第7話 女子大生、迷走中。
「それでは教務課の窓口に11月10日まで希望の専攻を届け出てください。以上です。」
いつもはのんびりしている研究室の教授がやや険しい顔で今日のゼミを締めくくった。
遂に2年生の専攻を決める時が来た。
「ねー、笹川は小学校教育専攻?」
「うん、入学時から変えてないねえ。」
笹川は入学当初から小学校の先生になりたい!といつも笑顔で話している。
成績も優秀なので特別支援学校の教諭免許状も取得してはどうかと教授に勧められたらしい。
「特別支援どうするの?」
「挑戦するつもり!荒井は?幼児教育専攻っしょ?」
「・・・うん・・・」
「どした?困ってんの?」
さすがは笹川である。
・実は私の希望する進路は学校や幼稚園、保育所の先生ではない。
・児童養護施設か乳児院、児童相談所で働く人になることである。
・そのために小学校の教諭でも幼稚園教諭でも保育士でも免許の面では問題がない。
・故に何の専攻に進むべきか悩んでいる。
「へえ〜、初めて聞いた・・・」
「先月まで保育士じゃないと働けないと思ってたんだよね。」
「だから死ぬ気でピアノしてたのか。」
「そうなの。その節はお世話になりましてありがとうです。」
「お世話したのはめーちゃんな。」
プリンをすくいながら笹川の動きが止まった。
「荒井、なして(何で)施設で働きたいのさ?」
笹川は時々津軽のなまりが出る。
なまりが出るのは考えるより先に言葉が出た時だ。(荒井調べ)
「ん〜、話せば長いかも。」
「え、あんた親いないの?」
「あ〜、大体そう。」
親がいることはいる。
いるけどちゃんと私と妹を育ててくれる親ではなかった。
精神的に病んでいる父、離婚をしたいので実家に帰ったり自宅に戻ったりを繰り返す母。
うまくいくはずもなくしょっちゅう喧嘩ばかりなので見かねた祖父母が私達を引き取ったのである。
「あんた将来どうするの?」
「親いない子が住んでるところで働く人になりたい。」
高校生のうちはそう言うと祖父母は喜んでくれたのだが・・・
「速報です。今朝未明、障害者が入所する施設に刃物を持った男が押し入り・・・」
「・・・県の乳児院で働く女性が自宅で待ち伏せていた男に殺害され・・・」
といったニュースが最近よく起こるため祖父が施設ではなく学校や幼稚園、保育所等に進路を変えるよう勧めている。
「せっかく勉強して頑張ってるのに殺されたらおじいちゃん達どうしたらいいんだ。」
そう言われると私には返す言葉がなかった。
「でもさあ、私は施設の子達がお迎えなり新しい施設に移るまで楽しく遊べるように働きたい訳よ。」
「じゃあ進路は変えちゃだめだ。」
「働くのは私だしそうなったら仕方ないよね。」
「そう!小学校だって不審者が押し入って大変なことになった事件、あるにはあるんだから。」
「昔あって怖かったよね。まあ働いてる時に災害とかあるかもだしね。」
「うちら、命を預かる仕事がしたいんだね。」
命を預かるために私ができることは何だろう。
「えーっと、荒井日和さんですね。」
「はい。」
数日後、私は教務課の窓口に来ていた。
「希望の進路は児童養護施設か乳児院、専攻は小学校教育専攻で大丈夫かな?」
窓口の先生が提出した書類を読み上げながら確認する。
「はい、よろしくお願いいたします。」
「あら、保育士資格を国家資格受験で取りたいのね。」
先生は珍しそうに備考欄を見ていた。
国家資格受験で取ると言うことは大学の勉強の他に受験勉強をして資格試験に挑戦すると言うことである。
「はい。小学校教育専攻では保育士資格が卒業時に取得できないとうかがいまして。」
「ふーん・・・。幼児教育専攻だったら卒業時に取得できますけど、大丈夫かな?」
「大丈夫です。」
「何で保育士と幼稚園と小学校って組み合わせなの?」
この大学では多くの学生が以下の組み合わせで免許状や資格を取得する。
以下の組み合わせは単位を習得していれば卒業と同時に免許状や資格が取得できる。
1、小学校と幼稚園、特別支援学校の教諭免許状
2、小学校か幼稚園の教諭免許状のどちらかと特別支援学校の教諭免許状(小学校と特別支援学校の教諭免許状は笹川の選択した組み合わせ)
3、小学校と幼稚園の教諭免許状(大学の中で取得できる免許状で言えば私はこの組み合わせを選択した)
4、幼稚園の教諭免許状と保育士資格
5、小学校か幼稚園の教諭免許状、保育士資格いずれか1つ
私はその全てと違う選択をした。
「0歳から12歳までの育ちを勉強したいからです。」
本当は施設に入れるのが18歳までなので中学校と高校も勉強したかったが無茶だとゼミの教授に止められた。
「そっか、頑張ってね。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
余談であるが、私が保育士資格を取得した後に免許状と資格の組み合わせに新しいものが加わった。
6、小学校と幼稚園の教諭免許状と保育士資格
「・・・あーあ、もうちょっと早くこの組み合わせができてたらなあ。」という気持ちと「勉強したことは無駄じゃないぜ!」という気持ちを抱え、自転車でクリーニング屋を目指した記憶がある。
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