第2話 優しさを強さに

 「対魔害殲滅組織育成施設」

 満十三歳から入ることを許可される緋星ひしょうの卵を育てる国公認の学舎まなびや

 約六年間を掛けて魔害や緋星について座学と実践を交えて教育を施される至って普通の学校と変わらない所。

 入ってから一ヶ月後に最初の実技テストを行い一年間の仮メンバーが発足される。勿論その人の能力を鑑みて選抜が行われるが、全体的なバランスと小隊の指揮を乱さぬよう細心の注意が払われている。

 やはり能力だけで判断してしまうと後々影響を及ぼしてしまうのだとか。

 施設のお偉い人はそんな細かいことにも気を使っているので、いつ見ても顔が窶れている。

 「皆さん進級おめでとう御座います。晴れて五修生となったわけですが気を抜かずに、また一年頑張りましょう。

 …ですが今日は五修生となってまだ一日目ですので緩くいきましょうか」

 ここ対魔害殲滅組織育成施設では、年生ではなく修生として扱われる。

 理由はその年数分経験を積んだ意味を与えたい…とかだった気がする。すまないが正直俺はその辺りの記憶無いので余り信用しないでほしい。

 「では次に笹原君。軽く自己紹介お願いします」

 「え?あっはい」

 やばい全然聞いてなかった。俺より前の人なんて言ってたっけ…どうしよう自己を紹介するものがない。

 コピペを用意してくればよかったと今更ながら後悔してしまった。

 「えっと笹原真那斗ささはらまなとです。趣味は水族館で魚を見ることです」

 「へぇ魚の観察ねぇ。珍しいね好きなの?魚」

 「ゆらゆら動いてるのが好きなんですよ。動きが単調だから何処か落ち着くんです」

 「そっかそっかありがとう笹原君。じゃあ次…」

 一先ず山は乗り越えたみたいだ。幸いにも名前が最初の方だから痛手は喰らっていない。

 …それにしても今期の修生は人数が多い気がする。例年より下の修生や一つ上の修生の方々より数十人多い。たしか地方から転入してきた人達が居たからそのせいかもしれない。

 「さて皆さんの自己紹介も一通り終わったことですし、残りの時間は自由とします。この後放送が入ると思いますので、それが入ったのち解散とします。

 それでは皆さん今日一日お疲れ様でした」

 そう言うとドアをガラガラと開け先生は出ていってしまった。

 同じクラスの修生たちはグループを作って会話を始めているようだ。因みに俺は基本傍観してるのが好きなので残りの時間は軽くゴロゴロしようと思う。

 ──ピンポーンパンポーン──

 「「緊急の連絡です。五修生の笹原真那斗さんは至急施設の門へ行き、戦闘準備に入ってください」」

 …………………………

 「「え?」」

 「え?」

 クラスの修生たちの視線が一斉に俺に集まった。

 数秒沈黙が続いた後、はっと我に返り急ぎ準備をし走って門へ逃げた。

 「戦闘準備ってどういうこと?」

 「さっさぁ…私にはさっぱり」

 放送じゃなくて電話で呼んでほしかった。


 いそいそと門へ逃げ停車していた車に乗り込んだ。

 中には馴染みの上司と運転者が一人乗っていた。

 「宮田さん普通に電話掛けてよ。要らぬ視線を浴びて来たよ…」

 「すみません。こちらも急ぎでしたので校内放送をさせて頂きました」

 「…それでまたORGAの案件?また単身討伐とか嫌だよ?」

 「大丈夫です今回笹原くんには補佐に入って頂きます。上からの情報によると今回の魔害は二匹だそうで、その片割れを笹原くんに任せるとのことです。

 私はもう一方の補助を任されているので今回お助けが出来ません。

 …上からの命令とはいえお助け出来ず申し訳ありません」

 きっちりとした髪と皺一つない黒スーツで謝られると調子が狂って仕方がない。それに宮田さんは誠実な人だから罪悪感が半端ない。

 こっちが悪い事してると誤解するほどに。

 「分かりました。でも宮田さん、片割れってことはORGAじゃないの?

