10、並行世界

 神都ヒガ・シノム・ラー。

 この都で、一世一代のイベントが始まろうとしてた。神王ミコと神殿騎士団団長タル・タロスの結婚式だ。

 都の大通りの両側には、大群衆が詰めかけ、オレもその中にまぎれてた。遠くから風に乗って、大歓声が聞こえてくる。そしてそれは少しずつオレのいる方へと近づいてくる。

 車列の先頭が見えて、やがて、ひときわ目立つオープンカーが現れた。その後部座席に乗っているのは二人。一人はポジティブでクレイジーな勇者様の面影をもつ女性。座席の上で伸びあがるようにして手を振って、四方に愛嬌を振りまいてる。彼女が神王ミコ。

 その隣には緊張で硬くなってる青年。黒髪に褐色の肌、白い燕尾服の上からでもわかる鍛え抜かれた体。彼がタル・タロス。

 群衆から万歳の声が上がって、オレも唱和した。群衆は競うように歓呼の声を彼らに投げかけた。そして二人が自分たちの目の前を過ぎていくのを見守ってた。

「おしあわせに!」

 投げかけられた声。子どもが精いっぱい張り上げた声に、笑いのさざめきが広がる。お幸せに。いや、本当だよ。まだ守護獣だったころのあいつも、きっとポジティブクレイジー勇者様とこうなりたかったんだ。今更だけど、やっと気付けた。

 新婚の二人を見送って、オレは群衆から離れた。そのまま都の中心街を歩く。整然と並んだ街路樹。その上には空へ空へと手を伸ばすビル群が見えて、その窓という窓には空の蒼が映ってた。

 途中、わあいわあい!してる子供たちや、いい天気だねえって話しかけてきそうな老婦人とすれ違う。そしてまた遠くから、歓声が聞こえてくる。

 停車場まで来て、オレは路面電車に乗った。揺られながら、ぼんやりと車窓からの眺めを見てる。白を基調とした街並みが、日の光を浴びて、淡く輝いてるようにも見える。この都市(まち)も大きくなったよな。まさかあの村が、こんな近未来ファンタジー風味の都市(まち)になるなんて思わなかった。

 昔は草原だった場所を、路面電車が行く。建物が連なってもう見えなくなってるけど、昔は北の森の端っこが見えてた場所だ。今では北の森とその真ん中にある巨大なクレーターは自然保護区として残ってる。噂ではイノシシのお化けがでるらしい。オレはあのとき以来、会えてないけど。

 オレの世界も、少しずつマシになってきてるみたいだ。いつかオレは、この世界を一つの物語として仕上げるんだろう。そしてそれを、どこかに発表することになるのかな。

 電車が西のはずれに着いた。下りるとすぐに、潮の香りがした。停車場の近くには行商人マークの道具屋があった。ふらっと立ち寄って、なんとなくリンゴジュースをひとびん買う。

 そこから少し歩いて、お決まりの場所に着いた。手入れの行き届いた庭園に囲まれて、ひっそりと建つ神殿。全てが始まった、いちばん最初の神殿だ。

 奥の間に進むと、そこには人影があった。空っぽの玉座をいちばん上に据えた祭壇の前に、うずくまるようにしてひざまずいてる。赤く縁取りされた白い騎士服、腰には暗黒剣エレボスを模した剣が吊ってある。その服装は神殿騎士団のもの。

 近づいてみると、そいつはうつろな目をして、ぶつぶつと祈りの言葉をつぶやいてた。

「神よ、唯一無二の御方。どうかわたくしを導いてください……」

 そいつはカロンだった。神殿騎士団の『最初の一人』で、今は副団長をやってる。この一大イベントの日に、こんなところで祈りをささげてるなんてマニアックなヤツだ。でも、正直なところ、ちょっとだけ嬉しいぞ!

