第5話 女神様はリスクを負えない

 引き篭もりニートの転生者を見送った後も、女神様による転生面談の見学は延々と続いた。


 いや、正確に言うと面接の数自体は両手の指に収まる数なのだが。

 この女神さま、いかんせん面接者1人にかける時間が長すぎる!


 おかげで堅い椅子に座りっぱなしの腰はもうバッキバキ。

 この女神様はよくもまーこんな安っぽい椅子に座っていられるもんですわ。


 そうして、いま俺たちが応対している転生希望者。

 これがまた癖の1つや2つでは済まない噛みごたえ抜群の面接者だった。


「余はマオウである」


 見た目は10代後半か20代前半のまだ幼さが垣間見える青年。

 大仰な台詞を吐いた彼は、用意されたパイプ椅子にどっかり――ではなく、きっちり姿勢を正して座っている。

 開口一番から言動が一致していない。めちゃくちゃリアクションに困る!

 

 しかし流石はプロというべきか、女神様は涼しい顔を崩さずに応対する。


「はい、マオウさんですね。お名前はたしかに」


 え、それ実名なんですか。ニックネームかあざなではなくて?

 耳を疑って手元のプロフィールに目を向ける。

 あ……、たしかに眞奥まおう貞治さだはるって書いてある。マジか。


 しかしそんな俺の動揺など誰も気にするはずがない。

 女神様はお決まりの質問を淡々と進めていく。


「それでは眞奧さん、前世のご経験について簡単にお聞かせいただいてよいですか?」


 こちらが投げかける質問については、事前にアンケートフォームや履歴書で回答を貰っている。


 けれど、女神様曰く、

『字面だけでは組み取れない細かな内容があるから改めて質問をするんですよ』

 ということらしい。


 ちなみに眞奧さんが提出した履歴書はかなり物騒な内容だった。

 その内容をそのまま読み上げるように眞奧さんは回答する。


「うむ。余は組織にくみする者たちの生殺与奪を握っておった。時間成約の範囲内ではあるがな」

「なるほど、バイトの時間帯責任者ですね」


 威風堂々と厳かに語る眞奧さんの経歴を、女神様があっさり一言で換言した。

 もちろん眞奧さんの前職が「バイトの時間帯責任者」だとはどこにも書かれていない。完全に女神様の経験と勘による翻訳である。

 いくらなんでもそれは……、


「人間界ではそうとも言う」


 あってるんかいッ! だとしたらそうとしか言わねぇよ⁉

 しかし言われてみれば、


 ・組織に与する者たち = バイトのシフトメンバー

 ・生殺与奪を握る = メンバーの仕事を楽にするも大変にするも自由自在に決められる。

 ・時間制約の範囲内で = 店長が不在の間だけ


 チクショウ、こいつ嘘はついてねえ……。

 でも生殺与奪はちょっと大袈裟だろ。初見でこれを読み解くなんて普通はできないからね?


 自分の力不足を認めたくなくて内心でエクスキューズしていると、面接は次の質問に進んでいた。


「眞奧さんの特技や何か強みのある能力はありますか?」


 これもお決まりの質問だ。女神様曰く、

『本人の希望だけじゃなくて、強みや特技を活かせる転生先を見つけることが大事なんですよ』

 とのこと。まあこの辺は転生も転職もいっしょだな。


 すると、眞奧さんはまたも厳かな面持ちで大仰なことを口にした。

 (ただし相変わらず姿勢はめちゃくちゃ綺麗)


「余の特技は人身掌握だ。余がひとこと発せば、民は金銭の数百数千など何の疑いもなく差し出してくる。老若男女だれでもだ」

「なるほどレジ接客が得意、っと」


 女神様はまたもノーリアクションで換言する。

 こいつ、一体どうやって翻訳してるんだ……。

 たしかにそう捉えられないことは無いが、それはさすがに――、


「ふむ、そのような表現も可能だな」


 これもあってるんかーい。

 するとなにか? さっきの話は、要するにレジ係としてお客さんから代金を受け取っていたってだけの話か。

 物は言いようというか、単にこいつ中二病なのでは?

