第8話 SerenelyNoon
カランッカランッ…
月の白む午後1時。
飛行機雲に空の
男は静かにぽつりぽつりと言葉を紡いでいた。
私に関わる範囲から漏れることなく、例え話を独白のように繰り返している。
話題の流れに沿って手元のスプーンを
「金魚鉢ってさ…丸い形してるだろ。中にいる金魚には無限に水が広がってるように見えるんだ…って昔聞いたことがある。実際は狭くて小さいのに、光の乱反射のせいで永遠に水中が続いてるように見えるんだってさ…。」
男は相も変わらず煙を
対する私は窓越しの空へ視線をさ迷わせていたが、はっとして手元のクリームソーダへ視線を移した。
溶ける前に食べてしまわなければ。
気づけばグラスにはびっしりと水滴が張り付いている。
「硝子が球体だと…光が色んな角度から射し込んで、錯覚を起こすらしいんだ…。中に水が入るから、水がレンズの役割をして光が撹乱する…さっきの海に似てるだろ…。」
男が細く煙を吐き出す。
伏し目がちに黒目だけを
「ふぅん…それで、結局あれは何だったと思うの。…この
ふと、口先だけの質問を投げ掛けていた。答えのない
視線を落とした先に煌めく
私は煙を追い払う手を止め、指先でその紅い闇を控え目になぞる。まるで指先の動きに呼応するかのように光沢を増していく。
恐ろしくないわけではなかった…それでいて魅惑的なこの深みのある紅は私を惹き付ける。
「さあ…ただの石ころではない、としか言いようがないな…。俺には…さっぱりだよ。」
男はテーブル上の
『まぁ…あんなことがあったらそうもなるよなぁ…。』
視線を手元の
私は溜め息混じりに残りのソーダを飲み干し、パールホワイトの携帯電話に手を掛けた。小さくアンテナの付いたそれは、折り畳み式で、着信と同時に中央のライトがアクアブルーに光る
携帯電話を開き、メールや着信履歴に目を通す。今のところ厄介な用件は無さそうだ。その一方で、男を
カランッ…とストラップが鳴る。
「クリームソーダご馳走さま。」
男は軽めに頭を
「ん…そう焦るな。仕事は2~3日休み取ったから、俺も行くよ。車…ないと困るだろ。」
答えながら、残り
私の背中で深い溜め息が聞こえた。
カランッカランッ…
誰も居ない古びた喫茶店…
会計を終えると揃って店を後にした。
夏の日射しが容赦なく二人へ降り注ぐ。
静かな昼下がりは檸檬色の光に溺れている…
瞬間、強い風が吹き抜けた。
うねりを帯びた風圧に抵抗できず、
見上げれば突き抜けるような蒼空。
流れに乗って散り散りに舞う雲の魚。
遠くから潮騒が聴こえる…
カランッカランッ…
クリームソーダの氷が溶けた。
時は止まり、
辺り一面の
私は海に包まれている。
昼下がりのプール 靑煕 @ShuQShuQ-LENDO
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