第25話 浮いては、花

「チッ…降ってきやがった。」

天使は片手で額を押さえながら空を仰ぐと、怪訝そうな顔で雨粒を払い除けた。鬱陶しさから勢い風をまとう。ヴェールのような風圧が彼を取り巻き、雨粒をしのぐため全身を包む風のローブが出来上がる。

人魚は練習がてらにこしらえた水風船の中、此方こちらを気に留めることもなかった。微かに震える彼女。先程から無言のまま、気配すらし殺し、じっと何かを考え込んでいるようだ。


『流石に…こたえたか。』

ひそむ彼女の様子を、水越しにとらえようとするが、ぼんやりと蠢く水影がほんの僅かに揺れるだけ。まともに顔も見ることも敵わず…このままでは居たたまれない。

会話らしい会話で紅玉ルビーへのヒントを得なければ、元の姿には戻れまい。“モナド”に辿り着くことは不可能だろう。


ひたすらに降りしきる雨。

月光に照り出されていた海は暗闇に変わり果て、雨飛沫あましぶきの轟音と共に辺りは煙り二人の姿も霞む程となった。

先刻降り始めた雨が徐々に空気を冷していく。

…空中に二つの影がたたずむ。

「…思い出した。」

しばし続いた沈黙の後、人魚はひっそりと呟く。

「!?…何を…いや、ゆっくりでいい。続けてくれ。」

唐突な言葉に先を急ごうとするものの、焦りは禁物。少しずつ、確実に、紅玉ルビーの居所に迫らなくては。僅なズレでも生じればその時は…彼女だけでなく俺まで危うくなるだろう。

いや、この世界諸とも…それ程に時空空間移動は厄介な代物しろものである。



再び、人魚はぽつりぽつりと思い付くまま話し始めた。


「…あの時紅玉ルビーの光に包まれて、気が付いたら鱗と尾ひれが生えてた。…つまり、私の身体が…この鱗が紅玉ルビーそのもの…?」


『ー正解ー』

低い声が静かに響く。

途端、鮮烈なあかが暗闇を四方に貫いた。たちまち紅玉ルビー色に染まった水風船が弾け、同時に眩い光が二人を包む。


「…ぅわっ…なにっ…」

「…っ…まさか!?」


咄嗟に身構えるが、閃光の強さに耐えきれず深く眼を閉じる他ない。

何せ人魚かのじょの鱗こそが紅玉ルビーそのもの…二人の能力を持ち併せても防ぐことは敵わず、堪え忍ぶのが精一杯である。

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