第6話 女神様はお上に逆らえない

 天界、某飲食店にて。


「今日は好きなだけ食べたり飲んだりしてください!」

「は、はぁ……」


 ――この日、俺は女神様から接待を受けていた。


 テーブルの上には、渋く深みのある赤が特徴的なワイン(らしきお酒)。

 さらには両手を広げるほどのステーキ、色鮮やかな葉野菜のサラダ、肉や魚・チーズを乗せたクラッカーがずらりと並んでいる。

 どう見てもふたり分には多すぎる量。大盤振る舞いというやつだ。


 お店は大衆的でありながら、全体体にシックなデザインの調度品が落ち着いた雰囲気を感じさせる。

 人間界でいうと居酒屋……というよりバルと例えるとしっくりくる。

 

 お客さんは当たり前だが天界の民たちだけ。

 年齢層は見た目20代~30代で、女神様しかいない。

 しかもみんなめっちゃ美人。

 すげえなんだここ天国か?


 天界に来てからこんなお店に入ったのは初めてだ。

 物珍しさに店内を見渡していると、クスっと笑う音がした。


「そんなに珍しいですか? 人間界にもあったと思いますけど」

「お店はそうですけど、といより女神様もこうやって贅沢するんだなーって思って」

「しますよ? じゃないとやってらんないですよこんな仕事」

「そう平然と言われるとなんか複雑な気分だ……」


 ともあれまずは乾杯、とグラスを掲げてお酒を口に含む。

 渋み、それを包むような滑らかな甘みとハーブのような香りが口に広がる。

 正直ワインはあまり得意じゃないのだが、なるほどこれは飲みやすい。


 天界で転生斡旋のお手伝いをすることになってそろそろ3ヵ月。

 まもなくが明けるので、今日はそのお祝いでご飯に誘われた。

 というのがお題目だが。


 俺は知っている。

 上司がいきなり親し気な態度でご飯に誘ってきたとき。

 しかもそれが 1 on 1 のとき。

 こういう時は高確率で話を持ち掛けられるのだ。


 気づかないふりをしてご馳走を食べ続けるのもいいが、遅かれ早かれその話が持ち出されるはず。

 であれば、下手に勘ぐって頭をモヤモヤさせるより、さっさと要件を聞いて割り切ってしまってから食事に集中するほうがいいだろう。


 俺はグラスをテーブルに置き、料理には手を付けずに口を開いた。


「で、今日は何のお話ですか?」

「えっっ、話ですかっ!?」


 女神様の肩がビクッと震えて、手にしていたカラトリーがカチャンと音を立てる。

 めちゃくちゃ動揺してますやん……。

 なんだか余計に心配になってきたぞ。


「なにか俺に伝えることがあるから食事誘ってくれたんですよね?」

「あーいやぁ、そのー」

「ですよね?」

「……はい」


 女神様は目線を俺から逸らし、ぽつりと返事した。

 なんだか思っていたよりも気まずそうな顔してるんだけど?

 おいおいおい、もしかしてかなりヤバイ話なのか⁉


 女神様は静かにナイフとフォークをハの字に置き、ナプキンで口を拭う。

 それからグラスに手を伸ばしかけて、少し迷ったあげく水をあおってからようやく話し始めた。


「実は……来月いっぱいで山田さんとの契約が終了することになりました」

「契約終了⁉」

「はい。こちらからお願いした手前言い出しづらかったんですけど、そういうことになってしまいまして……。すみません」


 女神様が素直に頭をさげる。

 どうやら冗談ではないらしい。これはマジだ。


「理由を聞いてもいいですか?」

「もちろんです。実は今度うちの転生斡旋部門が大幅な人員削減されることになったんです。なので、実は私も……」

「女神様も女神やめるんですか⁉」

「いや、女神はやめないですけど別の職場に」

「ああそりゃそうか。すみません取り乱しました」


 前世の知識のせいで 女神様 = 異世界に転生させてくれる人(?) のイメージが定着してしまっていたが、よく考えればこの天界にはそれ以外にもたくさんの仕事がある。

 このお店だって天界の民が経営しているわけだしな。


「でも、ちょっと前までは人不足だって言ってましたよね。それが急にどうして?」

「業務改革プロジェクトの一環だそうです」

「久しぶりにそのワード聞いたわ……、あたま痛ぇ」


 俺の前世の職場でも、やれ業務効率化だ、ワークフローの刷新だ、デジタルトランスフォーメーションだといろんなプロジェクトが走っていた。

 そのたびに業務の現場では、使うシステムを変えられたり、作業ルールをいつの間にか変えられていたりと散々な目に遭っていた。


「ちなみにその業務改革ってどんな内容なんですか? 転生面談の人員を削減するってかなり大きい改革だと思いますけど」

「まだ概要レベルでしか知らないんですが……」


 女神様は周囲を伺うように視線をやり、顔を寄せるようにと手でジェスチャーする。

 あまり部外者に聞かれてはいけない内容なんだろう。

 女神様にしたがって顔を近くに寄せて耳をそばだてた。


「どうやらAIを導入して、転生先の決定をぜんぶ機械にやらせることになるらしいです」

「全部って……、ヒアリングとか面談もぜんぶですか?」

「はい、全部です」


 超常的な神の世界にAIってどういうことやねん……。

 とツッコミたい気持ちもあるが、それ以上に急に「全自動化」することに抵抗を覚える。

 今まで女神様たちがやっていた転生面談はすべて廃止。

 代わりにAIが転生者の素質などを判断して自動で転生先を決めるということなのだろう。


 たしかに、現状の転生面談は時間がかかりすぎている側面はある。

 実際、俺のときだって、面談を受けるまでに丸一日も順番待ちの列に並ばされたのだ。あれはマジでよくない。

 その点、AIによる自動化はスピードアップにつながるし、同時に面談する女神様の人員不足問題も解消できるだろう。


 けれど、本当にそれでいいんだろうか?

 人は生まれてくる場所も親も選べない。

 それはよく聞く表現で、実際のところ人の人生はそんな理不尽でいっぱいだ。

 けれどだからこそ、人は自分の意志で人生をやり直せる「転生」に惹かれるのではないのか?


 こんな反発を覚えるのは、俺が転生する側の立場でもあるからかもしれない。

 第二の人生まで、機械的に決められてしまうなんて理不尽だ。


「山田さん?」


 ふと声がして顔を上げる。

 そこには物憂げな女神様の顔があった。


「やっぱり、いろいろと思うところはありますよね……」

「まぁ、はい。俺が言えた立場じゃないと思いますが、本当にそれでいいのかなぁって」

「私もそう思ってますよ」


 まるで店内からここだけがぽっかり切り取られてしまったように、しんみりとした空気がテーブルの上を満たす。

 女神様はふぅと息をついてからフォークとナイフを手にとって、少し強張った微笑みを浮かべた。


「ごはん、冷めちゃう前に食べましょ?」

「そうですね」

「それにもともと山田さんは良い転生先が見つかるまでのお手伝いって話でしたから、あと一か月で良いところ見つけてサクッと転生しちゃえばいいんですよ!」

「……ですねっ!」


 明るい声音で励ましてくれる女神様に悲しい顔はさせたくない。


 天界にいられるのはあと一か月。

 俺は悔いを残さないために、全力でできることをしようと決意した。

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