第19話 昇華
過失致死罪で刑期を終えた栞は出所後、その足で相原家のお墓に向かっていた。小高い丘にある霊園に向かう道の木々は、もう綺麗に色づいていた。その中を一歩一歩確かめるように、ゆっくりと歩いていた。
墓前に花を供え、一呼吸すると両手を合わせた。
「ごめんなさい…私もあの時、本当は悠太だって、どこかで分かってた。哀しくて、縋りたかったの。悠太に縋ったのは私。
私も罪を犯したのよ。」
そう呟き、一筋の涙を溢した。
その事は、聡太も悠太も知らない過去だった。
栞が立ち上がると、ザァーッと強い風が吹き抜けた。黄色や赤に色づいた葉っぱが、次から次へと栞に降り注いだ。
栞はいつまでもその綺麗な光景を見ていた。その彼女の顔にはうっすらと笑顔が浮かんでいた。
******
記憶を取り戻した俺は、自分の罪と罰に向き合っていた。
たとえフラれたとしても、俺も栞に自分の想いを伝えるべきだった。そして、気持ちを整理する必要があった。俺は冷静でも大人びてもいない。ただ長い間自分の気持ちを押し殺していたから、拗らせてしまった。
だからあの時、栞に抱きしめられて、錯覚してしまったんだと思う。聡太の死を悲しむことより、栞が手に入るかもしれないと言う欲の方が勝ってしまった。
結局、兄貴から逃げても栞から逃げても、自分の気持ちからは逃げられない、嘘がつけないと言うことだったんだ。
「悠太…」
懐かしい声が聞こえた。
泣き崩れる悠太のもとに、聡太が姿を現した。
「聡太!ごめん…俺…俺がお前を裏切ったんだ……」
うずくまって泣く悠太の肩に聡太は手を置いた。
「いや…俺も悪かったんだ。お前の気持ち…分かっていたのに、無視して無かったことにしてしまった。だから俺にも罰が下ったんだよ。」
「違う!俺は…」
「もういいんだ。俺がちゃんと悠太と向き合っていれば、3人とも不幸にならずに済んだんだ。ごめんな…ずいぶんと長い間苦しめて…今度こそ、3人でもう一度やり直そう。ちゃんとみんな自分の気持ちと正直に向き合おう。それぞれにもう罪は償ったんだから。」
聡太が悠太に手を差しのべた。
悠太がその手を取ると、笑顔を見せた聡太がキラキラと輝きながら消えていった。
慌てて俺は、自分の身体を触って確かめた。
俺は、まだここにいる。
「そうだ!俺にはまだやらなきゃ行けない事があるんだ!」
俺は立ち上がると、陽介のところへと向かった。
そうだ。そうなんだ。俺が陽介と繋がったのは、よく似た境遇のせいだったんだ。
俺たちはお互いを理解できるから、巡り会ったんだ。
******
「萌…大好きだ。」
やっと言えた。こんなにも時間がかかってしまった。
萌の目から次から次へと涙が溢れた。
「陽介…陽介…」
俺は黙ったまま萌を抱きしめた。
「あったかい…」
萌は目を瞑り、俺の胸に顔を埋めた。
「萌。俺は萌が大好きだ。萌にはずっと笑顔でいてほしい。幸せになってほしい。それが俺の1番の願いなんだ…本当は俺がこの手で幸せにしたかった…」
喉の奥に熱いものが込み上げて、言葉が出てこない。すると、萌が…
「私は陽介が居たから、今までずっと幸せだったのよ。陽介に愛されて…本当に幸せよ。」
そう言うと、涙いっぱいの目で笑った。
「萌…生きて…生きてくれ…そして、幸せになるんだ。誰よりも…」
「うん…うん…」
そのまま俺の腕の中で、泣き疲れて萌は眠ってしまった。そっとソファに寝かせると、萌の唇にキスをした。
萌…ありがとう…
******
俺は萌の家を後にした。
振り返ってみると、ここに生きて存在していたのが、もう随分と昔のことのように感じる。俺は、この懐かしい日常の光景を目に焼き付けていた。
すると、突然俺の前に正路が現れた。もうこれも慣れっこだ。
「陽介…俺、全部思い出したよ。兄貴とも話してきた。」
「全部終わったのか?」
「ああ…、俺も陽介と一緒に逝くよ。」
俺は悠太の肩を抱くと、
「それは心強いよ、悠太。長かったな…」
悠太の肩をポンポンと2度軽く叩いた。
俺たち2人はお互いの肩を組んで、ゆっくりと歩き出した。
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