「カロン。お前だけは、いつまでもオレのことを忘れないんだな? 感心感心!」

 持ってたリンゴジュースのびんをカロンの手の中に押し込んで、オレは祭壇の階(きざはし)を上る。そして玉座に腰掛けた。ぽかんとした表情でオレを見上げてるカロン。それが目の中に残った。


          ◆


 目を覚ますと、世界が切り替わる。

 ポンポンと何かのはじける音が遠くから聞こえてくる。なんだろ? 花火?

 あ、そうか。今日はウチの高校の体育祭の日だ。

 リビングに行くと父さんが、異様に巨大なレンズのついたカメラをいじってた。

「またかよ!」

「そう、まただよ。最近、こいつを使う機会が多くてうれしいね」

 一方、母さんは台所で鼻歌交じりに弁当を作ってた。

 オレに姉ちゃんができてからというもの、ウチの中が明るくなった気がする。父さんも母さんも、どこかイキイキしてるんだ。でもなんだろ? このあたりのことについて深く考えようとすると、オレの心がしんどくなる。だからたぶん、この件は深く考えない方がいいんだ。

「灯也、アンタなにチンタラしてんの! お姉ちゃんは朝早くに家出たわよ!? 少しはお姉ちゃんを見習いなさい!!」


 ぼーっと青空を見てた。

 周囲のざわめきで、視線を戻す。グラウンドに整列した赤と白、それぞれのはちまきをつけた人の波の上に、生徒会長様が立っていた。朝礼台の上の彼女は、おもむろにスタンドマイクを脇にやり、声の限りに叫ぶ。

「ここにぃーーっ!! 体育祭の開会を宣言しまぁーーっす!! みんなぁーー! 思い切り楽しもうねーーっ!!」

 歓声で応じるヤツらに、手を振って応える。そのとき、一瞬、オレのことを見て、笑った気がした。でも、やっぱりそれは気のせいかもしれない。朝礼台を降りた生徒会長様が生徒会のメンバーと合流するのが見えた。これからまた、いろいろと体育祭の世話を焼いてくんだろうな――。

 彼女がこの世界に来てから、もう一年以上経つんだ。今でも一緒に住んでるけど、そして今でもオレのいちばん大切な女性(ひと)だけど。でも、ときどきふと、遠くに感じる瞬間がある。いつのまにか生徒会長にもなってるし……。

『ボクのこと、見守っててほしいな』

 あのときの約束は今も生きてる。でも最近は、本当にただ見守ってるだけになってる。もしかしたら、あのときオレの世界から旅立ったように、いつかオレからも旅立つのかもしれない。そんな日が、来るのかもしれない。でも、いい。それでも、いいんだ。オレはいつでも、彼女のしあわせを願っているから。いつまでも遠くから、見守ってるから……。

「なにをたそがれてるんだい、灯也君」

「えっ?」

 振り返ると、そこには光一郎がいた。その後ろには大地もいる。そういえば一年前のオレは、光一郎を『委員長』、大地を『ヤンキー』って呼んでたんだ。懐かしいな。

「別にたそがれてはないけど……」

「そうなの? いや、それよりリレーの話なんだけど、紅組代表の第一走者、やってくれない?」

「えっ? いや、それは風助がやるんだろ?」

『ぼく、チャレンジするよ!!』

 ヲタ野郎は……いや、風助は確かそう言ってたはずだ。

「あいつ、ちょっとヒザやっちまってさ」ポンと大地がオレの肩に手を置いた。「お前がやるしかねえんだよ」

「なんでだよ!? だからオレ、言っただろ!? 走り込むのは痩せてからにしろって!!」

「いまさらそんなこと言ったってしょうがないだろう? それじゃあ、登録しておくからね。がんばって!」

「光一郎! 人の話、聞けよぉ!!」

「ねえ、灯也君」

「えっ?」

「僕はいまも彼女とラブラブなんだ。なんでか分かるかい?」

「そ、それは……光一郎が完璧超人で、しかもリア充だから、だろ?」

「違うよ」

 光一郎は即答した。

「ねえ、灯也君。ありきたりな彼氏彼女の関係を守るのだって、そりゃあ大変なのさ。周りに見えてないところで泥くさいことやって、二人のルールを作っていくんだ。それが二人の仲を守ってる。綺麗な部分だけを見て『完璧超人だから、リア充だから』なんて言ってしまってはダメだよ」

