事の発端
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事の発端は、子どもの頃からの夢だった保育士になって五年目の夏でした。
ある日を境に寝つきが悪くなり、夜中の三時か四時になってからようやく眠りについて睡眠時間が三時間程で仕事に行くという生活が続きました。それでも全然苦ではなく、むしろ仕事に集中していたように思います。
しかしそんな毎日を送っているとやはり無理がたたり、お昼寝の時間で子どもを寝かせながら自分も一緒になって寝てしまったり、ミスが多かったりと綻びが出てきました。
当時は0歳の担当だったので、いつ起きて泣いてしまったりするかわからない時に一緒になって寝るとはどういう事だと園長先生から小言を言われたりもしたし、他の先生からは心配されました。そう言う状況下でも依然として夜は寝つけず、睡眠不足のまま働いていました。
そしてついに一緒に0歳を担当していた看護師の資格を持つ先生に呼び出され、こう言われました。
『あなたは保育士に向いてないんじゃないの?』
心の奥底にズーンと響くような言葉でした。それを言われた瞬間、自分でも何処かでそう言う風に思っていた事に気づかされたような気がしました。
保育士を目指したきっかけは、わたしが幼稚園の時の担任の先生に憧れたから。高校を卒業したら幼児教育科のある短大に入り、いつかは幼稚園教諭か保育士になると小学生の頃から決めていました。資格を取って先生になれば憧れのあの先生のように皆から好かれて笑顔の素敵な人になれると思っていました。だが現実は違っていた。
あれは短大の二年生の保育実習の時。手遊びやピアノ、手作りの道具を使った遊び、折り紙、塗り絵、等々……座学で勉強はしてきたけれど実際に子ども達を目の前にしてやるとなると極度に緊張して上手く出来なかったのです。年長組くらいになるとパニクったりしている様子をからかったりする子もいたりして、余計に緊張して空回りする。結局実習期間は苦い思い出しか残りませんでした。
そんな有様だったため、担当の先生からの評価はすこぶる悪かったです。これが一度目の挫折でした。
その後は一生懸命勉強して卒業。一応就職先も決まり保育士一年生として何とかスタートを切ったのですが、現場は思った以上に大変でした。
二歳児を担当したのですが、『魔の二歳児』と呼ばれるだけあって毎日が戦場で、何が何だかわからないまま日々が過ぎていきました。子ども達にとっては新人だからとかベテランだからとかは関係なく、全員が『先生』であって、それは先生同士でも当てはまるものでした。一緒に二歳児を担当したベテランの先生はわたしが新人だからといって容赦なく、自分と同じくらいの力量を求めてきました。わたしはそれに対応するので精いっぱいで、一年の契約期間はあっという間に過ぎていきました。この時のわたしの保育士としての自信のパーセンテージは半分を切っていました。
そして二年目。別の保育園に移動になりました。その保育園は先生方も子ども達も前の保育園とは違って平和な所で、そこでも二歳児を担当したのですが一緒に担当した先生が良い人だったのもあって70パーセントくらいまでは回復していました。そして夏くらいになると80パーセントは越えるくらいまで保育士としての自信が持てたのです。
しかしそれも一年間だけで終わってしまいました。契約期間が過ぎ、また別の保育園に移動になりました。その保育園が後に双極性障害を発症する原因になるとは、その頃のわたしには想像もつきませんでした。
保育士になって三年目。一緒に入った二人の同僚と三人で0歳の担当になりました。わたしは結婚もしていませんしもちろん子どもを産んだ事もなかったので、何もかもが初めて尽くしでした。ミルクをあげた事もないのでまずミルクの飲ませ方から勉強。離乳食の食べさせ方やおむつ交換の仕方。おんぶ紐の使い方まで全て教えてもらわないと出来ませんでした。一通り出来るようになるとホッとしたものです。
しかし安心している暇はありませんでした。わたしの担当の子は三ヶ月の子二人だったのですが、泣くのもミルクを飲むのも寝るのも起きるのもそれぞれ別のタイミングなので、一日中フル回転という状況でした。その内二人とも同じタイミングで同じ事が出来るようにリズムを整える事が出来たので良かったのですが、今思えばよくやったなと自分で褒めてやりたいくらいです(笑)
そうして慌ただしく一年が過ぎました。二年目も引き続きその保育園で働く事が出来、また0歳の担当になりました。これまで担当してきた子は一歳児のクラスに進んだので、新しく入園してきた0歳の子の担当になりました。二年目という事で一通り慣れたので、今度は三人の担当になりました。一人増えた事で大変にはなりましたが、任せられているという使命感の方が強くて充実した一年だったと思います。
さて問題の三年目。この時も三人の担当になりました。しかもこれまでは数人の先生で0歳の子を分担して見ていたのですが、この年からはわたしが0歳のクラスを専属で受け持つという形になりました。この時は不安よりも使命感、そして期待に応えようと奮起していたように思います。
