第5話 初めての散髪はおしゃべり多めで!

「はい、それじゃあ関川さん、ちゃんとケープも巻いたし、髪の毛バッサリと切りますね!」


「えっと……。バッサリと、ですか?」


「そうですよ。だって、私よりも長いだなんて、きっとお手入れも大変でしょ?」


「あ、まあ、そうなんですけど。でも、あの、あれ……えっちょ、もう? もう切っちゃうの? そんなに?」


「はい。最初は思い切りが肝心だって友達の美容師さんが言ってました」


「でも山内さん、まさかそんないきなりバッサリ——」


「——大丈夫ですって。元どおりにしてみせますね」


「元どおり?」


「なんでもありません……。はい、後ろはこれくらいの長さでしたね。えっと、この辺は後でバリカンの長めのアタッチメントをつけて整えればバッチリなので、次は前髪切りますよ?」


「前髪……。って、え? ちょま……って。山内さん顔が、顔が近いんですけど……?」


「だって、前髪を切るんですよ? 顔が近づくなんて当たり前です。はい、関川さん、お口にチャック。しゃべるとお口の中に髪の毛が入っちゃいます。なんなら、目も閉じていてもらって大丈夫なのですけれど……ね。でも、それだと私、自分が自分で抑えられなくなりそうなので、目は閉じなくても大丈夫です」


「抑えきれ……? とは、なにを?……あふっ。……あ、あの、あのですね、山内さん?」


「はい……?」


「あの、あのですね、ものすごく山内さんの吐息が僕の耳にかかるよな気がする……んですけど……」


「だって、今、耳にかかる部分を丁寧に切っているのでしょうがないですよ。ほら……ふうっと」


「ひゃあっ」


「ふふふ。関川さん、そんな声出したらダメですよ」


「出したくて出しているんじゃありませんー!」


「しっ! お口にチャック、手はお膝です……」


「んんんーん?」


——チョキチョキチョキチョキ、ブオーンオンオンオン……


「はい、これくらいで、どうでしょう? 急いで簡単カットなので、ちょっとダメかもですけど……」


「え? これくらい……? ああ、鏡で見ればいいんですよね。うそ……。なんかすごくちゃんと切れています……」


「でしょう? 練習してきた甲斐がありました。てへ」


「いや、本当に驚きました。まさかこんなにちゃんと切れるなんて」


「私は関川さんの専属家政婦ですから。いつでも、なんなら毎月一回、こうして髪の毛をお切りしますね」


「え? 家政婦さんって、そんなことまでしてくれるんですか?」


「もちろんです! 推しの髪型をキープするのも、大事なことなので……」


「推し……? ん? ちょっと意味が……? え、てか、なんで、山内さん、泣いてるんですか?」


「泣いてません……。ちょっと、髪の毛が目に入っただけです……ぐすん、尊い」


「ん? 尊い……?」


「さてと、もうすぐ二十分経っちゃいますよね。関川さんはご飯ができるまでお風呂に入って髪の毛流してくださいね。私は土鍋に火を入れてからここの場所をさくっと片付けて、自分も着替えをしますから」


「え? 着替えるって?」


「ほら、自分の洋服にも髪の毛がついてるから、土鍋に火をつけるくらいはいいけれど、その後のお料理まではちょっとダメかなって」


「ああ、そういう意味ですか。なるほど」


「でももしも、後二十分間、関川さんが待っててくれたら……その……」


「えっと? あと、二十分ですか?」


「はい。土鍋でご飯を炊く時は、はじめチョロチョロ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋とるな、と言いまして、沸騰まで大体八分、そこから十二分弱火で炊くと、あとは、火を消して蒸らしに入るんです。だから目が離せないのは火をつけてから約二十分。そのあとは、少し時間が空いても大丈夫なのです」


「なるほど」


「だから……」


「えっと……。山内さん? あの、また顔が近いんですけど……?」


「だから……」


「あの、ええっと……。山内さんの顔が……僕の顔に近いと思うんですけど……?」


「だからですね……」


「はい……。うん、近い気がしますけど……。くっ! このカバーみたいなのを首に巻いてるから動けないっ!」


「後二十分、このまま私がこのカバーを取らなかったら?」


「えっと……、僕は動けない?」


「そうです。だから後二十分間、関川さんをこのままにしておいて……、土鍋から目が離せるようになった私も、一緒にお風呂に入る……なんてこともできますけれど……?」


「ええっ!?」


「お背中をお流しするのも、専属家政婦のお仕事だと思うんですけれど……」


「ややや、うそ……、そうなんですか? いや、それはダメでしょ、てか、それは流石にダメでしょ?!」


「むう」


「むうって、そんなほっぺを膨らませられても?! 山内さん?!」


「もういいです。はいはい、そうですよね。それは流石にまだはやいっと。前世では毎日一緒に入ってたんですけどねぇ。じゃあ、私、台所に戻りますね。はい、これここ、びりっとすればすぐに取れるので。もらいます。はーいケープ回収完了。では、お風呂に入ったら、きっとすぐ食べれると思いますんで。どうぞ、ごゆっくり〜」


「え? なぜにそんな少し不機嫌なんですか……? で、前世って一体なんのこと?! え? ちょっと山内さん、なんでそんなに怒って……、あの……?」


——バタン!!!


「なんで怒るの?! なんでなんで?! え? 家政婦さんと一緒にお風呂に入るのが普通なことだったの?! わかんない、全然意味がわかんないからっ!」






 僕の専属家政婦山内さんは、多分、いやかなり? 積極的な女性です。




to be continued……


 


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