 初めてじゃない?二匹で出てくるって」

 「そうですね。我々も大まかにA級かAα級相当だと判断しているのですが、私が補助する片割れがこの前討伐したあのORGAに匹敵する強さらしいのです」

 「なるほど強さでみたらORGA級で、全体的にはざっとA級かαね…。

 とりあえず今回は悲喜交交を抜かなくても良さそうだね」

 俺は基本二本の刀を携えている。

 一本がORGA級用、もう一本は普通の魔害用。

 何故二本なのかというと、ORGA用の悲喜交交ではその下に位置する魔害たちを斬れないのだ。悲喜交交が何故斬れないのかは五年経った今でも分からない。

 あくまで憶測だが悲喜交交は普通の魔害を受け付けないからなのだと思う。

 「それで宮田さん。俺が補佐する魔害はどんなかんじなの?」

 「えぇ外見的特徴は少し大きめの狼、色はグレー…いえ銀色でしょうか。

 いつもどおり黒い靄を纏っているので見つければ直ぐに分かるかと」

 「ふむ。…あの運転手さん申し訳ないんですけどこの刀置いていっても大丈夫ですか?

 流石に二本ぶらつかせとくと邪魔なので」

 「勿論構いません。私の役目は皆さんを安全に送迎することですので」

 「ありがとうございます」

 さてそろそろ時間だろうか。

 車の外の景色も人が少ない街中になってきたし、戦闘準備に入ろう。



 「それでは笹原くんそちらは任せましたよ」

 「はい。それじゃあ宮田さんも頑張ってください」

 では、と一言言うと宮田さんはもう一体の方へ向かった。

 …辺りを見舞わ足すと、商店街が大きく広がっていた。先程まで主婦や子どもたちで賑わっていた形跡が残っている。

 魔害発生の合図で一斉に逃げ出したせいか、所々に落とし物が目に入る。落とした人が取りに来られるよう早く討伐しよう。

 「二体が同時に出現ってことはどっちか倒したら不味いことにならないのかな?どうするかなぁ…おびき寄せて宮田さんたちの方へ着いて来させる方が安全かな」

 二体同時発生なんて聞いたことないし、マニュアルがないから対処しようも手探りになってしまう。

 こっちを倒してあっちが強化された、なんてされたらたまったものじゃない。

 そんなことを考えながら歩いて散策していると黒い靄の残滓が見つかった。これがあるということはつまりここを通ったということ。

 だからこれを辿れば必然的にその狼の魔害と出会える。労力を散策に裂くのは不効率だったからありがたい。

 「行くか」

 黒い靄を頼りに足を進める。無論、いつ襲われるか分からないので臨戦状態で。

 ……靄について行くと次第に靄の色も濃くなっていき魔害の気配も強くなっていった。

 宮田さんの言うとおり確かにこれはA級並の強さだ。迫力とでも言うのだろうか、肌に刺すような痛みがあるから。

 「辺りも暗い場所に近づいて来たな。やっぱりこれ俺の予想が当たったかなぁ…」

 独り言を呟くと後ろに冷たい気配を感じ取った。振り返れば間違いなく攻撃を仕掛けてくるだろう。

 袋小路近くまで残滓を残し呼び込んだのは、きっと獲物おれを袋の叩きにするためだろう。このまま真っ直ぐ進んでもいいが、敢えて立ち止まって右手を刀の柄に乗せておこう。

 振り向いた瞬間に刀で往なせれば後は、真っ直ぐ来た道を戻るだけだから。

 「三…ニ…一!」

 勢いよく振り返り噛みつこうとした魔害の牙を刀で往なし魔害を突き離す。

