橘姫異聞
ごもじもじ/呉文子
橘姫異聞
私は、かつて橘の姫に近くお仕えをしておりました。男の私が、しかも卑しい
私は都の生まれではありませぬ。
しかれども、いやはや、人の
ある時、私は庭に植わっているお花の上に、虫を見つけました。里では、しじみ、と呼ばれている可憐な
後ろから、捕れたのか、と、声をかけられたのです。声音はまだあどけない童女のようで、上からの物言いに
その時の私の驚きたるや。
私はしばし平伏することも忘れ、姫の前に佇んでおりました。姫が
「虫取の名手とは、さて目が三つも四つもあろうか、と思うておったが」
おからかいになったことよりも、かような高貴な御方が、私を存じておられたことで、顔が急にかっと熱くなりました。気の利いたお返事など到底申し上げられず、ただ
姫は、その細い指で
ひとしきりご覧になった、と思われた頃。姫はたいそう愛おしそうに―――
私は私で、せっかく捕った
私はそれから、いっそう念を入れて、虫取に励みました。集められた虫たちはすぐさま、姫があの
今にして思えば、姫は、
姫が坂東の国司様の元へと
私は姫の覚えめでたく、
姫にお目にかかるのは、
その場で平伏しておりましたところ、しばらくして
少々身を起こし、こたびは誠に、と口上を申し上げかけて、私は言葉を失いました。姫が
さよう、その真っ赤な火箸を、姫は私の頬にお当てになったのでございます。
姫ははじけるようにお笑いになりました。明るい
私は我知らず涙をこぼしておりました。あまりの
さてもさても、この頬の
姫が東にお下りになられ、しばし経った頃、都で噂が流れました。姫が鬼になられたと。曰く、
ただ、姫のお姿が鬼と変わり果てられたとは、私にはどうにも思えぬのです。姫は今も、変わらぬあのお姿のまま、
ああ、私のこの頭でありますか。形ばかりの出家ではございますが、姫の
私と―――橘の姫の道行きを、どうぞお祈り下され。そしてお伝え下され。私は幸せにございました、と。
橘姫異聞 ごもじもじ/呉文子 @meganeura
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