第8話 クリーニング屋の仕事 冬。
ある晩、湯たんぽに足を乗せ「あ〜、幸せ〜。」と思っていた時のことである。
ピロン!
SNSの通知が鳴った。
酒井さんからだ。珍しいな、もう22時なるのに。
湯たんぽから足を離すまいと腕を目一杯伸ばして充電中のスマホを取る。
「荒井ちゃん、こんばんは。
遅くにごめんね。さっき店長からお庭で転んで吐き気があるので病院に行くとメールありました。
勤務が変更になるかもしれないのでよろしくお願いします。 酒井」
転んで吐き気って・・・大丈夫かな・・・
「酒井さん、お世話になっております。店長は大丈夫ですか?勤務の件、承知しました。
時間割と相談になりますが・・・ 荒井」
翌朝、店長からメールが入っていた。
「荒井ちゃん、おはようございます。
昨日はご心配をおかけしました。ごめんね。
骨折しちゃったので少し入院します。ごめんなさい。お店のことでご迷惑おかけします。よろしくお願いします。 鈴原」
その下に酒井さんからメールが入っていた。
「荒井ちゃんおはよう。骨折だったみたいよ。今日は私が午前勤務、本田さんが午後から勤務することにしました。
間の3時間か閉店までの3時間出れたりする? 酒井」
骨折か・・・大変だ・・・
今日は午前中しか講義がない日だったので酒井さんに間の3時間勤務したいと連絡を入れる。
「おばあちゃんおはよ!」
「おはよう、お姉ちゃん。あれ今日お化粧して学校行くの?」
「うん、店長入院したから学校の後バイト行く〜。」
一応、働く時は化粧することにしている。
すると言っても、当時大流行りした日焼け止めとベビーパウダーをつけ、アイシャドウとリップつける程度だったが。
「荒井〜、おはよー、今日の夜空いてる?」
教室ではめーちゃんが本を読んでいた。
笹川はスマホで何か調べていた。
「めーちゃん、おはよー!ごめん、バイト行く。」
「まじかー。」
「なんかあった?」
「もうすぐ冬休みで笹川、実家帰るからカラオケ行きたかった〜。」
「あー、私も行きたい〜!!」
「荒井いないとつまんないから別の日に行こう!」
笹川はそう言ってくれたが・・・
「え、大丈夫?」
「大丈夫、帰るの来週だから!」
「ありがとー!カラオケ楽しみ!」
講義後友達と解散してクリーニング屋に急ぐ。
降った雪が車やバスのタイヤに押されて凍っていた。
「うわっ!」
時々滑ったり、前に自転車で通った人がつけた轍にタイヤを取られながら商店街を目指す。
大学からクリーニング屋まで途中まで下り坂なので、今まで「最高だ〜。」と思っていたが冬だけは怖い。
路面を覆った氷がつるりと光る。
これ以上自転車で降るの怖すぎる。道が平らになるまで押して行こう。私は自転車を降りた。
その月は「笹川を見送る会(と称したカラオケ納め会)」、増えたバイトをこなして年末を迎えた。
店長の回復は順調だったが店頭に立てるようになるのは1月下旬まで掛かると連絡があった。
「1月って荒井ちゃん学校始まるよね・・・」
「始まります・・・」
酒井さん、本田さん、私は店の奥でコーヒーを飲みながら一息ついていた。
「もうあれ頼むしかないんじゃない。」
「そうだよね、仕方ないか・・・」
酒井さんと本田さんが「あれ」というが私には分からない。
「何ですか、あれって。」
「あれはあれよ。」
「来月分かるよ。」
話を濁されてしまった。
1月。学校帰りにバイトに入ると「あれ」の正体が分かった。
「いやー、荒井ちゃん!お疲れ。」
「おつ、お世話になっております。社長。」
慌てて「お疲れ様です。」を「お世話になっております。」に言い直した。
私とは採用面接依頼の社長である。
「あれ」とは社長直々の接客だったのである。
・店に何かあったら自分が動く
という考えのもと、社長は時々社長以外の業務もしていたらしい。
「現場に出ると分かることもあるしな。先週は洗濯工場に入ったよ。」
「お疲れ様です。」
「荒井ちゃんが働く前は僕とせがれがここのシフト入ってたんだよ。」
「そうだったんですね。」
知らなかった。でも何年か前に祖母が「駅前クリーニングってたまにおじさんが店番してるよね。」って言ってたかも。
「じゃあ今日の午前中変わりなかったから後は頼むよ。」
「はいありがとうございます。」
社長を見送り表の雪かきをした。
その後ずっとお客さんが来なかった。
平日の午後はお客さんが全然来ないことも多い。
そんな日は番号札の日付欄に1月の1だけ書いたり、裏紙のメモ帳を大量生産してみたり、さっきみたいに雪かきをしたりと普段は出来ない「やっておいたら明日以降楽かもな」って仕事をする。
それも全部終わったのでレジに隠れながら「保育士試験 一問一答」を解いた。
やっぱりお客さんは来なかった。
女子大生、バイトする。 なーなー @na_na_
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