最終話 それでも前を向く

私(萌)は、ハッとして目が覚めた。

「陽介!」

辺りを見回してみても、いつもと変わらない風景。

私は、いつのまにか眠ってしまったようだ。がっかりして、ため息をついた。

私の願望が見せた夢だったの?

ゆっくりと体を起こすと、肩からするりと何かが落ちた。 

「ん?」

拾ってみると、陽介のお気に入りのパーカーだった。寝ている私にかけてあった。

「え…?どうして?」


   ******


リーン…

おりんを鳴らして、陽介の遺影に手を合わせた。一呼吸おいて振り返ると、エミおばさんがお茶を運んできた。

「萌ちゃん、今日はありがとうね。」

明るく振る舞っているが、エミおばさんは、ずいぶんと痩せていた。

一人息子の陽介が亡くなったんだ。無理もない。悲しいのは私だけじゃない。周りの人もみんな同じだ。


一口お茶を飲んでから、私はあの日の夢を、エミおばさんに話した。

するとおばさんは、

「それは、夢じゃないわ。」

そう言ってにっこりと笑った。

「え?」

「人は亡くなってから49日間は、この世をさまよっていると言うわ。遺族が冥福を祈ることで、いくつもの審判を乗り越えて、49日目に無事に天国へ逝けると考えられているの。

きっと萌ちゃんがいつまでも後悔しているのを見かねて会いに来たのね…だって、その日が最期だったから…」

「え?どう言う意味?」

「その日が陽介がこの世にいた最期の49日目だったから…きっと想いが通じ合った事で陽介も悔いなく逝けたんだと思う。その証拠にパーカーをもらったんでしょ?」

「うん…うん。」

私は泣きながら、パーカーを抱きしめた。


すると大きくため息をついたエミおばさんがゆっくりと話し始めた。

「…でも、私も正直言うと…陽介が死んで、冥福を祈るなんて…そんなことできなかった。陽介が死んだことも受け入れられないし、認めたくない、冥福なんて祈れるわけがない…それでも、心穏やかにいてほしいと思う気持ちが入り混じって…複雑だったわ。生きてる間は、忙しさにかまけて、陽介に私の気持ちを伝えてあげることも出来なかった。だから、毎日毎日、どれだけ私にとって陽介が大切なのか…どれだけ陽介を愛しているのか…話しかけ続けたの…」

エマおばさんは、言葉に詰まりながらも想いがとめどなく溢れているようだった。

「それでも、もっともっと陽介にたくさんのことしてやりたかった、伝えたかった、抱きしめたかった…」

そう言って泣くエミおばさんに向かって、私は立ち上がると陽介のパーカーを羽織り、黙ったまま手を広げた。

それを両手で口を押さえ、ボロボロ涙を溢しながら見つめていたエミおばさんは、ゆっくり立ち上がり私をギュッと抱きしめた。私もエミおばさんを優しく抱きしめ返した。

「陽介の匂いがするわ…陽介…生まれてきてくれてありがとう…」


******


いくら時間が経っても、きっとこの痛みはいつまでも私の中に残るだろう。陽介が思い出の中から消えないように。

でも、同じ気持ちを持つ人たちと分かち合う事ができる。慰め合う事ができる。

今になって、母が言っていた意味がよくわかった。

お葬式は、亡くなった人だけのためでなく、遺された私たちが、前に進むために必要な事だったんだ。


これからも泣いたり、笑ったり、怒ったり、悔やんだり、いろいろあるだろう。でもそれは、私が生きている証拠。

でも、もう私は知っている。

少しの勇気を持って、素直に気持ちを伝える事の大切さを。

そうすることで、お互いを理解し合えたり、幸せになったり、気持ちがあったかくなったり、そして気持ちを分かち合う事ができることを、私は知っている。

だから、強くなれる。


******


陽介は、私に新しい仲間もたくさん残してくれた。

「おはよう!萌マネージャー!今日もしっかり頼むよ。」

「任せて!」

元気よく返事をすると、竹内くんはとびきりの笑顔を見せてくれた。


「萌ちゃん、おはよ〜!」

グラウンドのバックネットから声が聞こえた。

「おはよー!永島さんも生徒会、頑張ってね〜。」

お互いに笑顔で、高く手を振り合った。


「沙織!これも一緒に運んで!」

「オッケー!」

沙織が私にウインクした。

私は今、沙織と一緒に野球部のマネージャーをしている。

陽介が好きだった野球を、陽介が好きな仲間たちと次の甲子園に向けて頑張っている。


悲しむんじゃなく、懐かしもう。

苦しむんじゃなく、分かち合おう。

寂しくなったら、みんなで想い出話に花を咲かせよう。

そうやって、心に陽介を抱いて、前に進んで行く。

陽介との約束を守るために…


私の部屋には一輪のガーベラ…

花言葉は希望。


完結

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