曲解さるかに合戦
待居 折
むかーしむかし
離れた木陰から息を飲んでその家を見守る。頼む…上手くいってくれ。
柄にもなく祈ってみた僕をあざ笑うように、次々と悲鳴が聞こえてくる。またダメか…ここまで上手くいかないと、もう諦めさえも通り越してなんだか笑えてくる。
こうなると、もう展開はひとつしかない。思った通り、溜息をつく僕を目ざとく見つけたヤツは、手頃な凶器を手に大股で近づいてくる。皆と比べたら、僕は圧倒的に非力で何も出来ない。きっとこのまま殴り倒されてしまうだろう。
でも、それで良かった。ここで僕が気絶する事。それこそが、なにより大切な条件なんだから。
「では…もう一度、説明させていただきますね」
囲炉裏を背にして、蜂が広げているのは猿の家の図面だ。見なくても分かる。
「わしは大丈夫じゃ、もう頭に入っておる」
臼のこの言葉を聞くのも何度目だろう。勝手に溜息が漏れた。
「ちょっと若…聞いてます?母上様の敵討ちは明日なんですよ?ぼーっとしてもらっちゃ俺らが困ります」
そして栗が僕をたしなめる。ここまでのくだりを黙って聞き終えてから、僕は多少うんざりしながら口を開いた。
「えーっと…このままいくと失敗するよ。間違いない」
「失敗?」
「ちょっと待ってくださいよ…やってもないのに、なんでそんなの分かるんすか」
オウム返しの蜂に続いた栗は気が短い。自然と語気が荒くなってる。でも、ここははっきりと真実を伝えなきゃならない。この後を考えると気が滅入るけど仕方なかった。
「やってんだよ、もう何度も」
「…少し意味が分かりませんが」
きょとんとする蜂、難しい顔をする臼、そわそわ落ち着かない栗。ゆっくり三人を見回しながら、ここまで何回もしてきた説明を、右ハサミを振り回してまた繰り返す。
「僕はこの敵討ちをもう何周も体験してるんだ。…こんな事、急に言い出しても信じてもらえないかもしれないんだけど、失敗する度に原因を見せられながら、始まる前に時間を巻き戻されてる」
「時間を…巻き戻されてる?誰に?」
「そんなの知らないよ。僕だってなんとか出来るならしたいよ…こんなしつこく、何度も何度も」
自分でも理解できていないところを突かれて、つい乱暴な物言いになってしまう。
「一体、何を以てして失敗となされておるのです?」
「僕がぶん殴られて気を失うって事。…まぁ…『僕が殴られてる』って時点で、その前に皆もやられちゃってるって事なんだけどね」
「俺達が…やられる?たかだか猿一匹すよ?」
目の前の栗一粒が半笑いで反論してくる。仕方ない…深く溜息を吐いた僕は、一人ずつ順番に説明していく。
「…まず栗。初回から五周目までは気持ちが先走っちゃって、猿が帰ってくる前に弾け飛んでる」
「帰ってくる前に?!」
「うん。だから床に転がってるとこを普通に食われて終わり。それをやんわり指摘した六周目から九周目は逆に不発。十周目からは囲炉裏に潜る深さを調整して、いいところで弾け飛ぶ作戦を立てたけど、その後三周連続で潜るのが浅すぎて、見つかって食われてる」
「…そんなに失敗してんすか、俺…」
あからさまに落ち込む栗だったが、伝えなきゃならない事はまだある。
「いい?外から帰ってきた猿は、囲炉裏の火を大きくする為に、火かき棒で灰をかき回すんだ。その時にも見つかったら終わりだよ…後半はこの失敗が多かったね。殻に切れ目を入れられて、後は美味しく食われるだけ」
「か、殻を…!」
息を飲む栗の隣で、臼が悲痛な面持ちのまま続ける。
「なんと卑劣な…殻に切れ目など入れられては、いかな勇猛な栗とて、弾ける事さえままなりませぬ」
「まぁ、さ…それだけ難しいんだよ、自由自在に弾けるのって。とにかく、栗がきちんとやり遂げてくれないと、残りの二人が何にも出来なくなっちゃうのも事実だからさ…しっかり頼むね」
そうは言ってみたけど、僕には栗を丁度良い頃合いで弾けさせる事など出来ない。ここから先は栗本人がなんとかしなきゃならない話だ。
「次に蜂ね。栗の火傷を冷やす前提で水瓶に隠れる…っていう案は凄くいいと思うんだよ。ただ…ひとつ聞きたいんだけど、なんで猿は囲炉裏の火を大きくしなきゃならないんだっけ?」
