第五話



 駅前は、人々のどよめきで溢れていた。


 駅から離れるように、人々が逃げ惑う。駅前のロータリーに止まったタクシーやバスは立ち往生し、一層混乱が際立っている。


 そんな中、人々の流れに逆行して、ゆにと囲は走っていた。囲は頭にゴーグルをつけたまま、左手にゆにの右手首を握り、駅へと向かう。囲の突然の行動に動揺を隠せないゆには、片手で掴んだスコップとバッジを落とさないように手を固定する。どよめきの中、囲に大声で叫ぶ。


「ちょっと、逃げようよ! なんかヤバそうじゃん!」


「アンタしかなんとかできないの」


 駅のロータリーにつくと、囲は突然足を止める。彼女が見据えるその先。




 それは、『怪人』と呼ぶにふさわしかった。




 一目見て、騎士のような銀色の甲冑を纏った人の形。しかし、サビが痣のように目立つ銀色の甲冑に、刺々しい剣。頭部には、歪んだ兜から覗く岩のような歯。


 体中から汗という汗が吹き出るのを感じた。震える手足。右手のスコップの柄をどれだけ握っても、震えは止まらなかった。


「あ、あ、あんなの、なんとかするって……無理無理っ」


「いいから早くそれで戦って」


「なんでアタシなの⁉ アンタがやればいい――」


「囲にできないから言ってるのッ」


 囲は、凛とした声で言った。


「囲だけじゃない、囲達にはできない。アンタにしかできないから言ってるの」


 駅から逃げ惑う人の中に、見覚えのある人影。ゆるいウェーブのかかった淡い色の髪と、同じ制服。


「るるっ!」


 その声に、るるはゆにの方を振り向く。


「ゆにっ、逃げないと――」


 るるは、瓦礫に躓き悲鳴を上げる。コンクリートに倒れ込むんだ彼女に、怪人はがしゃり、がしゃりと甲冑を鳴らして歩み寄る。


 恐怖に染まるるるの顔。怪人は、るるの首元を掴み、ぎぎぎと首を締めていく。苦しげな声を上げた後、るるの腕がだらりと垂れると、怪人は彼女を横に投げ捨てた。駅のアーチの柱にあたって、るるは動かなくなった。


 ゆには、囲の手を振り払ってるるに駆け寄る。


「るる、しっかりして、るる!」


 倒れ込んだるるの体を必死に揺らすが、彼女はびくともしなかった。


『でも、悪いやつがいないなら、ヒーローなんて必要ないよね』




 そう言い切ると、囲は糸が切れたようにがくりとその場に崩れ落ちた。


「か、上達部さんっ!」


「――早くッ! さっさと、そのバッジをスコップにはめて!」


 その気迫に押され、言われるがままにゆにはその歯車型のバッジを、スコップの柄の窪みとなっている部分に嵌め込む。


「そしたら、バッジを回して、スコップを地面に突き刺す! あとはわかる、から――」


 そう叫ぶと、囲はコンクリートにぐったりと倒れ込む。


「ちょっと――」




ゔうううううあああぎしあああああああああああああああッ!




 禍々しい騎士は、咆哮を上げて突進してくる。


「何よ、何も知らないで」


 自分の声も、両足も、震えている。まだ、怖い。でも、やるしかない。


 アタシにしか掴めない輝きがあるのなら。


 燃えてきちゃうじゃん、そんなの。


「アタシは、本気だッ‼ 中二病で何が悪い!」


 ゆにはそう叫ぶと、右手で掲げたスコップのバッジをがちゃりと回す。


『READY?』


 流れる音声。スコップの柄は光る。ゆには、勢いよくスコップをコンクリートの地面へと突き刺し――


『OK!』


「え、なに――」


 スコップから流れた機械音声と、溢れ出す電子の光。考える余地を与えず、ゆにの全身は光に包まれた。

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