「ガハァッ!」

「光一郎の言うとおりだな。瞳の中に燃えてるモンがねえと、オンナを退屈させちまう。お前、さいきんカノジョのために何かしたか? 見守ってるだけでいいのかよ? ここらでチャレンジする姿、見せとかねえとな! だろ!?」

「グフゥッ!」

「ねえ、灯也君。このリアルにはお誂え向きのハッピーエンドなんてないんだよ。ただ死に際して、自分の人生が『どちらかといえばよかった』と思えたなら、それでもう十分成功なんだよ。リアルはゲームとは違う。ハッピーな瞬間に終わらせることなんてできない。人生は、生活は、続いていくんだ。灯也君、怖れることなく彼女の心を自分に留める努力をするべきだ。それが今の君がやるべきことなんだよ」

「ゲエエッ!!」

「そうゆうこと。つーか人生って結局、『愛すること』なンだわ。愛することを止めずに生きていくしかねえ。わかるだろ、灯也? お前だってほんとは分かってる、心がそれを知ってる。だろ?」

「オエエッ!?」

「というわけで、登録しておくからね。リレーの前の競技が始まった段階で西側入場口前に集合してね。じゃ!」

「がんばれよ!」

 なんか急に体調が悪くなった気がするぞ!? 二人の背中が涙でぼやけてる。なんだよそれ? なんなんだよ? なんてゆうか……ちょっと一人になりたい――。


 体育祭の盛り上がりを遠くに聞きながら、オレは体育座りしてた。

 久々に来た校舎裏。オレのひとりぼっちになれる場所。去年の夏休みの前まで、オレの定位置だった場所だ。

 ポジティブでクレイジーな勇者様がオレの彼女になった日から、オレの人生は一変した。ずっとソロプレイでやってきたオレが、急にいろんな人に囲まれて、揉まれはじめたんだ。別にイヤってわけじゃないけど、入ってくる情報量がオレの処理能力を余裕で超えた感じだ。

 オレはずっとソロプレイをしてた。そしていろんなことを分かった気になってた。でも本当は何にも分かってなかったんだ。この世界を知っていくことの難しさとかも。

 オレがあの勇者様の彼氏ってことで、返ってきたリアクションは祝福だけじゃなかった。ネガティブなものも多かった。そうだよな。明らかに釣り合ってないもんな。

 ミオがすごすぎて、油断してるとすぐ卑屈になってしまいそうになる。落ち込んで、それでも何とかしないとって思って空回りして。そんな自分を創作に活かそうと、冷静に観察を始めるオレもいて、オレの中、ぐちゃぐちゃになりがち。オレも光一郎や大地みたいに心の強いヤツだったらよかったのに。

 クリエイターの生き方って厳しいんだなぁ。

「こんなところで何をしてるんだい?」

 顔を上げると、そこには誰かがいた。逆光すぎて顔がぜんぜん見えない。でも――。

「おい、もしかして、そうなのか?」

 直感で分かってしまった。こいつはあのときのオッサンだ! 神様だ!

