最終話 女神様は逆らえない
俺がリストラを宣告されてから2週間が経った。
今月末には、転生斡旋部門で密かに進められていた業務改革プロジェクトがついに実を結び、転生希望の事前アンケートから転生先の決定までのプロセスがAIにより一気通貫で行われることになる。
これにともなって、これまで女神たちが1対1で行ってきた転生面談は一律廃止。
大規模な人員削減が行われるわけだ。
AIへの全面移行 ――すなわち、俺の契約終了日―― が2週間後に迫った今日までの2週間。
俺も女神様も、通常の転生面談に加えていろいろな雑務を抱えることになり、てんやわんやの大忙しだった。
「女神様、過去の面談資料ってどうすればいいですか?」
「そこら辺にまとめて山積みにしておいてください。一応、書庫に保管しておくみたいなので」
言われた通り、ファイリングされた資料を机の上に固めて置いておく。
この資料は今まで女神様が面談する中で手書きで残してきた備忘録。
言うなれば、実務者だけが知っている現場の実情であり、組織が何よりも大切にすべき知識の宝箱だ。
そんな貴重な資料だというのに、「一応、保管しておく」という扱われ方が気になって、つい愚痴を漏らしてしまう。
「この資料って、プロジェクトの担当者とか絶対に確認してないですよね?」
「ですねー。そもそも今回の業務改革は、現場の改善というよりお偉さん方の理想を実現するコンセプトで進んでたみたいですし」
「道理で俺たち現場へのヒアリングがまったくなかったわけだ」
話を聞けば聞くほど、前世の職場で大炎上していた業務改革プロジェクトのことが思い出される。
現場の実情を無視したトップダウンの改革プロジェクト。
前世の職場では、「世界標準の業務フローに統一する」なんてお題目の元、今まで使っていたシステムが急に廃止になると宣告され。
「現場でやってきた作業はこれからどうなるんですか」と問い合わせても、詳細はまだ決まっていないの一点張り。
往々にして、業務改革は社長や会社レベルで見れば効率的なのだろうが、現場にとっては余計な負担が増えるだけの業務改悪だ。
予定していた整理作業をこなして午前中の仕事を終える。
午後からは、テスト稼働を迎えるAI転生支援システムの運用サポートだ。
俺と女神様は、食堂でさっと腹ごしらえを済ませ、テストが行われる会場に向かうことにした。
*
「山田さん。……私たちなんでここに呼ばれたんですかね」
AIテストの会場の隅で、特に何か作業することもなく棒たちさせられてはや3時間。
俺のすぐ隣に立つ女神様が小声で愚痴を漏らした。
「何かトラブルが起きたときのサポート役、って言ってたじゃないですか」
「私もそう聞いてましたよ? でも暇、ちょう暇です‼ やることが無い!」
チラと横を一瞥すると、女神様がいじけたような態度で手先を
「たぶん、現場へのデモンストレーションなんじゃないですか? AIシステムってすごいだろー。みたいな」
「はぁ。まあスゴイのは分かりますけど。だってめちゃくちゃ早いスピードで転生支援進んでますし」
「ええ、女神様がやってたときの10倍くらい早いですね」
「あの時は仕方がなかったんですよ! ひとりひとり細かい話を聞いて丁寧にやってたんですから!」
「わかってますよ。まぁ非効率な部分めちゃくちゃありましたけど」
俺が
そもそも自分の番が回ってくるまでに丸一日の待ち時間。
面談が始まっても、ちんぷんかんぷんな案件を提案されて、却下&案件の選び直しを何度も繰り返す。
今にして思えば、本当に非効率で時間がかかる、だけどだからこそ第二の人生にたっぷり向き合える時間だった。
「それにしてもAI面談ってめちゃくちゃ早いですよね。どういう仕組みで転生先を決めてるんですかねえ」
会場に集められた人間たちは、まずタブレット端末でアンケートに回答する。ここまでは俺が体験した転生面談と大まか同じ流れだ。
けれども、以前と大きく異なるのはこの後のプロセス。
『A16番の方、儀式場へお進みください』
会場から半分機械的なアナウンスが流れる。
すると、あらかじめ「A16」と通知されていた転生者が無言で立ち上がり会場から出ていく。
儀式場とは転生の魔法陣が常設された異世界への移動を行うためだけの部屋。
そこに入るということは、すなわち既に転生先が決定しているということだ。
「アンケートの回答結果と、神様データベースにある前世の行い、それと今ある転生先の案件をマッチングさせてAIが転生先を決めてるって話らしいですね」
「そのAIがどうやって判断しているかは?」
「知らないです。ていうか実際のところプロジェクトの人たちも分かりきってないみたいですし」
