第4話 何も
7月28日。7月もそろそろ終わる。
今日も同じ時間にコンビニへ向かった。
いつもアイスを買ってコンビニを出るとちょうど彼女がコンビニの前にいる。
でも今日は違った。彼女はコンビニに行く途中のベンチに座り、手で顔を覆っていた。
どうしたんだろう。少し話しかけずらい。
僕の足音に気が付き、彼女は顔を上げた。
泣いている?泣いていた。
「なん……で……」
か細い声しか出なかった。こんなにも僕はヘタレだったのか。悔しい。
彼女は静かに鼻を啜ると僕の方を見て笑顔を作った。顔を見るのは気まずくて、雲ひとつない青空を見ながら聞いた。
「何があったの?」
「生きてる理由が分からなくなっちゃった」
「え?」
驚いて顔を見てしまう。彼女は泣きながらも笑顔だった。
「なんにも無くなっちゃった」
何も言えなかった。役立たずな僕。
「お母さんが…死んじゃった……」
そう言うと彼女はまた堪えきれずに泣き出した。
「お父さんは…?」
「居ないよ、出て行った」
啜りあげながらそう吐き出す彼女。
「そっか……」
かけてあげる言葉を必死に探した。出てこない。何も見つからない。彼女の震える背中に手を置き、さすった。何をしているんだ僕は。
「僕も…両親はいないよ」
はっとしたように彼女はこちらを向いた。
「ごめんなさい」
「別に謝らなくても…」
「いえ、思い出させてしまった…」
「大丈夫だよ」
「ありがとう、ごめんなさい」
もっと気を利かせる事が出来ないのか僕は。自分に呆れながら静かに彼女の背中をさすり続けた。
「なんで私が生きているんだろう」
目を伏せる彼女は静かに言った。
「お母さんじゃなくて私が死ねば良かったのに。私が死んだ方が良かったのに。」
「そんな事ない、そんな事ないよ。」
精一杯の言葉だった。名前を呼んであげることも出来ない僕にはひたすらにこうやって否定することしか出来ない。
「私も死のうかな、死んだら会えるのかな、みんなにもお母さんにも。」
輝いていた真っ黒な瞳から光が消えているような気がした。
「死ぬなら僕も死ぬよ」
自然にそんな言葉が喉をついて出た。彼女は下を向いたまま固まった。
「え?」
「僕にも何も無い。君と同じ。」
「私と…」
「君と」
「だめ、だめだよ」
「どうして?」
「巻き込めない、そんな、私なんかのせいで」
「君のせいじゃない」
「いいの、やめて、未来がある」
「それは君もだろ」
彼女は黙ってしまった。静かに俯いて息をしていた。僕は彼女の丸まった背中をゆっくりとさすっていた。後ろの木で鳴いている蝉の声が甲高くてうるさかった。
彼女は大きく深呼吸をして、顔を上げた。
「ありがとう」
そう言って微笑んだ。笑わなくていいんだ。何で笑えるんだ。
「アイス、買いに行こうか」
僕は静かにベンチを立って彼女に手を差し出した。彼女は僕の手を取って笑顔で頷いた。
冷房が効きすぎたコンビニ。汗が染みて張り付いたTシャツ。少し寒かった。
いつものパッキンアイスのソーダ味。今日は僕の奢り。コンビニの外に出ていつもの木陰のベンチに座る。
「ありがとう」
彼女はまたそう言って微笑んだ。
「うん」
俯いてアイスを割りつつ答えた。
互いに何も言うことなく、並んでアイスを頬張った。
夏空とわたあめ。 ねこずきのいぬ @utakata_nyan
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