 

 ここに至って俺は重要なポイントを見落としていることに気が付いた。

 そう、この眞奧さんの前世の職場を確認していなかったのだ。

 えーっとどれどれ?


 ======================

 【氏名】 眞奧 貞治

  ……

  ……

  ……

 【前世の職場】ボス・バーガー

 ======================


 ――ハンバーガーチェーンのバイトじゃねえかッ!

 ひとり内心でツッコミを炸裂させる。まさか当の本人を前にして口にするわけがあるまい。

 なるほど、この自称・魔王さまは飲食バイトのフリーターだったのか。


 まあ発言はともあれ、姿勢正しく面接を受けている様子から察するに、真面目に働いていたんだろう。なんと言っても時間帯責任者まで上り詰めてるしな。


 さてさて、女神様はそんな眞奧さんにどんな転生先を紹介するんでしょう?

 根は真面目のようなので転生先でも大きなヘマはしなさそうだが、自称魔王の中二病だけは治しておかないと後々トラブルを引き起こしそうな気はするぞ……。

 

 お手並み拝見とばかりに女神様の次のひと言を待つ。

 すると女神様はカジュアルな雰囲気で「少し雑談ですけど」と切り出した。


「ちなみに眞奧さん、以前に統治されていたのはどちらの世界ですか?」

「シュー・ゲットーだ」

「あー、あちらのご出身でしたか!」

「ほほう? 汝、知っているか」

「もちろんです! 以前に転生させた勇者とか天使とかを受け入れてもらったので……!」

「おぉ、あやつを送り込んできたのはそなただったか」

「そうですそうです、その節は大変お世話になりました」


 ……なんか急にふたりで盛り上がりはじめたぞ。

 このふたり、もしかして以前からの知り合いなのか?

 あと、女神様が俄かにペコペコしはじめたのはなんでだ。


 あまりの急展開すぎて思考が追い付かない。

 このままついていけなくなるのはマズいと判断して、俺は失礼とは自覚しながら口を挟んだ。


「あのー、ふたりはどういったご関係で?」

「あ、この眞奧さんですね、どうやら私がずっと前に転生者を送った異世界で魔王をやっていらっしゃった方なんですよ」

「さよう」


 女神様が説明すると眞奧さんがうんうんとうなずいている。

 え、マジでこの人、魔王だったわけ? マジで?


「あの頃はまだまだ駆け出しで……眞奧さんにはいろいろお世話になったんですよ」

「というと?」

「魔王討伐の勇者や大天使を送り込んでいたんですけど、ことごとく失敗しちゃいまして。……その、闇落ちしたり堕天したり」


 タハハと女神様が笑ってカミングアウトする。

 うん、それぜんぜん笑えない。

 ぜんぜん笑えないのだが、女神様の開き直りとも聞こえる黒歴史はまだまだ終わらない。


「それで闇落ちした勇者の方の処遇に困っていたんですけど、なんとこの眞奧さんが魔王軍のメンバーとして雇ってくれたんです!」

「こちらこそ、彼らは生涯よく働いてくれたので当時は助かったものだ。あらためて礼を言おう」

「いえいえそんな~」


 珍しく褒められている女神様が照れ照れと笑みを浮かべている。

 呑気に笑ってるけど大丈夫なのか……。

 だって、さっきの話を要約すると、「世界を救うための勇者を転生させて、最終的にその勇者が魔王の手下になっちゃった!(テヘペロ)」というわけである。

 世界を救う側であるはずの女神様が世界を破滅に追い込んでるんだがッ⁉


 しかしこれ以上深掘るのは危なそうだ。追及はここまでにしよう。

 世の中には知らないほうが良かった闇なんていくらでもあるからな……。


 女神様もあまり雑談に華を咲かせていてはよくないと思ったのか、コホンと咳払いして本題に路線を戻した。


「それで、眞奧さんの転生先なのですが、やはりどこかの魔王軍がご希望ですよね?」

「そうだな。ブランクがあるとはいえ、魔王としてのキャリアは長い方だ。転生して早々に魔王の座に就きたいとは言わないが、少なくとも魔王軍幹部の席くらいは用意していただきたい」

