第18話 真実

日記はまだ続いた。


大学卒業後、栞との結婚式の日取りが決まった。俺は浮き足だっていた。

悠太の事が気になりながらも、見過ごしていた。

でも、本当は分かっていたんだ。分かっていたから、俺は焦ったんだ。

そう、悠太も栞が好きだって事、気づかないふりをしてきたんだ。ずっと…


だから、俺たちが付き合うことになって、悠太は家を出たんだ。

一人で何も言わずに苦しんでいたんだ。

俺が兄貴として、ちゃんと悠太に向き合っていれば、こんなことにはならなかったんじゃないのか?

俺は悠太の気持ちを無視して、無かったことにして、蓋を閉め鍵をかけたんだ。

絶対、悠太が気持ちを伝えたりしないように。

怖いんだ。高校の時みたいに、顔は全くおんなじなんだ。どっちだって良いって言う女もいた。栞がそんな女だとは思わないけど、俺より悠太の方が冷静で、大人びていて頼り甲斐がある。悠太への嫉妬が焦りとなった。


栞は俺のどこが良かったんだろう。

俺が先に告白したから、俺だったのか?


そうだとしても、栞の手を離したりしない。

絶対俺のものにするんだ。


日記はそこで終わっていた。


「この後、何があったんだ?」

正路にもわかるわけがないのに、俺はそう呟いていた。


分かったことは、悠太と聡太は栞が好きだった?って事だけだ。

それでどうして、悠太と聡太が亡くなったんだ?


******


他に手掛かりもなく、俺と正路は一階へ降りて行った。

正路のお母さんに事情を聞ければ、全てわかるのに。俺はじれったかった。


「何か方法はないのか…」

そう呟いたものの、結局他に手がかりは見つからなかった。

何も進展しないまま、あっという間に時間が過ぎた。


******


「陽介様、今晩ですね…萌さんに会えるのは…」

「正路…結局、何の力にもなれなくてごめん…」

「何を言ってるんですか…もともと記憶のない私にとって、意味などないんですから…大丈夫です。それより最後まで、ちゃんと見送らせて下さいね。」

俺は正路の肩に手を置いた。

「もちろんだよ。」


******


その夜、萌は泣き疲れてそのままリビングの

ソファで眠ってしまっていた。

久しぶりに見る萌の寝顔。

俺はそっと髪を撫でた。あったかい…萌の温もりを感じる事ができる。萌…


「萌…萌…」

俺はゆっくりと萌の肩を揺さぶった。

「う〜ん、何?」

目をこすりながらまだ少し寝ぼけているのか、ぼんやりとした表情で俺を見た。


「…陽介!陽介なの?」

萌が俺に抱きついた。

「やっぱり生きてたんだ!陽介!」

俺は萌を抱きしめ返した。2人の温もりが溶け合うようだった。幸せだ。

「陽介!聞いて!話したいことがいっぱいあるの。」

「そんなに慌てなくても、ちゃんと聞いてるよ。」

自然と笑みが溢れた。それでも、2人で手を握り合ったまま離さなかった。お互いの存在を確かめるように。


******


陽介様と萌様の様子を見ていた私(正路)は、不思議な感覚に襲われていた。

デジャヴ?

急に頭にズキンと痛みが走った。

「あー」

私は崩れるようにしゃがみ込むと、頭を抱えた。

すると脳内に、凄い速さで映像とセリフが流れこんできた。


「…聡太?聡太なの?やっぱり生きていたのね。聡太!」

栞が俺に抱きついた。

「死んだなんて嘘よね?こうやって私の前にいるんだもの。私を1人置いていくわけないわよね。聡太…愛してる。」

俺の胸に顔を埋めて、泣いている栞。

栞の腕は、より一層ギュッと俺に抱きついてきた。

デジャヴ?

陽介様の様子ととても酷似している。

これは…私の記憶?!

脳内に流れ込んでくる映像と共に感情までもが溢れた。


俺はたまらずに栞を強く抱きしめ返した。

「俺も栞を愛してる。愛してるんだ。」

「もっと抱きしめて!本当に聡太が生きてるんだって…私に刻んで。聡太…私を抱いて…」

「愛してるよ栞…」

そのまま、2人はお互いの存在を確かめあうように重なり合った。


嬉しかった。幸せだった。例え死んでしまった聡太の身代わりだとしても、栞に愛してると伝えられた事、そして、栞を抱きしめられた事。

しかし、栞を騙し、聡太を裏切った。それが俺の罪だったんだ。

交通事故で突然聡太を失った栞は、気が動転していて、俺を聡太と見間違えた。いや、信じたかったんだろう。

翌朝、ベットの上で目を覚ました栞は聡太と一つになれたと思い、幸福感に包まれていた。

なのに、陽の光に照らされた俺の顔を見て、聡太ではなく悠太だったと気づくんだ。


******


「やめろ!やめるんだ!栞!…これは君の罪じゃない、俺の罪なんだ。」

栞は白いシーツに身を包んだまま、自分の首にナイフを突き立てようとしていた。

「止めないで!私も聡太のところへ行くの…

でも、もうそんな資格もないのね…私は聡太を裏切ったんだから…小さい頃から見ていた私が聡太と悠太を間違えるはずないのに!」

栞は大粒の涙をボロボロと溢した。俺が視線を落とすと栞のナイフを握る両手は震えていた。

「違う!俺が栞の気持ちにつけ込んだだけだ

…俺も…俺もずっと栞を愛していたんだよ…聡太の身代わりでも良い…栞…一緒に生きてくれ…」

栞は首を振った。

「悠太…ごめんなさい…あなたにずっとそんな想いをさせていたなんて…」

そう言うと同時に、栞がナイフを振り上げた。


ポタポタポタッ…

真っ白なシーツに真っ赤な花が咲いたようだ。そこに栞がいる。俺のすぐ隣に…その光景はとても鮮明で綺麗だった。

「栞…愛して…る…よ…」

「悠太!!」


そうだ。俺はあの時栞を庇って、自分にナイフの矛先を向けたんだ。

そうか、それが俺の罪と罰だったんだ。


俺はとめどもなく溢れる涙を拭うこともせず、うなだれ泣き続けた。

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