えっちですね、センパイ

 遅めの昼食を取って自室へ戻った時、流石に待たせてしまった事に申し訳なさを感じつつも、何か悪さをしていないかを疑いながら自室の扉を少し開けて室内を様子を窺ってみる。

 するとそこには、室内にあるベッドに寝転がる彼女の姿があった。呑気に寝息を立てているその姿は、こちらが男だというのにもかかわらず無防備な姿だ。健全な男子高校生には、無防備に寝ている彼女の姿を見た瞬間に思わずいけない想像をしてしまう。

 しかし、彼女との間柄は、日常は崩れたらこちらとしても困るものだ。だが、やはりこちらは男で彼女は女だ。異性を部屋に上げる事は無いし、過去にそんな経験がある訳でも無い。

 それが理由か分からないが、内から込み上げる劣情を抑えなくてはならないだろう。

 

 「んん……っ、えへへ……もう、おなかいっぱいですよ、センパイ……」


 なんてベタな寝言だろうか。彼女に食いしん坊のイメージは無いけれど、もしかしたら食いしん坊なのかもしれない。そういえば、彼女と触れ合ったり言葉を交わしたりするが、彼女自身の事を詳しく聞いた覚えは無い。

 最近になって彼女と話す機会があるなと思うだけで、それ以上の事は何にもない。いや、元々彼女について詳しくないからだろう。校内でも遭遇する事は無いし、昼間に彼女と会った事が一度も無い。

 図書室の時も、散歩している時も、そして今も……全て夕方だ。何処のクラスに居るのか、どの辺りに住んでいるのか、何が好きで、何が嫌いなのか。ありとあらゆる事を知らない。

 だが彼女はこちらの事を知っていて、今こうして家に来ているという事は住所も特定されていると言っても良いだろう。ストーカーなのかと疑うレベルだけれど、それい以上の事をされたという事実は全くない。


 「すぅ……すぅ……んん」


 そんな事を考えていると、彼女は寝苦しそうな声を漏らしながら寝返りを打つ。少しばかり艶のある声だったが、気にしたら負けだろう。いや、こちらとしてはいつまでも彼女の寝顔を眺めている訳にはいかない。

 どうして家に来たのかと聞きたいし、何の用だったのかと聞く必要もある。そろそろ起こそうとしよう。そう思って寝返りを打ったばかりの彼女を起こそうと近寄ったが、体を揺らそうとする事が躊躇してしまう状態だった。

 何故なら、彼女の服が微かに肌蹴はだけていたのだ。手を伸ばしかけて、触れて良いものなのかと軽い緊張感を覚える。しかし、いつまでもベッドに寝られているのも落ち着かない。

 

 「んん……ほえ? センパイ、何してるんですか?」


 そんな事を考えて硬直している間、彼女が目を擦りながら眠そうに瞬きをする。少し寝惚けているのか、ふにゃふにゃとしている様子だ。今のうちに伸ばした手を引っ込めようとしたが、それよりも先に彼女がニヤリと口角を上げて言った。


 「あれ? あれあれ? もしかしてセンパイ、あたしの事を襲おうとしました? うわー、寝てる女の子に手を出そうなんて……センパイって案外、肉食系なんですね」


 いつもの様子で、こちらを煽るような口振りで告げられる。そんなつもりは無いと弁解するが、聞く耳を持たないのは明白だ。彼女の言葉をスルーしようとしたが、こちらが手を引っ込める前に彼女がこちらの手を掴んで言ったのである。


 「冗談ですよセンパイ、怒らないで下さいってば……あ、それとも触ってみます? 自分で言うのもなんですけど、あたし、結構肉付きが良いし、スタイルにも自信があるつもりですよ? どうです? 少しだけ、触ってみちゃいます?」


 彼女は一体、何を言っているのだろうか。そんな疑問で思考が停止する程、彼女の言葉を理解する事が出来なかった。思考が停止している間、彼女は上目遣いな視線を向けたまま言葉を続けた。


 「良いですよ、センパイなら……あたし、襲われても」


 しかし、返答に困っている事に対して、すぐに彼女は笑みを浮かべる。


 「あはは、冗談です。忘れて下さい、センパイ……もしかしてセンパイ、期待しちゃいました? もー……――えっちですね、センパイ」

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