「そうですよねぇ……」


 タブレットをすらすらとスワイプしながら女神様が苦笑を浮かべる。

 眞奧さんの経歴ならばそこそこ厳しい受入条件でもクリアできそうな気はするが、魔王のポジションとなると、そもそも転生先の案件自体が少ないからな。


 ちなみに、魔族や魔王に転生させること自体はOKらしい。

 なんでも、魔族=必ずしも世界滅亡に追い込む悪というわけではなく、異世界によっては魔族と人間が敵対していない世界もあるとのこと。

 そういう異世界に限り、転生者本人によこしまな思想が無ければ魔族への転生も行っているとのことだ。

 これに関してはアニメや漫画の影響を受けていた自分の固定概念を見直す良い勉強になった。


「それなりに規模の大きな魔王軍で、その魔王か幹部のポジション、っていう条件で検索してはいるんですけど……」

「なかなか見つからないものだな」

「そうですね、すみません。もう少し探します」


 どうやら女神様は、できるだけ規模の大きな組織に絞って転生先の条件を探しているらしい。

 たしかに受け入れ先の組織基盤がしっかりしていることは重要な要素のひとつだろう。

 それは転職活動でも同じこと。仕事が求職者の生計を立てる基盤になるからこそ、万が一にも食い扶持ぶちが無くなるリスクは減らしたい。それは当然のリスクヘッジだろう。


 ――けれども、俺は知っている。

 時に、過度なリスクヘッジは目をくらませることがあるのだ。


 俺は女神様とは少し違った条件で検索ヒットさせた転生案件を選択。

 タブレットの画面を眞奧さんに提示する。


「たとえばですけど、こちらの新進気鋭の魔王軍はどうですか? 今、魔王の顧問を募集しているみたいです」

「ほう……」


 俺が提案した転生先は、まだ結成したばかりの小さな魔王軍。

 前世の人間社会で例えれば、ベンチャー企業といった感じだ。

 

 しかし俺の提案にまず難色を示したのは、女神様のほうだった。


「山田さん、それはちょっと……」

「条件的にダメ、ですかね」

「それは大丈夫です。ただ、そこはまだ実績もほとんどない組織ですし、やっぱりリスクが高いと思います。もちろん最終的に決めるのは眞奧さんですけど……」


 女神様はそこで言葉を濁して眞奧さんに目を向ける。

 こちらはあくまで転生を斡旋する仕事。

 案件の良し悪しを決めるのは、希望者本人がすることだと女神様も分かっているのだろう。


 しかし、これは少し出しゃばりすぎただろうか……。

 そんな不安な気持ちで答えを待っていると、眞奧さんはとつぜん高らかに笑い出した。


「面白いッ! 新進気鋭の魔王軍でその顧問とな!」

「え、眞奧さん、それでいいんでしょうか?」


 予想外の反応だったのか不安そうな声で問いかける彼女を、眞奧さんは元気なひと声で一蹴する。


「よいッ! 実にやりがいのありそうなポジションではないかッ‼」


 ガッハッハと豪快に笑う眞奧さん。

 見た目は10代の男の子なのにすごい迫力だ。これが魔王のオーラか……。


「面白い提案だった。少年、名は何という?」

「山田です」

「山田かッ! 気に入った! お主が転生先に困ったときは余の魔王軍で歓迎しよう!」


 眞奧さんがガッと腕を伸ばし、俺の手をガシッと握る。

 男と男の熱い友情がここに爆誕したのである。

 ……正直、この人のところでは働きたくねぇ。



 ――だけど、こうやってやりがいを追い続けられる人はカッコいい。

 大事なのはどこで働くかより、どうやって働くか。

 

 それを思い出させてくれた眞奧さんは、苦手じゃないけど嫌いじゃない。

 そう思えたからこそ、俺は今の仕事がちょっと好きになれた気がした。

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