? 終わりの見えない戦いをどれくらい繰り返せる?」
問うと、彼女は一瞬だけ視線を泳がせた。
こういうバトルロイヤル方式ではよくあること。1人で勝とうとすればするほどジリ貧の消耗戦になる。人間にはどうしても体力や集中力の限界があるのに、だ。
休息がいる。だから、俺が優先して手に入れたかったのは
「俺はある程度の情報を出した。それに、まだ誰もキルしていない。
相討ちで優勝をかっさらおうとしていたところで、現時点で勝つのは君。俺のタイプなら対策も打てるだろ? 優位なのは君だよ」
彼女は白くて小さな手で顎を撫でる。検討しているみたいだ。
しばらく待った。やがて、彼女はギロリとこちらを睨む。
「強いのか、お前」
「君よりは弱い」
いやあんな極端な速度&攻撃特化型に勝てる訳ないやろがい。本能的な恐怖が勝るわ。
気迫というのも立派な武器なんだなあと思いつつ、情けない答えを返す。するとまた空白の時間が訪れた。
――いや、訪れようとしていた。
カサカサと草木をかき分ける音。
左斜め後方。時折、それは静止する。ならこちらを狙っている訳ではない。
……当てずっぽうで歩いてきた人かな。
ふと、目の前の少女を見た。こちらも探索力を低く設定したようで気づいていない。
――チャンスにするか。申し訳ないけど。
音を殺して木を登っていく。追ってこようとした女子は片手を上げて制した。
不意に、装着済の迷彩アーマーを見つける。あのアイテムを手に入れたから森林に立て籠る計画にしたんだろうか。
彼もしくは彼女の頭上にある枝まで登った。多分ビル2階分くらいの高さがある。
そして俺はそこから手を離した。
突如として落下してきた影に、迷彩は惑っている。しかし時既に遅し。
相手の背骨に着地することで強い衝撃――ダメージを与えた。俺はクッションのおかげで損害0。
その直後に叫ぶ。
「ピンク頭の爆速ライオンさーーーん!!」
既に駆けていた彼女は吠えた。
「やっぱふざけてんじゃねぇかぁぁぁ!!」
低姿勢の膝蹴りが、獲物の顔面にめり込む。
風船の割れる音とバグの画面。「お前ら絶対リアルで知り合ぁぁぁあ」という独特な断末魔と共に迷彩さんは消えていった。ボッチだよリアルコミュ障舐めんじゃねえよクソ。
「……ATK25、DEF3、SEA1、AGI20、VIT10、LUK1」
唐突にそう言われる。少ししてから、パラメーター内訳だと気づいた。
「想像以上の振り方で草なんだけど」
「殴るぞ」
「いや待ってごめんなさいマジごめんなさい」
洒落にならない。攻撃力25に対して防御力10は大砲に紙切れだ。
「俺はYucca。君は?」
空気を読んで手を差し出す。ネトゲ美少女は刺々しい雰囲気を捨てないままながらも、受け取ってくれた。
「【ミニバラ】」
ギュウ、と力強く握られる。それは威嚇にも思えたけど気にしない。
ふと。ミニバラの、何もかもを敵対視するような剣呑さの中に既視感を覚えた。
……一体全体どこの誰と重ねたんだろう。
そんな違和感は早々に意識から閉め出した。
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