「それは…外が寒いから、ですよね…」
蜂が考えながら回答するのも、当然僕は分かっている。
「そう、寒いんだよ。ただでさえ寒い中、外とたいして気温の違わない土間で、蓋をした水瓶の中に隠れてたらどうなると思う?身体なんてろくに動かないよね?猿が水瓶まで来た初回から四周目までは、凍えちゃってまるでダメ」
「まるでダメ…ですか」
「うん。酷い時には、うっかり足を滑らせて水に浸かっちゃってた…なんてのもあったよ。遠回しにその話をしたら、次からは身体をあっためる為に水瓶の中で跳び回り始めたんだけどさ…ブーンって羽音が聴こえるんだよ、今度は。五周目以降はね、もうずっとそのせいで猿が近づきすらしないの」
「あーあ…そりゃ『開けたら刺すぞ』って言ってるようなもんだわ」
あきれた顔の栗が追い打ちをかけると、蜂は悔しそうにうつむく。
「くっ…この羽根が疎ましい…!」
「そういうの今要らないから。とにかく、隠れる場所を変えるとか羽根を動かさずに身体を暖めるとか、根本的なところを見直さないと、何度やってもうまくはいかないよ」
個人での攻撃力は勿論、相手を怯ませる力は蜂が抜きんでている。それだけに、ここは自分の与えられた役割を、意地でも死守してもらいたい。
「でね…問題は臼さん、あなたです」
「わしが…問題、ですと」
臼の顔が少しだけ強張ったけど、とにかく全部を説明する必要がある。大事なのはその後だ。
「えぇ。臼まで辿り着く事自体、本当に数少ないんですよ。…あ、他の二人が悪いって言ってるんじゃないんだからね?色んな要素が絡んでくるんだよ、本当に色んな事が、ね?」
気落ちする栗と蜂に全力で気を遣いながら、僕は左ハサミで臼を指した。
「その数少ないチャンスは全部で五回。そのうち早過ぎて猿の目の前に落ちたのが二回、遅すぎて猿の後ろに落ちたのが三回です」
「ちょっとー…どうなってんすか一体」
「かすりもしないとは…我々の苦労が水の泡ではないですか」
さっきまでとは一転、元気を取り戻した栗と蜂が、口を揃えてちくちく臼を攻め立てる。
「うぅむ…全てはわしの算段が悪かったという事か…」
「そうは言ってないんです。ただ、もう少し上手に立ち回って欲しいだけなんですよ。例えば…遅れて落ちた時は毎回『足が痺れた』って口走ってました。思うに、屋根の上で正座して待ってるんじゃないですか?」
「うむ、その通りですが」
「そういうところですよ。なんて言えば良いんですかね…こう…『わしは臼だからどっしりしとるもの』みたいな先入観、ありませんかね。敵討ちなんですよ?出来ることを各自がやり遂げなきゃ、うまくいくものもいきません。もっと気を張って臨んでいただきたいんです」
僕の話にずっと黙っていた臼だったが、やがて静かに口を開く。
「教えてはくれまいか…失敗したわしは、その後、どうなった…?」
「…その…凄く言いにくいんですけど、斧で残さず薪に…」
「畜生!あの外道め!」
我慢しきれずに栗が大声をあげる。隣の蜂もすっかり青ざめていた。こんなに大きな臼を薪にしてしまうなんて、猿ぐらい器用で残忍でなければできない所業だ。実際、僕も初めて見た時は震えが止まらなかった。
敵討ちが失敗する度、僕の時間は勝手に巻き戻る。そしてその度に何も出来ないまま、皆が返り討ちに遭うのを、何度も何度も、ただ見させられてきた。無力さを突き付けられた。
だからこそ。
「…ひとつ、提案があるんだ」
「入って下さい」
僕の呼び込みに、引き戸を開けて最後の仲間が入ってきた。
「うわっ…ひでぇ匂いだなおい!」
「少し…離れておいてもらえませんか…」
「…こればかりは同意せざるをえんな…」
皆が思い思いに勝手な事を口走る。とはいえ、誘っておいてこんな事を言うのもなんだけど、僕もこればかりは慣れるまでに時間が必要だった。
「改めて紹介します。…牛のフン…さんです」
「初メマシテ…ト言エバイイノカナ、コウイウ時ハ」
ぎこちなく挨拶した牛のフンは、土間の真ん中にするすると進む。その様子を見ていた蜂が、おそるおそる僕に聞いてくる。
