あたしは、センパイが好きです

 夕陽はあなたの事を煽るように上目遣いを向ける。しかし、あなたは夕陽の言葉に呆れてベッドから降りる。眠っていた夕陽は欠伸をしつつ、未だに睡魔に襲われているのだろう。酷く眠そうな様子だ。

 目を擦りながら伸びをする夕陽は、あなたの肩に凭れ掛かるように体重を預ける。それにビクリとしつつも、夕陽はあなたよりも先に口を開いた。


 「どうしたんですか? センパイ。 もしかして、あたしにくっ付かれてドキッとしました? えへへ……あたしにドキドキしてくれるなんて、ちょっと嬉しいです」


 気恥ずかしそうな笑みを浮かべる夕陽は、あなたの腕に抱き着いて顔を見上げる。その瞳は微かに揺れており、何かを求めているような空気を感じた。しかし、あなたは内側から込み上げる理性それを抑えて夕陽を引き剥がす。


 「っ……そうですか。 センパイ、あたしの事、嫌いですか?」

 

 夕陽のその問いに対して、あなたは左右に首を振って「そんな事ない」と伝える。しかし、夕陽は寂しげな表情のまま目を伏せる。そして夕陽は立ち上がり、あなたの部屋を出ようとする。

 その様子を心配したあなたは、思わず夕陽の手を握って動きを制した。


 「センパイはあたしの事、好きって言ってくれないんですね。 どうして……どうしてまだ思い出してくれないんですか? センパイには、早く現実に戻って欲しいのにっ」


 あなたの手は振り解かれ、夕陽の言っている意味が分からなかった。あなたの部屋を出て行った夕陽を追おうとしたが、あなたは足を動かす事が出来なかった。 何故なら、夕陽の離れて行った背中とが重なったからだ。

 夕陽の様子が記憶の何かと重なり、フラッシュバックするように映像が脳内を巡る。その景色に見覚えがあったあなたは、急いで出て行った夕陽の後を追う事にした。 いや、追わずには居られなかったのだろう。

 何故なら、その記憶には信じたくない事実があったからだ。


 ――向坂夕陽は、既に亡くなっている。


 という記憶じじつが、あなたを衝動的に体を動かしたのである。


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 夕陽はあなたの部屋を、家を出て行って走り続けた。夕暮れに染まった空の下で、肩を上下させながら胸を抑える。まるで時間が止まったかのような、取り残されたと錯覚してしまう程の景色の中で足を止めた。

 どうしてそう思ったのか、夕陽は片手で顔を覆って表情を歪める。そしてすぐに空を見上げ、夕陽は泣きそうな表情を浮かべる。そんな夕陽の背中を見つけたあなたは、上がった息を整えながら夕陽に声を掛ける。


 「センパイ……あたしは、センパイが好きです」


 いや、声を掛けようとした瞬間、夕陽は振り返ってそう言った。しかし、浮かべられた笑みには、物悲しげな表情で微かに涙が頬を伝っている。その様子を見たあなたは、喉元まで出掛かった言葉を出す事が出来なかったのである。

 そんなあなたの様子に肩を竦めた夕陽は、「仕方ない人ですね、センパイは」と言いながら、あなたとの距離を詰めて爪先立ちとなって目を閉じた。


 「――その恋は、本物でしたか? センパイ」


 そう告げた夕陽は、頬を赤く染めながら涙を流して姿を消したのである。

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夕陽に消える恋 三城 谷 @mikiya6418

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