第六話

 ゆにが目を開けると、そこには見慣れない風景が広がっていた。さっきまで、日が沈みかける頃の駅前にいたはずである。しかし、ゆにが立っていたのは、真夜中のネオン街であった。視界のあちこちに眩く光を放つ、オレンジ、ブルー、ピンクのネオンサイン。


「こ、ここどこ⁉ もしかしてあたし、東京来ちゃった⁉」


「変身、できたみたいね」


 背後からの声に、ゆには振り返る。そこには、地べたに倒れ込んだ囲がいた。いまだぐったりしながらも、どうやら正気を保っているらしかった。


「ちょっと、突然倒れないでよ!」


「この状況に驚けよ」


「驚いてるよ! いろいろありすぎて……ん、変身?」


 ゆには、囲の言葉を繰り返し、自分の腕を見る。先程まで纏っていた筈の制服は、なぜかに変わっていた。


「な、何これ〰〰〰‼」 


 ゆには愕然として、全身を見渡す。赤と黒を基調にした、シックなコルセットドレス。各所にさりげなくあしらわれた黒の小さなレース。おまけに赤い裏地が眩しい黒マントを羽織り、すっかり別人になった気分であった。


「な、ななな‼」


「アンタがイメージした通り。こんな感じでしょ」


「ななななな」


「おい、ななな星人」


「ハッ!」


 ゆには、我に返り、手に持ったスコップを見つめる。あたかも日曜朝の特撮のおもちゃのような武器だが、これがゆにと囲をここに連れてきて、ゆににこんなコスチュームを着せたことに間違いなさそうであった。


 ゆには、興奮気味に囲に駆け寄って問いかける。


「さっきの何⁉ 領域展開みたいな! このスコップ、上達部さんが作ったの⁉ ここどこ⁉ プリキュア⁉ てかなんで倒れたの⁉ あ、シードって結局なんなの⁉」


「質問が多い」


 質問攻めのゆにに、倒れ込んだまま囲は呟く。囲はゆっくり起き上がると、近くの蛍光ボードの影に隠れて座る。


「詳しい説明はあと。ざっくり言えば、ここなら好きに暴れられるってこと。ほら」


 すると、




 ごおおおおおおおんッ!




 轟音と共に、煙が立ち上る。ぎぎぎ、じじじ、と金属の擦れる音に咄嗟にゆにが振り向くと、煙の先から先程の怪人が姿を表す。剣先を引きずり、あたかもゾンビのようにこちらへと歩み寄る。


「あれがシード。さしずめ、中二病こじらせた怪人みたいな奴」


「なにそれわけわからん……?」


「そのスコップで倒せば人間と分離できるから」


「上達部さんは?」


「ここから支援する。ヘッドホンして」


 ゆには、首元にかかっていた片耳のヘッドホンを装着する。カチューシャのようにつけると、


「いくよ」


 ヘッドホンと、右耳から重なって聞こえた囲の言葉に、ゆには疑問を気にするのをやめて、気を引き締める。


 怪人は、引きずってたいびつな剣を振り下ろし、コンクリートの地面に叩きつける。がぎん、となった金属音に一瞬怯みながらも、ゆには息を飲み込んでスコップの先を騎士シードに向ける。


「るるを苦しめて……絶対許さないから!」


 自分を奮い立たせるように叫ぶと、ゆには迷わず突進する。


「おらああああああああああああああ!」


 一心不乱にスコップを横に薙ぐと、錆と銀のボディに叩きつける。がきん、という金属音が鼓膜に突き刺さり、思わず目をつむる。ゆにはスコップを甲冑に当てたまま地面を蹴り、反動で体を浮かせる。コルセットドレスとマントの赤が、夜空に光る。


「体、めっちゃ軽いんだけど!」


 空中で美しく一回転すると、ゆにの下、一方のシードも負けじと剣を構える。


 シードは、ゆにの攻撃の衝撃で一瞬後退すると、その報復らしく剣を振るう。そして、地面を蹴って、滞空するゆにめがけて剣をぶわんと振りかざす。


「おわっ」


 その勢いで、ゆにはビルの壁に吹き飛ばされる。衝撃音と共にコンクリにめり込んだゆにはすぐさま壁を蹴る。


「こういうの、やっぱ痛いんじゃん!」


 不満を漏らしながらも、ゆにはスコップを構えながら甲冑めがけて急降下。その先のシードも吠えながら剣を構える。ゆにはスコップを勢いよく振り下ろす。




 ぎぎぎぎんッ!




