被虐少女

和泉

第1話

「綾香ー今日ママは?」

「んーって」

「そうかー」


 俺はそんな話をしながら食器を洗う。お店のカウンターのようになっている流し台からは綾香がいるダイニングがよく見えた。小さな手を動かして何か書いている。今日の宿題でもやってるのだろう。ドリルの色からして漢字練習か。小4の綾香にとって苦痛に思えてもおかしくないとは思うが、綾香はが好きなのか家にいる時は幸せそうだ。見りゃ可愛いんだけどなあ。そんなことを考えながら手元に視線を戻す。洗い終わった食器を落とさないように布巾で拭く。この作業が一番めんどくさい。


「よし、終わりっと。綾香ー宿題やってるのかー?」


 手を拭きながら綾香の方へ歩いていく。


「うん! 漢字書いてるの」


 やっぱり漢字を練習していたようだ。そのまま綾香の反対側に座り漢字練習帳を覗き込むと「群」を練習しているところだった。あ、。同じ動きを繰り返すシャーペンを見て気づいた。そーいや、もう小学生でもシャーペンを持つのが普通になってきたな。そのまま俺は視線を外しをぼーっと見ていると、ふと昨日の飲み会のことを思い出した。







 ぐいっとビールを飲み干すと林先生ははっはっはっと笑いながら言う。


「いやー最近の小学生のパワーは凄いですな。夏だというのに全然疲れない。むしろ元気いっぱいですよ。私らなんかは夏は汗かくのに精一杯だっていうのに」


 林先生は少し小太りの同僚で汗っかきなのかいつもハンカチで汗を拭いている。年も同じくらいで同じ担任団ということもあり、たまに飲みに行く仲だ。


「たしかに、そうですね。小学生の無尽蔵の元気はどっから来るんですかね」

「ひとえに睡眠でしょうなー。大人になると寝る時間は削れていくのに体力は減っていくじゃないですか。こりゃ困りもんですよ」


 そういうと林先生はまたグッとジョッキを傾けた。


「まあ我々もいろいろありますからね」


 そう言って俺もビールを流し込んだ。


「そうですなー。最近の教員の仕事は、ええ、そんなところまで? ってとこまで気をつけないといけないですからなあ」

「まあ、今は世間がそういう風向きなんでしょうね」

「まあしょーがないですよ。親御さんからしたら実際何か起きたらたまったもんじゃないですからね」

「それはそうですね。ただ家庭にも問題がある場合もあるじゃないですか。世間は学校にだけ厳しすぎやしないかとは思いますけどね正直」

「仲原先生はずいぶん強気で。私も虐待とかはもっと糾弾されるべきとは思いますがね」

「まあそれだけじゃなく長く家にいなかったりとか、いろいろ原因はあると思いますよ」

「ああ、そーゆーのも子供の人格形成には少なからず影響を持つでしょうなあ。最近は体感ですけどそんな親御さんが増えてる気がしますしね」


 そこで俺たちは一息ついてつまみをつまむ。ただすぐに話に戻った。先に口を開いたのは林先生だ。


「ただ実際問題、学校での問題も増えてますしね? そこに気をつけないと行くのは我々教員としての最低限の義務だと思うんですよ」

「それは当然ですよ。学校側の問題も最近は増えてる気がしますしね」

「それで言うとやっぱり一番多いのはいじめでしょうなあ。やっと表面化してきたって感じでしょうが、表面化してないものも沢山あると思うとどうにもねぇ」

「教員の保身ですかね」

「そうそう、教員も教員失格! みたいな奴が多くて困りますよ。しまいには女子小学生にいかがわしいことをするために教員になったとか、ほらこの間もニュースあったでしょ? あーゆーのは許しちゃいけないんですよ! 結局世間が甘いからこーゆーことになる!」


 ヒートアップした勢いで林先生はグイッとビールを飲み干した。


「我々はそうならないように気を付けたいものですね」

「もちろんですよ仲原先生!」


 そうして俺たちは顔を赤くしながら飲み会を続けた。





「……っと」


 あぶね、ちょっと寝かけてた。なんであんなこと思い出したんだろう。


「綾香、今なにしてるんだ?」

「んー? えっとねー、計算ドリル。でもね、もうすぐ終わるよ! そしたらまたあれやってくれる?」

「ああ、いいよ」

「やったー! それだけを楽しみにしてきたんだから!」


 俺はこれからのことを考えて口角が上がるのを抑えきれない。


「ははは、大袈裟だな綾香は。じゃあドリルが終わったら一緒にしようか、。わかってるとは思うけど、ママには内緒だからな?」




「うん! 先生!」




 ……ああ、そうか。なんで昨日の会話を思い出したか今更になって気づいた。この子は昨日言われてた事んだ。

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被虐少女 和泉 @awtp-jdwjkg

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