第33話 美少女たちとの遊園地②
綾瀬はペタン、と座り込んだままだ。
お化けは一瞬困ったようにソワソワしてから、また隠れた。世界観を優先したらしい。
「えーっと、立てない、んだよな……」
俺の言葉で、綾瀬は立とうと手を地面についた。
だけど、そのままストン、とまた座り込んでしまう。
「……立てないんだな」
「…………うん」
どうするべきか。
立てない、となったら、俺がどうにかして支えないと出口まで行けないだろう。
「……背中、乗る?」
頭の中に浮かんだ案はそれだけだった。
綾瀬は目をそらし、しばらくしてから頷く。
「……うん。ごめんなさい」
「俺も怖かったよ。あれ」
「急に来たからびっくりしちゃって」
「まぁ、そうだよな」
薄暗い道を気を付けて進みながら、返事をする。人間守るものができたら怖くなくなるとかいう話を聞いたけど本当らしい。今はお化けよりも綾瀬を落とすことの方が怖いから、どんなタイミングでお化けが来ても驚かなくなった。
一方綾瀬は、お化けが来るたびにしがみついてくる。となればもちろん体の質感もはっきり分かるわけで。
「あ、なんか今変なこと考えてるでしょ」
「いや、別に……?」
どうやら思考を読み取られていたらしい。こわっ。
すっとぼけると、綾瀬はなぜか首筋に顔をうずめてきた。くすぐったい。
「でもありがとう。春野くんがいるから、ちょっと怖くない」
綾瀬の息が首にかかる。
本人はそこまで考えずに言った言葉なんだろうけど、なんせ距離が近い。なんて返したらいいのか分からなくなった俺は、うん、とだけ返して、出口を目指した。
「あっ、お帰り! はるっちとアイナ……!?」
「アイナ、どうしたの……!?」
「アイナ、何かされていませんか……!」
先にゴールしていたらしい三人がものすごい勢いで駆け寄ってくる、じゃっかん一名、あらぬ疑いをかけられている気がするけど気のせいか……?
「途中で腰が抜けちゃって」
「腰が、抜ける……?」
「暗闇の中、男女2人……? まさか……」
「そんなわけないから」
変な勘繰りを始めた香月に思わずツッコむ。
収拾のつかない泡羽と香月の様子を見て、音海がコホンと咳払いした。
「とりあえず! ベンチに行こう? 確か近くにあったはず」
「そうだな」
頷いてお化け屋敷の横にあったベンチに綾瀬を下ろす。
「どう? アイナ、立てそう?」
「うーん。もうちょっと休んだらちゃんと歩けるようになりそう」
「そっか。じゃあちょっとだけ話してよう」
「うん。ごめんね」
「なんで謝るのさー。あれでしょう? アイナ、お化け怖いからびっくりしたんでしょ?」
「う、うん……」
綾瀬が恥ずかしそうな顔をして俯いた。音海がアイナは昔から怖がりだもんねー、と微笑んだ。なんていうか、やはり音海はお姉ちゃん的役割らしい。それでどっちかっていうと、綾瀬は妹っぽいな。
「ちなみにあれですよ。湊たちは、風花が一番びっくりしてなくて、湊は普通で、小夏が一番ビビッてましたからね? 湊は人並みにびっくりしましたが、そこまでビビッてません」
「えっ、めっちゃ嘘じゃん! みなちゅ、ずっと風ちゃんにひっついてたじゃん! それも涙目で」
「そんなこと言って、小夏も風花にひっついてたじゃないですか。泣きながら」
「2人とも私にひっついてたから」
泡羽が真顔で言う。
どうやらこのアイドルグループ、過半数がホラーに弱いらしい。なんていうか、申し訳ないことしたな。
「よし! 今の間に次どこに行きたいか決めておこう」
音海が肩から掛けていたショルダーバッグからパンフレットを取り出した。
「なんか、日常系がいいですよね。さっきのは心臓に悪かったので」
「うーん、そうだよねー。あっ、あたしこれ行きたいな。スクリーンのやつ。あ、あとこのキャラクターと写真撮れるやつとか良さそうじゃない?」
「思い出になるから、いいかも」
泡羽がそれを見て頷く。うーん、思い出になるかもしれないけど、それ俺けっこう気まずいんじゃないだろうか。美少女4人に陰キャ1人。どんな写真だよっていう。
もちろん断るつもりはないけど。さっきお化け屋敷変に勧めちゃったし。
次どこに行くかで盛り上がっていると、ずっと黙っていた綾瀬がそっと立ち上がった。
「アイナ! えっ、もう大丈夫なの?」
「うん! 心配かけてごめんなさい。たぶんもう大丈夫だと思う」
「良かったです。でも、無理はしないでくださいね」
「そんな大げさじゃないわよ。でも本当にみんな、ごめんなさい。それからありがとう」
綾瀬が軽く頭を下げる。
「そういうのはいいから! よし! 次のとこ行こう。あたしはやっぱスクリーンのやつが良いと思うんだよね。ちょうどそろそろ始まるから」
「そうだね。私もちょっとそれ、見てみたいかも」
「じゃあそうしようか~。みんなもそれで大丈夫?」
音海の言葉にみんな頷いた。スクリーン系なら座って見れるし。
それにしてもさっきは怖かったねとか、会話が弾みながら俺たちはシアターに向かう。
綾瀬もなぜか時計を見てから、みんなの会話に混ざった。
「今日マジで楽しかったねー!」
「最後の写真、大事にする」
「春野くん、顔死んでましたね」
「写真撮りなれてないんだよ」
まぁ、あとみんな元アイドルなだけあって、表情管理が完璧だったしな。余計に目立ってしまった。
「でも思ったより早く出てきちゃったねー。次どうする? カフェにでも行く?」
確かにもう少し遊園地で遊べそうだった。時間的にも遅くないし。あとひとつくらいはアトラクションに乗れたかもしれない。
「あっ、あのさ」
不意に綾瀬が口を開く。
「私、これから養成所のレッスンがあって。だからあとはみんなで楽しんできて」
「いや、行きませんよ。またみんなで遊べる日を探しましょう。今日はもう十分楽しんだんですから」
「そうそう。わたしならいつでも予定空いてるし」
「ねっ、じゃあここで解散にしよっか」
不満を述べる人はいない。バイバイと手を振りながらそれぞれ帰路につく。ひとり全然違う方向に向かう綾瀬の表情がいつもに比べて少し暗いことが気にかかった。
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