「そうだよ、久しぶりだねえ」

「オッサン! どこ行ってたんだよ!? オレ、けっこう探したんだぞ!?」

 ミオがこの世界に来れたこと。その説明を求めて街中探し回って、それでも見つからなかったんだ。

「いやはや。このところ、ずっとこのまちにはいなかったからねえ」

 影になってるオッサンの顔。でも今、笑ってるのが分かった。

「いや実はね、去年描いた絵が展覧会で高い評価を得てね、ここはひとつ本腰入れて絵を描こうと思って、スケッチ帳片手に旅に出てたのさ」

「お気楽なことしてるな!? てゆうか、オッサン、絵なんか描くんだ!? 神様なのに!?」

「まあね。というか、おじさんの受賞作、灯也くんも見たろう? ほら、あの勇者の絵だよ」

「あれ、オッサンが描いたのかよ!?」

「そうだよ。実はあの絵、魔王城と対峙するポジティブクレイジーな勇者ちゃんの後ろ姿にインスパイアされて描いたのさ」

「しかも二次創作だったのかよ!?」

「ま、いいじゃないか。そんなことより灯也くん」

 オッサンがオレをじっと見つめた。

「どうやら、この世界をやり込んでくれる気になったみたいだねえ。いやはや、よかった。どうだい? この世界も案外クソゲーってわけじゃないだろう?」

「……オッサン、その『ポジティブクレイジーな勇者様』がこの世界に来たことは知ってるのかよ?」

「もちろん。おじさんが君の願いに応えたんだからね。彼女は次元の旅人。あらゆる次元を渡り歩くんだよ」

 そうか、そういうことか……。

「不満なのかい?」

「い、いや、そんなわけない。でも、あの日から、あまりにもいろんなことが変わってしまったから……」

「そうなのかい? でも、作品一つで一生が変わってしまうなんてのは、クリエイターにはよくあることさ」

「そりゃ、そうかもしれないけど……」

「灯也くん、君もそろそろレベルアップして、未知の領域に一歩踏み出す勇気を持つべきだね。つまり、周りの人たちや自分自身を観察するだけじゃなく、君自身を中心にしたイベントを起こす勇気をね。というわけで、そろそろこれの出番じゃないかい?」

 オッサンはオレに手のひらを差し出した。そこには二つの――一組の指輪があった。

「な、なんだよ? その指輪?」

「魔王城に出発する前に、君が勇者ちゃんに渡し損ねた指輪さ」

「あれかよ!? もう終わったイベントのやつだろ!? なんでオッサンが持ってるんだよ!?」

「神殿の宝物庫に封印されてたから持ってきたんだ。今夜あたり、これを使ってイベントを起こしたみたらどうだい?」

 オレはオッサンの手から一組の指輪を受け取った。

「ときに愛は勝ち取るものさ。なんだかんだで彼女はおじさんの娘だからね。しあわせにしてあげてほしいな」

 オッサンが一歩、後ろに下がった。

「おい、オッサン! 最後にひとつ、聞かせてくれよ! オッサンは『ソロプレイを極めたらクリエイターになる』って言ったよな!? でも今のオレ、たくさんの人たちに囲まれてるぞ!?」

「ソロプレイをしてたらクリエイターになる。そしてクリエイターになったら、ときにチームプレイをすることもあるさ。それだけのことだよ」

 まばたきした瞬間、オッサンは消えてた。オレの手の中には一組の指輪が残った。そっか、そうだよな。オッサンにとってポジティブクレイジー勇者様は娘なんだ。オレ、しっかりしないとな!

 そのとき放送部の放送が校内に響き渡る。

『リレーの参加選手のみなさんは、西側入場口前に集合してください……』

 ようし、やるぞ!! オレは!! 走るぞ!! 人生とか、リアルとか、オレの世界とか、そういったものを全部、全部!! 駆け抜けてやるからな!!

 人生のリアルに何度もぶつかりながら、それを乗り越えて、世界や自分を知って、自分の世界を広げてく。それをずっと、めげずに続けてくからな! いつかまたオレの世界に次元の旅人を迎えることができたときに、今度こそちゃんと、オレの世界を旅してもらえるように!

 そしてオレはミオの愛を勝ち取るんだっ!


