第6話 山内さんの謎

 それから山内さんは本当に毎日僕の家にやってくるようになった。朝早くに家に来てインターフォンを鳴らし僕を起こしては、朝ごはんを作る。そして、お昼になる少し前にお昼ご飯を作る。さらには夕ご飯の支度をして、僕と一緒に夕ご飯を食べてから自分の家に帰る。掃除に洗濯をこなしながら、僕のお世話をしている山内さんは、毎日楽しそうなのだけれど……。なぜか毎回僕にお米の浸水時間を言わせるのは、なぜなのだろうか。


「関川さん、今日のご飯はオムライスです! でも、やっぱりご飯は土鍋で炊きますので、今からお米を洗って、それから浸水時間は——」


「——二十分? てか、山内さん? 何で毎回僕に浸水時間を言わせるんですか?!」


「ふふふ、何ででしょうねぇ。関川さん、何か思い出しませんか?」


「や、そう言われても……? えっと、あの、山内さん? や、山内さん! 近い、顔が近いですって……」


「本当に何も、思い出しませんかぁ?」


「あの……。あの、山内さん、僕の洋服をつかまれるとですね、あの、僕は逃げ場がないというか……」


「ほら、何か、思い出しませんか……? 本当に何も、思い出さないんですか……?」


「顔がですね、山内さん、あのすごく近くって……ごめんなさい! 僕自分の部屋にこもってますので、あとはお好きにしてくださいっ!」


 大体毎日こんなやりとりを繰り返す。山内さんの言っている何か思い出しませんか? とは、一体何のことなんだろうか。


 そうは言っても、山内さんが僕の家に来てからというもの、僕の身体は前よりも健康になった気がするし、朝もちゃんと起きれば夜遅くまで起きていることもなくなった。心なしか、外出してみてもいいような気がしているし、何より毎日生きているって感じるようになってきた。


「山内さんのおかげ、なんだよなぁ……」


 ベランダに出ると、山内さんが住んでいると言っていた方向を眺めるのが日課になっている。山内さんの家は僕の家からそんなに遠い場所じゃないらしい。徒歩十五分、一人きりの夜になると、山内さんのことを思い出して、ついついベランダに出てしまう僕は、山内さんのことが好きなのだろうか。


「山内さんのことが好き……? や、でもそんな……」


 そう思うだけで顔が熱くなるのがわかる。山内さんは僕よりも五歳年下だと言っていたけれど、あの毎日僕に迫ってくる感じを見ると、きっともう誰かとお付き合いしたことくらいはあるのだろうと思ってしまう。


——それって、やっぱり、あれだよな。キス、とか、もっと先とか……、したことがあるってこと……だよな?


「あああ、だめだ! 想像してはいけないっ!」


 胸が苦しくなってくる。僕はまだ誰とも付き合ったことがない。三十一歳、独身、彼女いない歴は実年齢と同じ。そんな僕が山内さんのことを好きになったとして、果たしてどうやって告白をしてお付き合いをすればいいのだろうか。


「や、好きって決まったわけじゃっ……! それに彼氏がいるかもしれないしっ! 」


 そう思いながらも、毎日夜になるとベランダに出て山内さんの住んでいる方角を見てしまう僕は、やっぱりもう山内さんのことが好きなのかもしれない。


「はやく、明日にならないかな……」


 だんだんと寒くなってくる夜空を眺め、そんなには見えない星を探しながら、僕は一人呟いた。はやく、会いたい、そう思うこと、それはもう、恋なのかもしれない。


「くっ! 苦しいぞ、関川流生るい! 山内さんのことが好きって思ったら心臓が……」


 ぎゅっと自分の胸を掴んだら、縮こまった心臓から僕の脳味噌に刺激が走り、何か少し思い出せそうな気がした。



「浸水時間は——」

「二十分」



——あれ? うそ、僕、この言葉のやり取り、どっかでしてた気がする……?



 それがいつ、どのタイミングで話した記憶なのか思い出せれば、僕は山内さんの時折見せる悲しい顔や、前世という言葉、前はこうだったのに、という言葉の意味を理解できるのだろうか?


「くっ! 思い出せ、思い出せ、そんなことは僕の人生に果たして本当にあったのか?! いや、あるわけないだろ? 僕はずっと引きこもりで……あれ……、僕って、いつから引きこもりなんだったっけ?!」


 おかしい、僕がいつから家に引きこもっているのか、それが僕には思い出せない。僕は本当にずっと家に引きこもって生きてきたのだろうか。その答えをもしかして山内さんは知っている?!



「まさか……な。ははは……?」



 明日山内さんにそれとなく聞いてみようかな、なんて思う僕は、山内さんの攻め攻め攻撃に耐えれるだろうか。


「無理かも……」


 


 僕の専属家政婦山内さんは、どこか謎めいていて、かなり僕を攻めてきます。




to be continued……


 



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