第34話 妹が家に来る

「じゃあ、今から駅まで迎えに行くから」

「うん。なの、お兄ちゃんが来るまでちゃんと待ってる!」

「はいはい。道に迷ったらすぐ連絡して。あと、何回も言ってるけど、知らない人に着いていったらダメだからな」

「分かってるって。もう小学四年生だよ!」

「まぁ、そうだけど。じゃ、またあとで」

「うん」


 電話を切ると、俺はバッグを持って立ち上がった。

 久々に聞いた妹――菜乃なのの声は、弾んでいる。母親によると、夏休みに俺に会えることをそうとう楽しみしていたらしい。


「でもちょっと日にち、ずれて良かった」


 結局実家も俺も都合が悪いことが分かって、菜乃が来る日は伸びたのだ。いやでも、マジで良かった。プールも断らなくて良かったし。

 

 改札に着いたけど、菜乃はまだ来ていなかった。


「あ、お兄ちゃん!」

「菜乃?」


 背後から声をかけられて、振り向く。なんでだ? まだ改札を出ていないと思っていたのに。ていうか出ないでって言っておいたし。


「あれ、春野くん?」

「泡羽さん……?」


 菜乃の隣にいる少女が不思議そうな声を上げる。


「もしかしてお兄さんって、春野くんだったの」

「あっ、いや、うん」

「あの、道に迷ってたから、一緒にお兄さん、探してたの」

「それで泡羽さんと一緒にいたのか」


 ようやく謎が解けた。

 たぶん菜乃が改札がどこか分からずに道に迷っているのを見かねて、泡羽が声をかけてくれたのだろう。

 泡羽はコク、と頷く。


「ありがとう。ほら、菜乃も」

「ありがとう、風花さん」


 ペコリと軽く頭を下げる菜乃。もう名前呼びをしてるなんて、我が妹ながらコミュ力が高いというか、なんというか。


「ううん。大丈夫。気を付けてね」

「泡羽さんは、ここに用事があったの?」

「うん。お買い物したいお店があって。もう買ったんだけど」

「そうだったんだ。とにかく、ありがとう」

「ううん。見つかってよかった」


 俺たちの会話を不思議そうに見ていた菜乃が首を傾げた。


「お兄ちゃんたち、お友達なのー?」

「そうだよ。お兄ちゃんとは、学校が一緒」


 泡羽がちょっとしゃがんで菜乃と目を合わせる。

 いつもみたいに無表情なままだけど、少し表情が優しげだ。


「そうなんだ! お兄ちゃんの、友達」

「うん。いつもお世話になってます」

「あ、あの、風花さん、このあと暇ですか?」


 王道のナンパの文句みたいなことを言う菜乃。今度は泡羽が首を傾げた。

 その動作に伴って、泡羽の黒髪が揺れる。

 今日の泡羽の服は、白いブラウスに、明るい色のジーンズだった。髪をポニーテールにしていて、いつもの髪飾りをつけている。

 普段よりカジュアルな恰好だけど、泡羽によく似合っている。

 

「一応何もすることはないけど。どうして?」

「そ、そうなんだ……もうちょっとだけお話したいなと思ったから」

「そっか。春野くん、どう?」

「えっ、どうって?」

「もう少し菜乃ちゃんとお話していいかな」


 いつもより低い目線から、泡羽が上目遣いで見つめてくる。

 菜乃はすっかり泡羽に懐いているみたいで、けっこうな眼力で頼み込んできていた。この空気感、断れるはずがない。元より俺に断る理由もないし。


「いや、全然俺は大丈夫っていうか、泡羽さんは本当にいいの?」

「私は菜乃ちゃんとお話ししたいな」

「今度お礼する」

「私が話したいの」


 なんていうか、ラブアートの中では泡羽は妹っぽかったけど、今日は違うようだ。お姉さん感があるというか、柔らかい感じがするというか。


「ありがとう。じゃあ、俺の家まで案内するよ」

「うん」

「お兄ちゃんの部屋かぁ。どんな感じかなぁ」

「普通だよ」

「そういえば、わたしも春野くんの家に行ったことない」

「まぁ、機会とかあんまなかったしなぁ」


 普通に考えて男女でお互いの家に行くなんて高校生になるとほとんどないし。


 数分歩くと家に着いた。

 泡羽も菜乃も心なしかわくわくした顔をしている。そんなに珍しい部屋でもないんだけどな。

 そんな二人を横目に見つつ、俺は扉を開けた。

 

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『彼氏にしたくない男子ランキング1位』の俺、なぜか元アイドルの美少女たちに懐かれる 時雨 @kunishigure

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