9、リアルワールド

 目を開けたとき、そこには見慣れたふとんのガラがあった。ぼーっとしていた頭が、少しずつものを考えられるようになる。

「夢か……」

 そんな言葉が口を突いて出た。そうだ夢なんだ。オレは夢を見ていたんだ。今までずっと夢を見ていたんだ。でも今は、目の前にあるものが、とてもはっきり見えてる。頭もやけに冴えてて、まるでエナドリの最初の一口を飲んだときみたいだ。つまりオレは、現実に戻ってきたんだ。

「あ~……」

 そうか、夢か。そうだよな、夢だよな。同じ言葉を頭の中でなんども繰り返してた。夏休みももうすぐ終わる。『ひと夏を閉じ込めた宝石』を作るとか勝手に盛り上がって、でも完成させられずに夏休みは終わってしまうんだ。夢を見ていただけ。それがオレの『高校一年の夏休みのすべて』になってしまった。

 そうだよな。ゲームのキャラを現実になんて連れてこれるわけないよな。なんか自分の中で勝手に盛り上がってしまったんだ。完全に頭おかしくなってる。

 神様を名乗ってたオッサンも、結局、ただのヘンなオッサンだったんだ。あたりまえだ。この世界をフツーに神さまが歩いてるわけないんだ。

 でも……いい。もうこれでいいんだ。全部夢だとしても……楽しかった。楽しかったよ。オレは、オレの世界を創って、そこにはポンコツなヤツらがいて、それにどこから来たのか分からないポジティブでクレイジーな勇者様がいて、オレの世界は少しずつ成長していって、オレはそれを楽しんだ。それで十分だ。世界を楽しむ。それが創作の秘密なのかもしれない。きっと、この世界を創った神様も楽しんだと思うし、今も楽しんでるはずなんだ。

 終わった。何もかも。でも楽しかった。ミオがいて、オレは楽しかった。でももう終わり。おとぎ話は終わって、オレの黒歴史は今日、ここで永遠に封印されるんだ。

「うーん……?」

 オ、オレの黒歴史は……今日……ここでえいえんに……ふう、いん……?? いや、でもなんだろ? さっきから胸のあたりがすごく温かいんだ。それに今、何か聞こえなかった?

「トーヤぁ?」

 名前を呼ばれた。背筋にぞくぅ……っとした震えが走って、ひたいに汗がにじんだ。おそるおそるあごを引いてみる。そこには――。

「……ぎゃああああああああ!!!!??」

「わ! どうしたのトーヤ!? びっくりするじゃん!」

「ミ、ミオ……!?」

「……そうだけど? どしたのトーヤ?」

 オレの腕の中に誰かいて、それは……ミオだった。うそだ、こんなこと!! こんなことあるはずないッッ!! あれは……あれはたしかにオレの夢だったんだから!? でもミオは本当に……本当にこの世界に来たのかよ!?

「ねえ、ここがトーヤの世界?」

「ミ、ミオ、なんでいるんだよ?」

「ええ? なんでって……トーヤが連れてきたんでしょ?」

「い、いや、そうだけど……」

「灯也!? なに朝から大声出してるの!!」

 突如、おふくろが部屋に乱入してきた。まるで対戦ゲームで急に現れたチャレンジャーみたいに!!

「ぎゃあああああ!!! かあさあんッッ!! ノックくらいしてくれえッッ!!!」


 それから十分後、オレは両親の前で土下座してた。ウチのリビングが公開裁判の場になってる。

「灯也、聞きなさい。お父さんとお母さんが最初にコスプレでヤったのは二十五歳のときだったわ。そこにたどりつくまでにいろんなものを積み重ねたものよ」

 母さん言うなぁっ! 父さん、深くうなずくのはやめてくれぇっ! 聞きたくなかった、そんなことは聞きたくなかった!!

「あの……トーヤのお父様とお母様ですか!? ボク、ミオっていいます! トーヤといっしょにこの世界に来たんです!」

「そうだったのか……」

 父さん、今の説明のどこで、そんな納得できたんだよ!?

「灯也もついに目覚めてしまったか、召喚士の血に……」

 なんだよそれ!? ウチってそんな家系じゃないだろ!?

「あんたがリアルの女の子と付き合えるなんて思ってなかったからねえ」

 やめろぉ! 母さん、やめてくれぇ! このままじゃいつまで経っても終わらない。オレは覚悟を決めてもう一度、土下座をした。

「父さん! 母さん! 一生のお願いだ!! ミオを養子にしてくれっ!! この家に住まわせてほしいんだ!!」

「わかった。いいぞ!」

「あら~、ちょうど娘が欲しかったのよ~」

 あっさり解決したぁ!? 受け入れるの早すぎだろ!? いや、いいんだけど!


