第4話 土鍋でご飯を炊きましょう
「お返事が聞こえません。私、今日から関川さんの専属家政婦なので、関川さんのお返事をいただけないと、この場から動けないのですけど……」
「え……と……」
山内さんの顔が僕の方を向いて……こ、こんな大接近状態でそんな目で下から見つめられると、なんと言っていいのか……。あぁあ、なんかたまらなく抱きしめたくなってしまう! なんなんだ、この気持ち!? 僕の心が山内さんに吸い寄せられていくっ!
「関川さんの 髪の毛、触っちゃだめ……?」
くう! だから、そのなんというのか、その唇っ! なんでそんなに艶々として……。ああ、だめだ、もう、僕は……
「だ、大丈夫です……」
「やった」
え? 今小さくガッツポーズした?! そんな、そんなに嬉しいことなのか!? わ、わからない……。女の人の気持ちがわからない……。
「じゃあ、早速土鍋でご飯を炊く準備しますね!」
「あ、はい……って、もう行っちゃった……」
なんだろうか、この山内さんがまだいるような余韻。こう、ここにいて、それで、あぁあ、手をまわせばすぐにでも抱きしめられるような距離だった……。いやいや、抱きしめるとか、ないし。うん、そうだ、そんなことを考えてはいけない。だって、山内さんは僕の専属家政婦さんなんだから。
「関川さん、どうしたんですかぁ? ぼうっとしてますよー」
「あ、はーい、大丈夫です」
「はーいじゃないですよー。お手隙だったら一緒に台所立ちませんか? 結構楽しいんですよ。お料理って。これでも私、調理学校卒業してまして」
「へ、へぇ……。どおりでなんか手際がいいというか……うちの台所、すっかりキッチン用品が増えて、自分の家じゃないみたい」
「でしょ? 今日はスパイシーなカレーを仕込んできてしまったので、今からやることは土鍋でご飯を炊くことと、サラダとスープを作るだけですけど、ね……」
「そうなんですか」
台所で僕に背を向けて立っている山内さんの背中が可愛い。着てきた白いパーカーを脱いでるけど、普通の白いロンティーにベージュのエプロンが溶け込んで、緩く結んだ肩まで伸びた髪が少しほつれていて……。うん、シャンプーの甘い香りが……
「あ、関川さん、そんなそばで見られると緊張するので」
「え? あ、僕、いつの間に!?」
「ふふふ。可愛いですねぇ、関川さん。気づかないうちに私のそばに来てるだなんて。吸い寄せられちゃったんですか?」
「す、吸い寄せられた……の、でしょうか?」
「ふふふ。可愛いです。なんか照れてて」
「てっ! 照れてなんかないです……。僕は至って普通の男性なんですから」
「普通の男性って、そりゃそうですよ。女性には見えません……」
なんで僕の方に向き直るんだ? って、手が伸びてくる。山内さんの手、手が僕の腕に……?
何それー!? 何その腕の服だけ摘んでる感じー?! その、なんかちょっと俯き加減で恥ずかしそうにするのって、何? 可愛いよすぎだし、てか、自分でやってみて自分で照れるとか……。
「え……っと?」
「好きなんです……」
「ええっと?!」
「私、誰かと一緒にご飯作るの」
「そ、そうなんですね……」
なんなんだぁ! その台詞を変なところで区切るとか、なんなんだ!? いや、これが普通なのか?! 僕が誰とも付き合ったことないからわかってないだけで、こういう会話は普通なのか?! い、いかん、ちゃんとした大人の男性に見えるようにしなければ。それに、僕がまだ誰ともお付き合いしたことないだなんて、山内さんに知られたくない。
「じゃあ、一緒に作りましょう。関川さん……」
「はい……」
あっと、えっと、なんで、そこで僕の方に顔を向けて目をつぶるのかが僕にはわからないんですけど……?
「もう、いいです。そうそう、私は家政婦なのでした。うっかり忘れるところでした。はい、じゃあ、土鍋にお米を測って入れますね。はいそれからお米を洗います。はいはい、やっぱり高級マンションだから浄水器ついてましたね。せっかくミネラルウォーター持ってきたけど、要りませんでしたね」
「えっと……山内さん?」
「あああ、ミネラルウォーター重かったな」
「あ、えっと、山内さん?」
「さてと、お米を土鍋に入れたし、これ最初のお水が肝心なんですよね。そこだけいいお水使えばいいのです」
「うんと、山内さん、なんか、怒ってますか……?」
「べっつに、怒ってなんかいませんよ」
「なんか、口調も、少し早口で……」
「大丈夫ですよご主人様、私、ちっとも怒ってなんかいませんよ。ただ、鈍感だなって思って……」
「ど、鈍感!?」
え? ちょま、僕のどの辺が鈍感……?! や、やっぱり女の人と付き合ったことがないから、山内さんに対して何か失礼なことしちゃったのか!? でも聞けない。僕のどこが鈍感だったのですか、なんて絶対に聞けない……。
「お米って、最初入れる水が大事で、でもそれって結構すぐに捨てちゃうんですよね。それで、その後に手でかきまわして汚れを取った後の水が一番栄養が入っていそうに見えるんですよねぇ。ほら、関川さん見てください。こんなに真っ白になって。これって、お米の養分かもって思うと捨てがたいですよね。一番最初が一番濃くて美味しそうなのに……」
「そうです……ね?」
「捨てちゃいますね、もったいない気がするけど……」
「そうですね? 」
えっと、ちょっと待って今の何?! なんでそんな急に僕を見つめてそんなことを説明するの!? でも確かに一番最初の方が濃い……。
——ぼたぼたぼたっ
山内さん、そんなにゆっくり流し台に流す必要はあるのだろうか……?
「あああ、もったいない気がする……こんなにとろりと濃いのに……」
その、そのなんとも言えない表情は何!? そんなにお米に思い入れが!?
「と、いうわけで、お米の研ぎ汁は後で食器を洗うときに使うので、こちらのボウルに入れておきますね!」
あ、なんか元に戻った? そっか、ボウルに入れてるからやけにゆっくり流してたんだな。なるほど。って、さっきのあの不機嫌は気のせい?
「えっと、山内さん、さっき——」
「あとは、ささっとお米を洗って、いよいよ浸水ですね。浸水時間は——」
「に、二十分……?」
「正解です! さ、その時間で関川さんの髪の毛をきれいに整えてみせますね!」
なんでそんなに嬉しそうに笑うんですか!? それに、やっぱり意味がわからない。さっきなんか怒ってませんでしたか?!
「関川さん、いきますよぉ」
「え? 」
「こっちですよぉ」
台所から洗面所に移動って、ちょまっ! 洗面所って、隣はお風呂なんですけど!?
「関川さーん! はやくー! 浸水時間は——」
「二十分?!」
「はやくー、きてぇー」
これは恋人じゃない男女の関係において、普通のことなのだろうか!?
僕の専属家政婦山内さんは強引です。
to be continued……
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