 そして来た道を全速力で駆け抜け廃れた通りに出る。

 此処ならあまり損害なくこの魔害と戦うことができる。

 「少し大きめって聞いたけど虎ぐらいあるじゃん。しかも結構ズッシリくる重さだし」

 「グルルルルル…」

 「これで二匹同時に討伐だったら骨折れるぞこれ」

 「グルルルアァ!!」

 口を大きく開き喰らいついてくる。それを外すと今度は突進を試み車並みの速さで向かってきた。

 「っぐ!」

 突進をモロに受け全身が痺れ動けなくなる。両腕でガードしたとはいえ体が軽く吹き飛んだ。 

 潰れた店の壁に直撃し右手に持っていた刀が落ちた。

 「…っ?!」

 タイミングを見計らっていたのか魔害が今度は逃さぬとばかりに全身を使って喰らいついてくる。

 刀は手から離れ左手はガードの影響で痺れて動かない…。使えるものといえば唯一動くあし

 だったら……。

 「蹴るしかないでしょ!!ッオラ!!」

 魔害の下顎を右脚で蹴り飛ばし突っ返す。魔害は声をあげることもなく直ぐに体を捻り体勢を立て直した。

 「この前のやつより面倒だな…」

 身体を起こし刀を拾い上げる。まだ一部痺れているが気にしている暇はない。 

 なんとかしてこの魔害に一太刀浴びせないとこっちが消耗するばかりだ。

 「フゥーハァ。笹原真那斗押して参る!」

 互いの刃がバチバチと燃え盛る。牙と鉤爪が刀と擦れ合うたび火花が飛び散り二人を煌めかせる。

 幾度となく互いに互いが攻撃を仕掛け、躱し、喰らい、反撃を繰り返した。魔害は身体の所々から黒い靄を出し、俺は血を垂れ流していた。

 だがそれでも一つも疲れを見せず、斬りつけた。

 「ハァ…ハァ…」

 「グルルルァ…………」

 たった数分の攻防でもここまで体力を消耗するとは思いもしなかった。息切れが止まらないし、身体が休息を求めているのを感じる。

 一度まともに魔害の突進を喰らったせいか、左腕の負傷が加速している。刀の鞘が左右にブレないように左手で押さえているので、右手ほど消耗は早くないが受け身を何十回と取っているから痛みがずっと走り続けている。

 「「笹原くんそちらは大丈夫ですか」」

 「…以前苦戦中です」

 「「やはりORGAではないと厳しいですか」」

 「そのようです…。それで宮田さんの方は…大丈夫です、?」

 「「こちらは直討伐できるでしょうし、私がそちらに援護へ向かいましょうか?」」

 宮田さんに援護を頼むのは正直申し訳ない。片方の方を援護した後でまた援護してもらうのは流石に疲れもあるだろうから気が引ける。

 毎日働き詰めというのも聞いているので少しでも休ませてあげたい。

 「いいえ宮田さん。大丈夫ですよ。俺は一人でもを狩りますよ!」

 「「強く…なられましたね」」

 「……いつまでも皆さんに頼ってばかりじゃいけないでしょう!!」

 宮田さんの優しさを胸に自分を奮起させる。自分の殻を破るためにも。

 「「それでは健闘を祈っています笹原くん」」

 「ありがとう宮田さん」

 インナーイヤホンから声が聞こえなくなり、睨み合っていた俺たちはもう一度戦闘状態に入った。

 今度は限りなく覇気が強まって。

 「……よし」

 右手で刀を持ち身体を少し下げる。直ぐに走り出すために。

 そして全ての攻撃に一点一点全力を込め魔害を圧倒する!