 公開裁判が終わって、リビングにはオレとミオが取り残された。オレはげっそり疲れてる。ミオはソファに座って、足をぱたぱたさせてた。なにか考え事してるみたいだ。

「えっと……ミオ、まずはこの世界について説明するよ」

 とりあえずテレビをつけてみる。ちょうど朝のニュースをやってた。

「わ、なにこの板?」

「説明すると長くなるけど、とにかく遠くで起きた出来事を知らせてくれる板なんだ」

「そうなんだ! あっ、あれなあに?」

「ロケットだよ。この世界の外側にも世界があることに気付いた連中が船を飛ばしたんだ」

「へえ! それってすごいことじゃないの?」

「どうかな? 頭のいいヤツがたくさん集まると、このくらいのことはできるんだろ」

「へえ? あ、じゃあこの人は?」

「この国の『王様』だな。いいヤツだよ」

「そっかぁ! トーヤの住んでる国って、いい国なんだね!」

「どうかな? まあ、そうかな?」

 さて。これからどうしようか? このまちを案内してみようかな?

 と、思ってたら、なぜかミオが居住まいを正した。

「あの……トーヤさん」

 ……さん?

「大事なお話があります」

 なんで丁寧語? とりあえずテレビを消すしかなくなる。

「トーヤさんは、ボクにお姉ちゃんになってほしかったんですか?」

「ど、どういう意味だよ?」

「だって、さっき、トーヤさんは言いました。『ミオを養子にしてくれ』って」

「いやだから、この世界でやっていくなら、きょうだいになった方がいいんだ。オレの家にも住めるし。とにかくミオがこの世界で生きてくために必要なことなんだよ」

「でも……」

「でも、なんだよ?」

「トーヤはさ、ボクに告白してくれたんじゃないの?」

「べ、別に、義理のきょうだいなら恋人にもなれるし、結婚だってできるからな?」

「えっ?」

「えっ?」

 えっ? オレ、今なんて言ったんだ? いや、ただ事実を述べただけだろ? そう、オレはただ事実を述べただけなんだ!

「トーヤ」

「な、なんだよ?」

「トーヤってやっぱり悪知恵なんだね! ボクといっしょの家に住みたかったんだね!?」

「い、いや、それはその……」

「ねえ、トーヤ。ボク、この世界でトーヤといっしょに生きてくんだよね? だったらちゃんと言ってほしいな? 遠回しで言ったり、成り行きで言ったりじゃなくって、ボク、ちゃんと聞きたいんだ、トーヤの気持ち!」

 ごくり……。

『そろそろデレなせえ』

 行商人の野郎!! なんでこんなセリフを最後の言葉にしたんだ!!

「トーヤ?」

「う……」

 言うしか……言うしかないんだ……っ!

「ミオ、さん」

「はい」

「オ、オレは、ミオさんのことが、好き、です。どうかオレの……恋人、に、なって、ください……」

「はい。もちろんです、トーヤさん!」

 いますぐこの場に崩れ落ちて丸まりたい……っ!

「あ~緊張したぁ! 告白されるのって嬉しいんだね!」

 うおお……恥ず、恥ずかしい……。でも……でも……。これでよかったんだ……。

「不思議だね! トーヤに好きって言われると、すっごく勇気が湧いてきて、もっともっと強くなれる気がするんだっ」

 そ、そうですか……。

「これからも、たくさん言ってね?」

 ど、どうかな……?

「ねえ、トーヤ」

「……なんでしょう?」

「ボクたち、キス、しよっか?」

「キ……!?」

 キスぅ!?

「そ、それはまだちょっと、早いんじゃないかな? ほら、オレたちまだ付き合い始めたばっかりだし!」

「そんなことないよ! トーヤはボクにたくさん優しくしてくれたよね? それにボク、今はトーヤの恋人なんだよ!」

 どどどどどどど、どうするんだよ!? どうすればいいんだっ!?

「もぉ、トーヤ。じれったいんだから……」

 夢見るような瞳でじっとオレを見上げるミオ。な、なんだよ? その誘うような視線になにも言えなくなる。ミオがすっと目を閉じた。これはアレか!? アレなのか!? オレは、オレはどうすればいいんだよ!?

「と、お、や」

 ミオのくちびるがそっと紡いだ言葉、それはオレの名前。ミ、ミオ。ミオ、オレは……。でも、オレは紳士で、でも、だから……。

「ミオ……」

 ええい! オレは覚悟を決めたぞ!!

 そのくちびるに向かってオレは……そしてオレとミオのくちびるが触れて……。

「ん……ン……」

 や、やわらかい! あたたかい! なんだよ、ミオのくせにぃ!!

「んちゅっ……」

 くちびるが離れる。そっと目をひらいたミオ。とろんとしてしあわせそうで。でもミオ。本当にオレで……。でも、だから……。

「ありがと、トーヤ」

 ありがとって。でも……でも、オレもうれしい……。

「……ねえ、トーヤ。約束、覚えてる?」

 約束……。ここはとぼけておこう。オレにだってプライドはあるんだ。やられっぱなしじゃだめなんだ……!

