エピローグ 女神様は離れられない
女神である私は今日も大量の業務に忙殺されている。
こんなときに、あの優秀な山田さんがいてくれれば。
ないものねだりをしたくなるけれど、彼が居なくなってからもう1か月だ。
流石にそろそろ現実を受け入れなくちゃね。
「すみません、こっちの面談の支援お願いしますッ!」
「データベースが見れないんですけど手順書ってありますか⁉」
あちらこちらから私への救援要請が飛び交う。
そのたびに、私はこの部署に残り続けた唯一の担当者として、方々へ駆り出される。
山田さんが転生した後、彼の予言した未来はすぐに現実となった。
AIによって人が送られた異世界では、転生者の定着率が急落。
転生者だけでなく、転生を受け入れた世界の住人の満足度も軒並み下落。
すると異世界側が求める転生者の条件はどんどん厳しくなり、転生先が見つからないので求人待ちをする人間が天界に溢れかえる。
そんなと悪循環を引き起こしていた。
結果として、AIシステムは稼働後わずか2週間で停止。
今はあふれかえった転生者をさばくため、女神たちが面接対応に追われている。
「すみません、すぐに責任者を呼んできますので……!」
面接を担当していた応援部隊の新人女神ちゃんがへこへこ頭を下げている。
いま一番深刻なのは、女神側の人不足だ。
AIシステム導入に伴う人員削減の一環で、元から少なかった転生部署の人員はバラバラの部署に左遷させられ、中にはやりがいを見失って異世界へ転生してしまった子もいた。
おかげで、元いた担当者を引き戻すことになったけれど、集まったのは私ひとりだけ。
そんなことじゃ人が足りるわけが無いので、まったく関係ない部署の新人が応援部隊として無理矢理こちらに駆り出されているみたい。
挙げ句の果てには、転生支援の担当者を集めるために天界への転生の求人募集を出しているとか、いないとか。
本当に皮肉にもほどがあると笑いたくなっちゃう。
「すみません、あちらのお爺さんなんですけど……」
「うん、私が行くから大丈夫です!」
「ありがとうございます……!」
「その間、あなたはこの業務マニュアルの176ページをデータベースへの登録しておいてくれますか?」
「はい!」
こんな人も業務フローもボロボロな状態でなんとか持ちこたえられているのは、百科事典のように分厚い業務マニュアルが残っていたおかげだ。
基本的な業務フローからトラブル時の対応方法、さらには面接をスムーズに進める豆知識まで収録された至れり尽くせりの一冊。
これが現場に残っていたのは不幸中の幸い ――いや違う。
これは決して幸運なんかじゃない。
彼だけは唯一、こうなることを分かっていたんだ。
*
ようやく昼休みを告げる鐘が鳴った。
地獄のような仕事の世界から束の間だけ逃れることができる時間だ。
だというのに、今日という日はそんな貴重な時間までも仕事に奪われるらしい。
午前の仕事を終えた天界のスタッフたちが談笑しながら歩いている。
「昼休みに、業務ミーティングとかマジありえないよね?」
「ほんとにねー。なんか今後の仕事に関わる重大発表らしいじゃん。何の話か知ってる人いる?」
「噂によると、ここに新しく配属されるリーダーの紹介らしいよ?」
AI導入というとんでも改革プロジェクトで崩壊したこの部署に新たなリーダーが着任した。
そんな噂はすでにほとんどのスタッフの中に浸透している。
正直なところ、私はその新リーダーとかいう人物にこれっぽっちも期待していない。
こんなボロボロの部署をたった一人で立て直せる訳がないし、きっと本人だって転属ガチャでハズレ部署を引いてしまったと悔やんでいるに違いない。
ミーティングが予定されているホールに向かうと、すでに大半の女神スタッフたちが集まっていた。
ざわざわ、ガヤガヤ、ドヤドヤ。
大事な発表があるというのに、誰もが口を開いている。
こんなのまるで統率の取れていない獣の群れだ。
逆に今からこの場で喋らされるリーダーさんに同情してしまいそうになる。
――キィィィン。
天界では滅多に聞くことがない、耳をつんざくような金属めいた音が部屋中に反響する。
身体を内側からゾッと逆撫でるような音を聞かされて、女神たちの口から言葉が無くなった。
たしか人間界のマイクという機器が発するハウリングというやつだ。
不快に満ちた視線が会場の前方に向けられている。
そこに、ひとりの神が立っていた。
おそらく彼が着任した新リーダーなんだろう。
不思議とどこか懐かしい面影。
彼は、大きく息を吸い込み、第一声を轟かせた。
「私はこの部署を、そして異世界転生そのもののあり方を変えるためにここに来ました」
まだ若い年齢に見た目に反して、自身に満ちた声。
私よりも年上のようには見えるけど、永遠に近い長寿を有する神の世界ではまだまだひよっこだ。
「これから皆さんには色々と大変なお願いをすることになります。けれど、私は皆さんの意思に反した無理強いはしたくありません」
お高くとまったリーダーかと思いきや、現場のことを思いやってくれるタイプのリーダーなのかもしれない。
たぶん、他のスタッフたちもそう思い始めたのか、彼を見つめる視線が徐々に柔らかくなっていく。
「だから、まずは皆さんのことを私に教えてください」
私は幻覚が映る目を擦る。
なぜか、ここにいるはずのない思い出の中の彼がそこに立っているように見えてしまうから。
彼はAIシステムの最後の被験者として、異世界に転生させられ第二の人生を歩んでいるはず。
けれど、新リーダーの面影も口調も、やっぱりそうだとしか思えない。
彼がそっくりさんなのではなく本人なのだとしたら、可能性はひとつ。
彼はAIシステムを逆手に取って、転生先が天界になるような仕込みをしたということだ。
彼は優しく語りかけるように全スタッフに向けて言った。
「皆さんに夢や目標はありますか?」
溢れてくる涙を拭った瞳で確かに彼の姿を捉える。
ああ、やっぱりそうだ。
この異世界転生の狭間で、
チートもスキルも持ってない最強のリーダーが誕生したんだ。
彼になら
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ロザリオ
異世界転生の狭間で〜チートスキルも貰ってないのに女神様にこき使われます〜 ロザリオ @Hidden06
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