「よくそんなAIを使おうと思ったな………」
別にAI自体を否定する気は無いが、人の人生を左右する意思決定を仕組みも基準も分からないAIに任せっきりにするのはいかがなものなのか。
そう懐疑に思っている間にも、AIによる転生先マッチングは滞りなく進んでいく。
*
*
*
AIによる転生支援が本格稼働するまで、あと1週間。
俺は、女神様にお願いしてこれまでにAIによって斡旋された転生者の一覧資料を入手していた。
そして、そこから問題点を発見した俺は、意見書をまとめ上げて女神様に提出することにした。
「『AIサービス導入延期に関する意見書』、ですか……」
俺から書類を受け取った女神様が苦笑いを浮かべる。
そりゃあ自分が頼んでもいないのに、部下がトラブルの火種を持ってきたのだからこんな反応にもなるだろう。
「山田さんがわざわざ用意したってことは、それなりの理由があるんですよね?」
それでも女神様は俺を買ってくれているらしく、資料を無下にはせずにパラパラとめくって目を通してくれる。
ポンコツだけどやっぱりいい人だ。
内心で感謝しながら、問いに答えるべく口を開く。
「このままAIが本格稼働すると、異世界は軒並み破綻します」
「え……」
敢えて強烈な口調で断定すると、女神は呆気にとられたように言葉を失った。
やや極端な言い方だとは自覚しているが、こうでもしないと、これから起こり得る事態の深刻さは伝わらないだろう。
女神様は無言のままだが、俺はそれを話しを続けていいサインだと受け取ってふたたび口を開く。
「資料の3枚目をみてください。これまでAIが支援した転生の一覧なんですが、文字通り機械的なマッチングばかりなんです」
「機械的、というのは……?」
「おそらく、このAIは求人案件ありきでマッチングを決めてます」
言葉だけでは伝わらないだろうと思い、女神様に渡した資料のグラフを指し示す。
「この一週間でAIがマッチングさせた異世界転生を多い順に並べてみると」
「賢者、ビーストテイマー、医者、悪役令嬢……。確かに、さいきん流行りの異世界転生先ばかりですね」
「しかもそこに転生したのは、みんな前世で似ている仕事を経験していた人たちばかりです」
俺は転生者が回答しているアンケート内容も手に入れて、AIがどのような要素をもとに転生先を決定しているのか、そのロジックを大まかに突き止めた。
簡単にいうと、AIは求人案件のキーワードにヒットする素質を持っている人を探し、マッチする人間がいれば優先的にそこへ異世界転生させている。
もはやそこに、
――これは、人生のやり直しではなく、焼き直しだ。
女神様はうなずくものの、まだ疑問の表情を浮かべている。
「でも、それのどこが良くないんですか? 元からスキルや専門知識を持ってる人の方が異世界で活躍しやすいと思いますけど」
「確かにそれはそうですね。でも――」
女神様の言っていることは正しい。
前世で身に着けたスキルを活用すれば、転生者は知識が未成熟の異世界で無双できるだろう。
けれど、人の人生を成功に導くのは能力や知識がすべてなのだろうか?
それは否。
そうではないと、俺は前世の人生と、そしてこの天界での数ヶ月を経て確信した。
願わくばこの信念が伝わりますように。
そう願いを込めて口を開く。
「人の人生を輝かせる原動力は、その人が持つ夢と目標だと思うんです」
人が人生で活き活きと生きるためには、意志がなくてはならない。
生まれ持った能力も与えられた知識も所詮は武器であり人生を良くするための道具に過ぎない。
人を動かす本当の原動力は夢と希望だ。
「このままAIが人の意思を無視して異世界転生させ続けると、おそらく間もないうちに異世界でトラブルが頻発します」
「例えば……」
「不本意な世界に転生させられた勇者は家に引きこもり、身の丈に合わない能力を得た賢者は世界に反旗を翻すかもしれません。それが極端だとしても、意志なき転生者たちはきっとまた同じような人生を繰り返すことになるでしょう」
「そんなことになったら、転生受入先との関係はズタボロですよ……!」
くしゃりと、女神様の手が意見書の紙を握りしめる。
たった数カ月だったけれど、この天界での転職支援は前世なんて比較にならないほど生きがいを感じさせてくれた。
そんな職場へ、そしてこの機会をくれた女神様への恩返しの想いを込めて。
俺はまっすぐに女神様の瞳を捉えて口を開く。
「だからお願いします。俺の代わりにこの意見書を上層部に届けてください」
*
*
*
数日後。
AI転生支援システムが本稼働する前日。
