第7話 僕の専属家政婦山内さんは……

 やっぱり僕はもやもやする。


 何で、山内さんは時折悲しそうな顔をするのか、そして前世とは一体何のことなのか、僕はそれを山内さんに思い切って聞いてみることにした。山内さんはいつものように土鍋でご飯の準備をしている。聞くなら今しかない。


「土鍋でご飯を炊きますね。これでよしっと。あとは浸水時間が——」


「二十分」


「正解です」


「あの、山内さん? この浸水時間は二十分って、合言葉みたいになってますけど、一体どんな意味があるのでしょうか?」


「関川さん、今、なんて言いました?」


「えっと? 浸水時間は二十分っていつもいう、これって何かの合言葉なんですか……って? 」


「きゃあ! ついにこの時がぁ!」


——バタバタバタ! ジャーンプ! ばふっ!


「うわっ! や、山内さん、どうしてそんなに嬉しそうに?! それに、あの、近いです! 近過ぎます! あの、山内さんの体重が僕の身体にかかって! って、あの、えっと、どうして抱きついてるんですか?!」


「だって、だって、やっと聞いてくれたんですもの! 浸水時間は二十分は合言葉なのかって!」


「え?! ちょ、意味が……?! それでですね、その合言葉の意味もなんですけど、なんで僕の上に乗って抱きついているんですかぁ!?」


「抱きしめたいからです……いや、ですか?」


「やじゃないけど! でもこれは流石に!? ソファに僕が押し倒されるような形になっていて、あの身体が、山内さんの顔が僕の胸にですね……、あの、山内さん?」


「ちょっとだけ、こうしてぎゅってさせておいてください……」


「山内さん……?」


「もうちょっとだけ」



——ぎゅう


 

 僕の胸の部分に山内さんの顔があって、その場所がとてつもなく熱い。行き場をなくした僕の腕たちが、僕の身体に重なっている山内さんの身体を抱きしめたいと言っているような気がしてならない。


——あああ、この腕、どうしたら?!


 山内さんの髪の毛から甘い香りが漂い、僕の鼻先を弄んでいく。たまらない感情、でも、我慢しなくてはいけないと、僕は腕を思いっきり天井に向けて真っ直ぐに伸ばした。


——どうか、これ以上僕の身体も反応しませんように! て、あれ? 山内さん、もしかして泣いてる?!


「あの、山内さん?」


「もう少しこのままで……」


「はい」


——わかんない、え? なんで泣いてるのか、全然意味がわかんないっ!?


 山内さんが僕の胸に埋めた唇から時折溢れる吐息が僕の胸に染み込んでいくのがわかる。それに、涙も……。


——ああ、だめだ。抱きしめたい……。


 僕は、この感じに身に覚えがあるような気がした。山内さんを抱きしめたい、僕じゃない僕が強くそう思っている。


「関川さん……」


「はい……」


「こうしていると、魂が混じり合うような感覚がしませんか?」


「は? えっと、それはどういう意味で?」


「懐かしいような、離れがたいような、そんな気持ちです……。私は、関川さんのことが何年も前から好きでした」


「え? ええ!? でも、あの僕たちつい最近知り合って、ですよね、お弁当を頼み始めた半年前くらいからですよね?!」


「実は違うんです」


「実は、違うとは……?」


「関川さんの書いた小説、私持っていますと言ったら、私がこれからいうことを信じてくれますか?」


「え? 僕の書いた小説!?」


 確かに僕は小説家になりたくて家に引きこもり小説を書いている。もっと若い頃は自分で書いた小説を自分で製本して販売していたこともある。でも、それはもうずいぶん昔の話で、そんな小説を山内さんが持っている、なんてことはないはず。


——あれ……? 引きこもりの僕が何でそんな記憶を持ってるんだ!?


「信じてくれますか……?」


「あの? 山内さん、そんな顔をこっちに近づけると、あのですね……?」


「信じてくれますか?」


「あの、山内さん? とりあえず、普通の体勢にならないですか!? じゃないと、僕、あの、普通に話ができないので……」


「信じてくれますか?」


「や、山内さんっ! 山内さんっ! 顔が、顔が! もう、あのこのままいくと!」


「信じてくれないのですか?」


「や、山内さーん! もう、あの、これは、このまま……キス——」


「——したいです……」


「だ、だめ……、ダメです……まだそんな付き合ってもない男女が……」


「じゃあ、信じてくれますか?」


「ち、近いっ! 近すぎてもう、あ……」


「信じてくれますか? 」


「あの……や、山内さんの唇が……」





——ピピピピピー!ピピピピピー!ピピピピピー!




「あ、二十分、経っちゃいました……。ちょっと私、土鍋に火を入れてきますね」


「はい……」



——ちょま! もう、もうあと数ミリで山内さんと唇が、唇が!



「続きは蒸らしに入ったらにしますからね!」


「え? 続き!?」


「ふふふ。あと少しです! ちょっと待っててくださいねぇー!」


「や、山内さん?! 続き……って?」


「私と関川さんの物語を、私が話して聞かせます。それを信じてもらわなきゃ、この先には進めませんので!」


「この先って、あの、山内さん、それってどういう意味ですか……?!」



 そうして、土鍋ご飯の蒸らし時間に入った山内さんはさっきと同じ体制に僕を押し倒し、また僕に顔を近づけてきてからこう言った。



「関川さん、三年前に交通事故に遭われてから、私の記憶が飛んでいるんですよ」


「え……? うそ……?」


「うそじゃありません。ほら、私と一緒に写っているこの写真を見てください。そして、この関川さんが書いた小説の本も」


 

 やけに硬い物が当たると思っていた胸の辺りから山内さんが取り出した黒い本は確かに僕の作った本で、その本から取り出した写真には僕と山内さんの仲が良さそうな写真が写っていた。



「信じてくれますか?」


「えっと……、これが、僕、なんですよね……?」


「はい。これが関川さん、これが私です」


「本当に?」


「本当に。その証拠に、私達の合言葉を聞くと、関川さんはすぐに答えられたでしょ? 普通、ソラで浸水時間は答えられないですよ」


「確かに……」


「私、関川さんとしかお付き合いしたことがありません。だから……」


「だから?」


「だから、怖がらなくても、私がまた最初から教えてあげられます……」


「あの、最初から、というのは……?」


「ここから、です」



 ああ、山内さんの話が信じれるかどうかよりも、身体が勝手に動いて山内さんの唇に吸い寄せられていく……。それが当たり前だというかのように……。



「ファーストキスは、いつも私じゃないと許しませんので」



 初めて触れた山内さんの唇の感触は、初めてなのに、初めてじゃないような気がした。



「私の話、信じてくれますよね?」


「はい……」


「よし! では、ご飯を作りに戻りますね! この続きは、ご飯を食べた後で……」



 僕の専属家政婦山内さんは、実は僕の恋人だった人でした。



——まじで?! でも、僕、誰とも付き合ったことがない僕しか知らないんだけど!?















 誰か教えてください。

 キスの後はどうしたら?!

















 






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僕の専属家政婦山内さんは土鍋でご飯を炊くのです(G’s こえけん応募作) 和響 @kazuchiai

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