 スコップの柄と剣が競り合って火花を散らし、両者は後退する。


「ぜんッぜん隙がないっ!」


「神立! バッジ回して!」


 ゆには、スコップの柄についた歯車型のバッジに手をかけ、がちゃり、と回す。


『READY?』


「そしたらハンドル引っ張る!」


 言われるがままにぐい、と引っ張ると、スコップの柄は発光する。その隙、怪人はゆにを待つことなく突進してきて――


「ちょっ、待ってくれるもんじゃないの⁉」


 すかさず光るスコップを薙ぐと、柄のバッジはひとりでにぎゅるるるると回転速度を上げる。


「よくわかんないけど……ぉらああああああッ!」


 その勢いのまま、ゆにはスコップを再び薙ぐ。すかさず、右、左、右と薙ぎ続けると、バッジの回転も勢いを増す。



「やばっ!」


「神立! とどめ!」


 ゆには、再びバッジを回し、ハンドルを三度引く。


『DAI DAI DAI UNISON!』


 唯一無二ユニゾン。その電子音が、ゆにを確信させる。


 今なら、輝ける。


 ゆには、瞬間コンクリートを蹴り上げる。かっ、と心地よい音を鳴らすパンプス。




「天、誅―――ッ!」




 眼下でよろめくシードに一際輝いたスコップを振り下ろした。






 


「はぁ……疲れた」


 ゆには、スコップと共にアスファルトに寝転んだ。


「何だったんだろ……」


 先程の戦闘にて、軽々と宙を舞い、見事シードを倒したゆにだったが、肉体的疲労とそれを大きく上回る精神的疲労が全身を襲っていた。重たいスコップを両手で掲げる。星一つ見えない真っ暗な夜空を背景に、おもちゃのようなメカメカしいスコップが鮮やかに映える。


 本当に、私がやったのかな。


 異世界のようなどこかに飛ばされて、なんだかよくわからない化け物を倒して。未だ現実味を持つことのできないゆには、頭の中の整理がつかないままスコップを胸元におろした。体にのしかかったその質量をなぜか心地よく感じ、ゆには呆れたかった。


 黒歴史を掘り起こしたくなかったのに、私はスコップであの敵を倒した。これを皮肉と呼ばずして何と呼ぼうか。


「倒したのね」


 頭上から降り注ぐ、冷たい声。ふと頭をその方向へ動かすと、視界に入る、ゆにを見下ろす囲。


「……倒したの?」


 囲は、手元のたまごっち……ではなく、スマホを弄る。ぴ、ぴ、ぴ、と鳴る温厚なレーダー音は、周囲に敵がいないことを示しているようだった。


「もう反応はない。お疲れ」


「さっき、倒れてたのは? 大丈夫なの?」


「無駄な心配はお互い嫌いでしょ」


 そういうと、囲はゆにからスコップを取り上げる。


「あっ」


「帰るよ」


 囲は慣れた手つきでスコップのギアを外す。すると、辺りが一瞬白い光に包まれる。ゆにが目を開いたときには、そこは見慣れた駅前。


「……なんか便利だね、すぐ帰ってこれるなんて」


「便利じゃない。あんたがいないとあっちいけないんだから」


「そうなの?」


「だからくちぱっちが死んだのよ」


「いつまで引きずってんだ」


 一通りツッコミし終えたところで、ゆにははっと事の顛末を思い出す。


「……てか上達部さん、さっき図ったでしょ」


「そうでもしないとアンタ吹っ切れなかったでしょ」


「そ、そだけど」


「それが一番手っ取り早かっただけ。被験体を利用するのに一番合理的だわ」


「被験体って……まさかと思うけどあたし? いや、そんなわけないよねこんな末期って呼ばれるような野郎が上達部さんのお眼鏡に適うわけないって」


「お眼鏡? ゴーグルの間違いだわ」


「ツッコミどころはそっちかよ質問に答えてくれないかな」


「あんた以外に誰がいるの」


「……まじか」



 ぴんぴろぴろぴぴぴ♫ ぴんぴろぴろぴぴぴ♫



 軽快に鳴った着信音。聞き慣れない音に、ゆにが囲の方を向くと、彼女はジャージのポケットからスマホを取り出して耳に当てる。


「……何? わかったでしょ、囲一人でもウェポンは作れる。……それならこいつにすればいい。囲が捕まえた被験体だ」


 囲は、どことなく感情的だった。


「……はあ⁉ 決定事項って……っちょっと待って、そんなの聞いてない‼」


 声を荒らげる囲。その緊張感は、ゆににも伝わってきていた。


「……わけわかんない」


 そう悔しげに呟くと、囲はスマホをゆにへ放る。慌ててキャッチしたゆには、画面に書かれた名前を口に出す。


「上達部順也……家族?」


「いいから出て」


 苛立ちを含んだ声に急かされて、ゆにはスマホを恐る恐る耳に当てる。


「……えっと、もしもし?」


「ああ、君だね。囲が言っている適合者は」


「適合者?」


「先程はありがとう。君のおかげで救われた生命があった……ところで、突然なんだが」


「は」


「神立ゆに、上達部囲。これから一年間、『VOLT』直属の戦闘員ベースとして契約を結んでもらいたい」


「……は?」


 ゆには、ぽかんと口を開ける。


「ああ、つまり、先のように戦ってほしいと、そういうわけなのだが」


 これから一年間、上達部さんこいつと契約して、戦う。


「だから囲一人でいいって言ったのに」


 囲の独り言すら、今のゆにの耳には届かなかった。


《続》

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中二ちゃんはメカ子から逃げられない(仮) 亜阿相界 @kigutyamaruno

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