 西側入場口前にやってきた。そこには木屋先生――一年のときの担任――がいて、やってきたオレの顔を、至近距離から穴が開くほど見つめてくる。

「……な、なんですか?」

「いや……水守君が一人前の大人の顔をしてるからね」

「な、なんですか、それ?」

「いやあ、大人になったねえ。本当に子どもの成長は早い……」

 なるほど、そういうことか!! そうだよ! オレは日々成長するんだ!!


          ◇


 リレーはフツーに紅組惨敗した。オレが足を引っ張ってしまった。あたりまえだよな、日ごろから全然運動してないのに、調子に乗ったオレが悪いんだ。現実は厳しい。

 リビングに行くと、お風呂上りのミオがソファで寝落ちしてるのを発見した。オレはもう卑屈にならないぞ! 自分がこの世界を変えることを怖れないぞ! そう心に決めて、そっとその横に座ると、こてんと頭を肩に預けられた。さすが!! さすが、あざと勇者様だよ!!

 今日は疲れたんだろうな。一日、生徒会長様として頑張ってたもんな。

 ミオがこの世界に来てから、もう一年以上が立つ。ミオはすごい勢いで成長してる。勉強もできるし、運動もできるし、周りには人の輪もできてるし。

 でもオレはもう卑屈にはならないからな! ミオはオレの彼女なんだぞ!!

 部屋着のポケットに手を入れる。そこには一組の指輪、『守護の指輪』があった。ちゃんとしたときに渡したかったけど、いますぐつけてほしい気もする。どうしよう? そう思いながら、まず片方を自分の左手の薬指にはめた。そしてもう片方を――。

 寝てる女に、勝手に指輪はめるのってヤバいかな? しかも、左手の薬指に? でも、まあ……大丈夫だよな? オレ、彼氏だもんな?

 ミオの左手をそっと手に取った。いっけん華奢だけど、強靭さを秘めたミオの指。その薬指に、そっと守護の指輪をはめる。

 ……なんだろ、これはヤバい! これはやってしまったかも!? やっぱりこれ、ぜんぜん大丈夫じゃない!!

 だめだ、やっぱり外そう。……あれ!? とれない!?

「ん~……トーヤぁ?」

「お!? おう……」

「あ、ボク、寝ちゃってたんだ」

「ま、まあ。つ、疲れてたんだろ」

「ふふ……今ね、夢、見てたんだ。ボクがトーヤの世界にいたころの夢……」

 上目遣いにオレを見たミオ。その口もとには柔らかい微笑みがあった。

「懐かしいなぁ。トーヤの世界、また行きたいなぁ」

「そ、そうだな。またいつか……」

 この世界に連れてこれたのは良かったけど、向こうに行くにはたぶん、またあのオッサンの力を借りないといけないんだろうな。

「トーヤは今も行ってるんだよね? タルちゃん、元気?」

「あ、ああ、あいつは元気だよ。だいぶ……出世してたな、そういえば」

 神王の配偶者、略して王配ってヤツだな。

「そっか、そうなんだ。また……会いたいな」

 タルタロスは、ミオと瓜二つのヤツと結婚したんだけど……それを見てミオがどんなリアクションするのか、見てみたい気もする。

「なあ、ミオ」

「ん?」

「こっちの世界は……どうだよ?」

「うん、楽しいよ」

 そう言ってミオは、またオレに頭を預けた。

「いろんな人に出会って、いろんなお話をするの。いろんな考え方があって、いろんな世界があって。だからボク、来れてよかったかも!」

「そうか……」

「それにね」

 ミオがそこで言葉を切る。

「……なんだよ?」

「この世界には、トーヤがいるから……」

「……」

 や、やめろ! オレの心拍数が……上がりすぎて死ぬからな!?

『とっととデレなせえ』

 うるさいぞ!! もうデレてるんだよオレは!!