「覚えて、るよ。ずっと、ミオのこと、見守ってるから……」

「ありがと、トーヤ」

 体がとろけそう……。オレがオレじゃないみたいだ。

「ねえ、トーヤってさ」

「うん?」

「ふだんはなにしてるの? 世界を創ってないときはさ」

「えっとそれは……高校に行ってる」

「コーコー?」

「勉強するとこ、かな」

「じゃ、ボクもコーコーに行くっ!」

「えっ?」

「トーヤといっしょに、ね!」


          ◇


 その日の朝、ミオはウチの高校の制服に身を包んでいた。水色のえりのセーラー服がよく似合ってる。まさか一週間でウチの高校の編入試験に受かるとか……。

「トーヤ!」

 玄関の扉を開いて、ミオはオレを振り返る。そしてオレに手を差し伸べた。

「行こうよ!」

 どうやらついにこのときが来てしまったみたいだ。ミオは本格的に、この世界に旅立とうとしてる。夏休み明けはいつもしんどかったけど、でも、今年はケタが違う。胃が痛い。ゲロ吐きそう。本当に死にそう。

 二人で並んで登校。みんながオレを見ている気がする。

「どうしたの、トーヤ? 緊張してるの?」

「そりゃあ、そうだろ……?」

「ええ? いつも通ってるんでしょ? ヘンなトーヤ!」

 いつも通ってるかどうかじゃないんだ……。

「それじゃあ、トーヤ! 後でね!」

 編入生ということで、職員室に向かうミオ。オレは一人で教室に向かう。

 夏休み明けの教室。不思議なくらい、教室の中がよく見えた。クラスメイト一人ひとりも、まるで浮きあがってるみたいに、くっきりと。

「よう!」

 途中ででくわしたヤンキーが訳知り顔で手を上げる。オレは仕方なくハイタッチ。そのまま下を向いて自分の席に向かう。

 ちらっと上目遣いにみれば、オレは前後をヲタ野郎と委員長に挟まれてた。そうだった、そういう席の配置だったんだ。

 オレはなるべく目を合わさないようにして、自分の席に座った。そのまま机に突っ伏す。このままこの机の木目の模様の中に埋没してしまいたい。胃がからっぽみたいで、げっそりする。げっそりしながら、そのときを待ってた。

 教室の扉が開いた。先生が入ってくる。そしてその後ろからは……。

「みなさん、夏休みは堪能しましたか? さっそくですが、編入生を紹介しましょう!」

 ざわめきの中、そこには好奇心丸出しの視線を受け止めて全くひるまない、ポジティブでクレイジーな勇者様がいた。

「はじめまして! ボク、ミオ! 水守ミオです!」

 そしてオレにだけ分かるように目で笑った。

「水守灯也の義理のお姉ちゃんで恋人です! みんな、これからよろしくね!」

 生まれて初めて、オレはクラスの注目を浴びた。後ろの席の奴らもオレのことを見てる。それをはっきりと背中で感じた。

 前の席のヲタ野郎がオレを振り返る。

「ソロ君って『召喚士』だったんだね」

 うん……うん? いや、何の話なんだよ!? ウチの父さんとセンスが同じだぞ!?

 後ろからはガッと肩を掴まれて、後ろを向かされる。

「ソロ君」

「い、委員長……」

「きっと後で話してくれるだろうね? 夏休み、何があったのか?」

「そ、それ、は……」

 そういえば夏休み、何があったんだろう? オレにも何があったのか、分からなくなってる。たしかオレはゲームを作ってた。ただそれだけだったはずなんだ。それなのに……どうしてこうなったんだろ? あんまり夢中で駆け抜けたせいで、もう何もかも、よく覚えてないんだ。

『ソロプレイを極めた者はクリエイターになる』

 この世界で生きてるといろんなことがある。オレの身にも奇怪な出来事が起こったんだ。オレはこの世界に、ポジティブでクレイジーな勇者様を召喚してしまったんだ。そして、その勇者様とこのイカレたリアルを旅することになったんだ。オレはいったい、これからどうなるんだよ?

 でも一つだけ確かなことがある。オレは勇者様とこの世界を旅して、そしてこの世界のこと、いろんな人たちのことを学んでいくんだ。そして自分の中に在る世界を育てていくんだ。

 世界を創るためには、世界を知らないといけない。世界を知るためには、人を知らないといけない。人を知るためには、ひとりの人間と、とことん向き合わないといけない。ひとりの人間ととことん向き合うためには、自分自身のことを知らないといけない。自分自身のことを知るためには、たくさん考えないといけない。この世界でたくさんの人とふれあって。

 きっとここから始めないといけないんだ。世界に心を開くところから! オレはいま、はじめてクリエイターになれたんだ……!

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