そしてこの年に園が看護師の資格を持つ人材を入れようとし、一人の看護師が0歳のクラスに入ってきました。基本は0歳を受け持ち、他のクラスで何か怪我や病気をした子がいたらそちらに行くという形でした。
最初はその先生と上手くいっていたのですが、段々とわたしの仕事の仕方に口を出すようになり、二人の間に少しづつ亀裂が入っていきました。
その頃からです。わたしの体に異変が訪れたのは。
慢性な睡眠不足。集中力低下。酷い倦怠感。吐き気。食欲不振。更にその看護師の先生と他の先生が話しているのを見ると、自分の悪口を言っているのではないかと被害妄想をする。そんな毎日が何日も続きました。それで極めつけがあの『保育士に向いてないんじゃない?』という言葉。
その言葉で自分の中の自信が0、いやマイナスにまで落ち込んでいきました。数日後の朝、出勤直後に具合が悪くなってトイレで嘔吐。そのまま倒れて意識が朦朧となってしまいます。しばらくしてわたしがトイレに行ったまま戻ってこないと騒ぎになったみたいで看護師の先生がトイレに様子を見に来ました。わたしは何とか意識はあったので呼びかけに答えて鍵を開けました。入って来た先生はすぐにトイレの水を流し、わたしをおんぶして取り敢えず0歳の部屋に連れて行って布団に寝かせてくれました。手足が冷たくなっていたようでお湯で温めてくれました。その後、園長先生が母親の仕事場に電話をしてくれて迎えに来てもらいました。その時に看護師の先生が何故か精神科の医者で診てもらった方がいいと母に言っているのをボーっとした頭で聞きました。その時は何故だろうと思いましたが、わたしの症状を見て判断したのだなと今になって思います(まさか原因が自分だとは思いもしなかったでしょうが)。
その日のうちに精神科のクリニックに行き、紹介状をもらって精神科の専門の病院に行きました。その時は『うつ病』と診断され、月に数回受診した後に『社会不安障害』と診断されました。これは車の運転が怖い、人の目が気になって家から出られないなどといった症状があった為と思われます。
その後、今の主治医に変わって色々と検査や診察を受けた結果、『双極性障害』と診断されるに至った訳です。
双極性障害は脳の病気だという事、決して心が弱いとか怠慢などではないとその医師から聞かされた時はすごく心が軽くなったものです。
実は発症してからずっと自分はダメな人間だと自分を責めていたからです。それと家族や親戚からも「やる気がないからだ」とか「心の持ちようですぐ治る」などと言われていたからそうなんだと思い込んでいたからです。「もっと強くならなくちゃ」「甘えてばかりじゃダメだ」と思って無理に行動に移そうとしていました。
頑張ってパソコン教室にも通って資格を取って事務系の仕事に就いたりもしました。ですがすぐに体調を崩して仕事を辞めざるを得なくなりました。その時には家族は理解してくれましたが、親戚は理解してくれずに怠慢だと言われてしまいました。でも今はわかってくれていて、時々様子を見に来てくれたり電話をくれたりします。
友達は結構いた方だったのですが、発症した頃に連絡するという行為自体煩わしくて一人の親友だけ残してあとは全員の連絡先を消してしまったので、今はその一人しか連絡出来る人はいません。その友達は肺に病気を抱えていて難病指定されているのですが、前向きで明るくちゃんと仕事をしているので羨ましいと思っています。その友達には自分の病気の事とか今の気持ちとかを素直に言えるので、いてくれて助かっています。良い友達に出会えました。
今の状態ですが、ついこの間十日間程入院していました。夜寝つけずに遅くまで起きていて日中はずっと寝ていて夕方に家族が仕事を終えて帰ってきてからやっと起きる。という生活を一週間以上続けていたので、これはマズいだろうという事でリズムを取り戻す為と休息の為に入院をしました。この入院で元に戻る事が出来たのでつい先日、退院してきました。
その時主治医から、病気の事や自分の想いなどをエッセイとか自伝風に書いてみたら?というアドバイスを頂き、初めはさらけ出す事を躊躇っていたのですがこれも何かのきっかけになればいいなと思い、この徒然日誌を書く事にしたのです。
読んだ方がそれぞれ何かを感じ取って頂けたらいいなと思います。
さて、長くなってしまいました。
今後は思うがまま、感じるがままに書いていきたいと思っております。更新はいつになるかわかりません。
連載途中の小説の続きもありますからね。そちらも頑張りたいと……主治医からあまり頑張り過ぎるなと言われておりますので、ほどほどに。
それではまた。
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琳の徒然日誌 琳 @horirincomic
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