「牛のフン…って、私も知っている、その、…排泄物の?」
「他に思い当たる?『牛のフン』って呼ばれてるもの」
「うぅむ…わしの知っている牛のフンは話したりはせんのだが…お主、本当に牛のフンなのか?」
臼の質問に、牛のフンは身体をぶるっと震わせて答える。
「コノ身体ガソウ呼バレテイルノハ知ッテイル」
「なぁ…こいつ、そもそもおかしくねぇすか?」
「なにが?」
そう返しながらも、まぁ栗が言いたい事は薄々分かっている。
「宿屋を営んでるスズメ然り、浦島拉致った亀然り。俺ら『むかしばなしの住人』は動物や鳥だけど話す…ってのが基本の姿っす。それがなんすか、こいつはその、なんだ…ウンチっすよね?言っちまえば本来、生きてすらいねぇはずっすよ。俺らの世界の
「…あのほら、分ぶく茶釜は」
「あれは立派な狸です」
苦しい言い訳は通用しなかった。ぴしゃりと蜂に言われてしまう。
「…この者が本当は何であるのか、ひょっとして存じ上げぬのですか?」
臼が図星を突いてくる。当然、僕はすんなり返事が出来なかった。
「いや、知らないわけじゃないんだよ?うちの隣の家の
「その時からこのように動いたり話したりしていたのですか?」
「…動いてない」
もっと正確に言えば昨日の夜、夜空から突然降ってきた一筋の光が、牛のフンに直撃した。あれが動き出したのはその直後からなのも知っている。つまり、自称牛のフンが本当はなんなのか、僕にも全く分かっていない。
でも今、大切なのはそこじゃなかった。
「…僕は、彼が何者でも構わないんだ。ただ、母さんの
皆に言われるまでもない。牛のフンが這いずり回ったあげく喋るだなんて、この世界でも初めて聞く、極めておかしな事態だ。
でも、そんな彼の助力でさえも欲しかった。母さんの無念を晴らす為、横暴な猿にひと泡吹かせる為。
そしてなにより、皆が何度も倒れる様を、僕はこれ以上見たくなかった。
「サァ…俺ハ何ヲスレバイイ?」
渋い声で問う牛のフンは、なぜかやる気に満ちあふれている。でも、とにかく面子は揃った。今度こそ…今度こそいける。僕は猿の家の図面を引き寄せた。
「じゃあこれから作戦を説明するよ。基本は今までと同じ。ただ、臼さんのとどめにもっと確実性を持たせたい。だから牛のフンさん…猿が表に出た時、わざと踏まれてヤツの足を滑らせて下さい」
「承知シタ。俺ニ任セテクレ」
根拠のない牛のフンの言葉に背中を押され、僕は決意を新たにした。
必ず、次でやり遂げてやる。頭数は揃えた、作戦も変えた。今度こそ、間違いなくいける!
しばらくすると、さるが家にかえってきました。
「おぉ寒い。火でもくべよう」
さるはいそいそと、いろりに向かいました。
その時です。とんでもないにおいを、さるの鼻がかぎつけました。
「わぁ!くさい!なんだなんだ?」
鼻をくんくん鳴らしたさるは、匂いがする方に歩いていきます。
すると、さっきはなかったはずの家の入口に、牛のフンを見つけました。
「だれだ、こんないたずらをするヤツは!」
さるは真っ赤な顔をもっと赤くして、水がめに水をくみに行きます。
ふたを開けたら、中からハチが飛んでいきました。
「うわ、びっくりした」
手おけに水をくむと、さるは表の牛のフンをじゃーっと流しました。
家に入ろうとすると、どすん!大きな音が後ろでします。そこにはうすが転がっていました。
「まったく、ひどいいたずらだ」
さるはぶつぶつ文句を言いながら、家の中に戻ります。
ぱちん!目の前で、いろりから飛び出したくりが、床にころがりました。
「昨日の残りかな」
さるはくりを拾って口に入れると、いろりにあたります。今日は寒い日です。なかなか火が大きくなりません。
「そうだ。外のうすをまきにしよう」
さるはおのを持って外に出ました。
すると、遠くの木のかげに一匹のかにがいるのを見つけました。
「ちょうどいい。あのかにも焼いて食べよう」
…残念ながら、二十周目が始まる。
曲解さるかに合戦 待居 折 @mazzan
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