 「ッフ!」

 魔害目掛け駆けり出す。守備を全て捨て攻撃に変える。爪が身体を引き裂こうと気にしたことではない。何度喰らおうともこちらも攻撃をし続けるから。

 斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って…斬って。

 …猛攻だった。

 互いが野生に返り咲き貪る様に攻撃し合う様は。

 突き刺し、斬り裂き、薙ぎ払い。

 頭にはただ斬ることでいっぱいだった。ずっとこの魔害を消滅させるために必死で。

 …辺りを一瞥すれば血塗ちまみれだ。ここで拷問があったのかというほど。だが致死量ではない。ただの瀕死だ。

 俺は限界を壁を知っている。ずっと俺に立ちはだかっている壁が。生涯を賭けようとも決して破れないものがあるから、俺は命というものを賭けられる。

 限界や壁というのは越えたり壊したりするものではない。

 抗うものだ。

 抗うからこそそれは俺たち生命いきるものに力を与える。

 抗った結果として得られる新たな力が。

 「…幸災楽禍こうさいらっか、もう少し俺に付き合ってくれよ…。

 俺は今最高にこの戦いが楽しいから!!」

 気付ば戦闘狂になっていた。命を簡単に壊す殺し屋の様に。

 そうだからか知らないが徐々に徐々に魔害を押していっている気がする。攻撃回数が減り致命傷を喰らっている数が増しているから。

 これなら討伐できるかもしれない。

 俺…一人ひとりでも。

 「穿つらぬけ幸災楽禍!!」

 渾身の突きが魔害の心臓部に突き刺さった。

 「甘いか…ならそのまま壁に打ち込んでやらぁ!!」

 一気に前進し片手で魔害を突き刺しながら壁に激突させた。

 「グゥゥゥゥ!!」

 魔害が悲鳴をあげた。だがそんなことは知ったことではない、俺はお前をただ殺すだけだから。

 「……こんどは…温かい場所で生まれろよ!!」

 刀を一気に振り上げ半身を両断した。

 裂けた魔害の体からは靄がどっと吹き出し水蒸気のように雲散霧消していった。

 ……完全に消えるまで待ち、靄が無くなるのを確認し体の力を抜いた。

 「…ハァハァハァハァ。つっかれたぁ」

 そのまま後ろに倒れ大の字になって身体を休ませる。限界を迎えた身体は力一つ入らなくなっていた。

 精々顔を動かすのが精一杯。

 「ひとりでも、やれた…諦めなくてよかった」

 壁に抗えた。俺には新しい力なんて得られないけど、粘ることはできた。

 多分それが俺の抗って得たものなんだろう。

 「…繋がんないし待ってるかぁ」

 宮田さんたちが回収してくれるまで眠ってしまおうか。

 そう思ったらなんだか眠くなってきたしそのまま本能のままに身体を預けてみることにしよう。

 「…よくやったぞ真那斗よ」

 「ありがとう御座います宮田さッ……」

 声の方向へ顔をやるとそこには宮田さんではなく、死がそこに立っていた。

 「クックック実に良かった。あぁとても心が踊った。お主を目にかけて本当に良かった」

 その死はコツコツコツと足音を立てこちらに歩み寄ってくる。ニヤニヤと笑みを浮かべて。

 「妾はお主をとても気に入っておるのだ。

 だからのぅお主に今此処で死なれては愉しみが失くなってしまう……。

 そこでだ笹原真那斗。妾の血で生き長らえよ。そしていつか妾を殺しに来い。

 口答えは許さぬ」

 「ッッく」

 その死は俺に顔を近づけ口を塞ぎ血を流しこんできた。

 「ン…………」

 人間の血ではない味が舌を駆け巡る。飲み込むと心臓が強い反発をし強い力で締め付けた。

 鼓動が始まったかと思えば急激にリズムを打ち出し全身に血が巡り始めた。深い傷からは血が流れ出ているが、どういう原理かその傷が徐々に塞がり始めた。

 体力も一気に戻り始め身体を起き上がらせるくらいには回復してしまった。

 「馴染んだか。さて妾は帰るか。それではな真那斗よ」

 「っ待てよ。…あんた何が目的なんだ」

 「先に言ったろう。妾を殺しに来いと。ただそれだけのこと」

 「なら帰る前に名前くらい言ったらどうだ。その口振りにしては礼儀がなってないぞ」

 「そうじゃなぁ。…妾は酒呑童子とお主たち人間からそう呼ばれるもの。

 魔害の中の魔害、即ち童子である」

 それはそう言い放ち姿を消した。

 まるで夢幻のように。

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数百年の呪いにサヨナラヲ とあるデルタさん @yasaka51723

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