女神様はうっすらと瞳を涙で濡らしながら俺にタブレット端末を手渡した。
「山田さん、今までお世話になりました」
「それはこっちの台詞です」
天界での制服を脱ぎ、今は元来た世界の服に袖を通している。
――俺は、これからAIによる転生斡旋の最後の被験者となるのだ。
女神様はすっか肩を落とし、悔しさを噛みしめるように顔をゆがませる。
「私が無力でした。せっかく山田さんが意見書をくれたのに」
「仕方がないですよ、所詮は末端の平社員の意見ですから。組織って言うのはそういうもんです」
女神様は、俺の意見書をちゃんと上層部に提出してくれた。
聞くところによると何度も頭を下げ、AI稼働を延期してもらえるよう嘆願してくれたらしい。
けれども、俺たちの意見は聞き入れられなかった。
そして明日、AIは予定通りに本稼働を迎える。
同時に契約終了を迎える俺は、皮肉にも俺が反対したAIシステムによって異世界転生という形で追放されるわけだ。
「このタブレットでアンケートに答えたら、俺の転生先はあっさり決まっちゃうんですよね」
「はい……」
「俺の第二の人生が、こんなうっすい1枚の板で決まっちゃうってなんか笑えますね」
「そう……ですね」
冗談めかして自虐したつもりだったが、女神様の表情は真っ暗だ。
最後のお別れだというのに完全にお通夜モード。
このまま女神様を置いてけぼりにして転生するわけにもいかず、俺はちょっとだけ話題を変える。
「女神様はこれからどうするんですか?」
「えっと……、天界の別の職場に異動とは聞いてるんですが。まだどこになるのかはきかされてなくて」
「まあ女神様ならどこでも大丈夫ですよ。真面目だし、あと可愛いし」
「えっ、かわっ、山田さんッ⁉」
暗闇にいた女神様の顔がぶわっと赤くなる。
そういえばストレートに言ったのは初めてだったか?
それにしても反応がウブでめちゃくちゃ可愛い。こっちまで照れてくる。
「そんな女神様にプレゼント用意しておいたんで、あとで仕事場の引き出しの中みておいてください」
「えぇ、プレゼント⁉」
「はい。俺が居なくなった後、何かあったら役立ててください」
俺ができることは全部やった。
あとは成功を祈って、転生するだけだ。
今ここでプレゼントのことを詮索されたくないので、俺は続けさまに口を開く。
「あ、そういえば女神様。最後にひとつ、ずっと気になってたことがあったんですけど、聞いていいですか?」
「え、あ、はい! もちろん、なんでもッ!」
上ずった声で応える女神様。
思わず頭を撫でたくなるような感情を我慢して、何気ない調子で質問を口にする。
「この天界の人たちって、みんな生まれながらに神様なんですか?」
「えっと? それが最後の質問ですか……?」
「はい、純粋な興味ですけど。ダメでしたか」
いやいやそんなことないです! と女神様はワタワタ手を振る。
それからしばし逡巡したあと、おもむろに口を開いた。
「私も含めほとんどの人は生まれながらの神様ですね。でも、前世で優秀だった人間が能力を見込まれて神様になったって話もあるにはあるって聞いたことはあります」
「なるほど、ありがとうございます、スッキリしました」
「こんなことでよかったんですか?
「ええ、人間界じゃ絶対に聞けない話を聞けて俺は満足です」
俺はタブレット端末の画面を点灯させる。
”K946”という番号が表示された。これが俺の転生者番号なんだろう。
既に内容を知っているアンケートに、あらかじめ用意しておいた答えをスラスラ入力していく。
最後に入力内容にミスが無いことを確認して、「提出」ボタンをタップした。
まもなく、機械アナウンスで「K946」が呼び出される。
いつもAIテスト稼働の被験者たちのマッチングが決定されていたときよりも、やや時間がかかった印象だが、それでも旧来の転生面談に比べれば恐ろしく早い。
案内された儀式場に向かわねばならない。
女神様とはここでお別れだ。
「それじゃあ女神様、お元気で」
振り返って手を差し出す。
その手をシルクのように滑らかで温かい両手が優しく包み込んでくれる。
「山田さんこそ、素晴らしい異世界ライフになることを祈ってます」
享年27歳、俺は天界での異世界支援というモラトリアムを過ごしたのち、今日からまた異世界での第二の人生を歩み始める。
=======
お読みいただきありがとうございます!
こちら最終話とありますか、次話のエピローグをもって
物語は完結となります。
最後までお付き合いいただけますと幸いです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます