第18話 譲れない未来

 物語はポテトに始まってポテトに終わる、いつものファーストフード店、窓際席、放課後。

 

 言ってみただけ。別段意味は無い。


 積み重ねが重要とはいえど、この世界には意味の宿らない情報もある。

 残らなくていい情報は溢れているが、俺達が望もうと望むまいと残る物は勝手に残る。


 この場所で二人の高校生が人類の未来の存続についての議論をしていた、なんてことは国連でも想像出来まい。


 されても困るが。


 今気づいたが、俺の内面って結構うざいな。これ、未来に必要か?


 まあとりあえず。


 夏は過ぎた。


 未来はともかく日常は勝ち取った。


 多分。


 俺の前でSサイズに縮んだコーラをちびちび飲むユウも、何とか立ち直っていた。


 暗いむくれっ面で、自分や他人の命を犠牲にして未来を立て直す無意味さをようやく分かってくれたようだ。


「せっかくいい所までいったのに……幹のバカ」


 分かってなかった。


「お前な……どれだけ危ない状況だったか、分かってるか? 俺がお前の話を信じたから、止められたようなもので」


「あはは。冗談だよ」


 目を剥いて叫ぶ俺に、ユウがはにかむ。


 だがすぐに暗い顔に戻って、またちびちびコーラを飲む。


「やり方が間違っているのは分かってた。でも、たくさんの死人を未来で見てるから。あれを止められるなら何でもしたかったけど、やっぱり無理なんだろうね……」   


 拳を握りしめ、ユウは今にも泣き出しそうだ。


「お前は、身を持ってそれを知ってたんだろう? 未来の世界でよ」

「うん……」


 まだ思い悩んでいるのだろうか。


 ユウは顔を赤らめて俯いている。


「あ、あのね幹……私とカマルの記憶の中では、ぼんやりとだけど、私……み、幹とね」


「俺と?」


 顔をのぞき込むが、ユウは俺の目を見てこない。


「え、えーとその……私ね、幹ともっと、ずっと一緒にいるみたい。そういう記憶が、あるの」


「ふうん……じゃあ、しばらくはお前は死なないってことじゃないか? ってことはちゃんと、希望持って死ねるんだよ、お前は!」


 安心した。


 少なくとも、事故や事件で突然死んでしまう訳では無いのだろう。


「うん。しばらくは……というか、ずっと……きっと……」


 蚊の鳴くような声でユウは呟く。


 聞き取れない。


「なんだって? はっきり言えよ」


「な、何でもないよ! ど、どうせ……この記憶が確かなら、未来は変えようが無いみたいだし……」 


 また悲劇的な未来でも見えているのだろうか。


「変わらないなら、見えない部分に地道にフラグを立てるように、慎重に生きていくしか無いだろ」 


 それもきっと、意味のあることなんだろう。


「……そうだね。あの薬に関することも、未来に残せる対処法が見つかるかもしれないし」


 頷くユウの表情には、もう悲壮さは残っていなかった。


 俺は自分の推論を、ユウに話すべきか悩んでいた。


 何しろ証明のしようがない。


 もし『生まれ変わりを操る』という俺のアホらしい力が真実のものだとすれば。


 俺はいずれ、ユウの死を看取ることになるのだ。


 それはそれで幸せなことと言えるのかもしれないが、俺はユウと一緒には旅立てない。


 ユウは言っていた。


 スズメは自分の傷は癒せない。


 能力者は、自分の命だけは操れない。


 ――つまり俺は、ユウの世界には、生まれ変わらない。


 俺がユウと一緒に生きられるのは、この時代の、このステージ上のみだ。


 あちら側で、ユウはカマルという少年として、新しい恋に落ちる。


 他人、しかも女に奪われると分かっているのに、俺はずっとこいつを守っていくという訳だ。


 まあいい。


 『まあいい』ばかりだけど。まあいい。


 今は、この未来しか見えていない妄想家を振り向かせることに専念しよう。


 希望を持って死んでいく人間と、これから何度も会える人生も悪くはない。


 俺が、そいつらの希望を未来に受け継いでやれる。


 過去に縛られるのはたくさんだが、過去の力で未来に抗うのも、面白い。


 面白い――妄想だ。


 こんな妄想は、仕舞っておくに限る。


 来世でも仕舞っておこう。


 一人で懊悩しながら不気味に苦笑していた俺を、怪訝そうに見ていたユウが。


「そうそう。ところで、あの子の名前だけどさ……」


 楽しそうに身を乗り出してきた。

 顔が近い。


 こそばゆいバニラの香りが漂ってくる。


「ああ、あいつな。あいつの名前なら考えてあるぞ」


 俺とユウの窮地を救った、あの名も無い野鳥。


 あいつも、俺達に取ってはすでに切り離せない、希望を持って生まれてきた家族なのであった。


「スズメがいいと思う!」


「シルバにしないか?」


 同時だった。

 しばらく睨み合いになった。


 その後、何日にも渡って俺達が揉め続けたのは言うまでも無い。

 

 譲れない未来は、誰にだってある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未来の英雄を自称するメンヘラ女子と、ペットを失った僕 ホサカアユム @kasaho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