「ねえ、トーヤ」

「え、え?」

「今日、リレー出てたでしょ」

「ま、まあ……」

「すっごくかっこよかったよ! ボク、ちゃんと惚れ直したもん!」

「いや、現実をよく見ろ! オレのせいで惨敗してただろ!?」

「そうゆうことじゃないよ。トーヤの頑張ってるところ見れて、ボク、うれしかったって言ってるの!」

「そ、そうかよ……」

 見守ってるだけじゃダメ、泥くさいことやって二人の仲を守る、怖れることなくミオの心を自分に留める努力をする、そして――ときに愛は勝ち取るもの。光一郎の、大地の、そしてあのオッサンの言葉がオレの中にちゃんとある。そうだこれからも、見守ってるだけじゃないオレをミオに魅せてくぞ!!

「ところで……トーヤさん」

「うん……うん?」

 なんでさん付け? ……あっ。

「これは……なんでしょうか?」

 ミオがオレに左手をかざして見せた。

「い、いや、それはだな……」

「トーヤさんは、寝ている女の子に指輪をつけたりするんですか?」

「いや、あの、そういうわけじゃないけど……」

 無理ィ! やっぱりいろいろ無理だった!!

「はぁ、もぉ。ボク、今日は眠いから、明日また、ちゃんと説明してね」

「は、はい」

「じゃ、連れてって」

 ミオがオレに向かって両手を伸ばした。

「ど、どこに?」

「ボクの部屋、のベッド」

 ミオをおんぶした。久しぶりの……本当に久しぶりの感触。

「なつかしいね。ボク、昔、トーヤにこんなふうに負ぶわれたこと、あったよね」

「そ、そうだな」

 ミオの部屋に入って、ミオをベッドに寝かせる。掛け布団をかけると、ミオはそれをあごの下まで引っ張った。

「じゃ、じゃあオレは行くからな」

「ねえ、トーヤ」

「ん?」

「今日、一緒に寝ようよ」

「な、なんでだよ……」

「だってトーヤ、今日リレー頑張ってたから。ご褒美!」

「なんだよ、ご褒美って!」

「ほら」

 ミオがふとんをめくって、オレの場所を示した。こ、この悪女め! でも、なんでだよ!? そうするしかなくなってる。

 ミオのベッドに入る。すぐ近くにいるミオ。心臓がキツい。なんか痛い。

「トーヤ、ごめんね……」

「な、なにがだよ?」

「ボク、今日は疲れてて、眠いから……」

 ミオ、どうしたんだ? なんでそんなこと気にしてるんだよ? いやまて、この悪い笑いは……!?

「だってトーヤ……したいんでしょ?」

 したい? 何をだよ!? えーと……。

「そ、そ、そんなわけあるかぁ!! オレは!! 紳士だっ!!」

「え~、そっかなぁ?」

 とろんとした眠たそうな顔で、ミオは笑った。なんだろ、オレ、この笑顔、大好きだ。

「じゃあトーヤ、おやすみのチュー、していいよ?」

 キスとか……。いつまで経っても慣れない。なんでだよ! こういうのって少しずつ慣れてくもんじゃないのかよ!?

「ちゅ……ふふ」

 ミオの方は、もうめちゃくちゃ手馴れてきてる。もうオレのくちびるとか、いいやオレ自体、自分のからだの一部分みたいなノリでスキンシップしてくる。これが、勇者……ッ!!

「おやすみ」

 ミオがオレを抱き寄せた。胸元に感じるミオの吐息。くすぐったい。鼻先にあるミオの髪の毛。いい匂い。さすがあざとい!! さすが勇者様だ!!

 オレもミオの背中に手を回す。オレの腕の中にいるミオ。オレの大切な……。いや、とにかく!! オレはこれからも頑張るぞ! もっと頑張って駆け抜けるぞ! これからもずっと、ミオのとなりに居られるように!

 一瞬、草原の真ん中を、まっすぐに突っ切る道の幻影が見えた。

 人生は長い。この世界を知って、自分を成長させて、自分の中にある世界を成長させてく。そんな人生は……まだまだ続いていくんだ。

(おしまい)

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勇者のための世界 ブル長 @brpn770

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