昭和48年?

 ……一体何がどうなってるって言うんだ。タイムスリップなんてあり得るはずがない。だけどこのガキをよく見れば見るほど確かに俺な気がする。ほら、ほくろの位置とか絶対そうじゃねえか。


「おにいちゃん、だれ?」


ガキは無邪気な声で訊いてきた。俺は迷った。なんと答えるべきか。「俺はお前だ」と言っても信じてもらえないだろうし、第一俺もこんな馬鹿げた話信じちゃいない。


「……おれは健太郎だ。お前と同じ名前だよ」


  多分……偶然だと思いたい。ていうかほんと、なにがなんなんだか……。



◆◆◆



「あ、ついたよ!」


  そうやって連れてこられたのは「真柴」の改札が迎え出るなんの変哲もない一軒家。しかしそれは俺にとっては異質であり、そして信じ難いものだった。


 もし仮にここが20年前だというのならばこの家の持ち主はなかなか裕福な人間なのだろう。裕福なんて二文字は俺にとって縁もゆかりもないもの。だからこそこの確信にも思える改札さえも疑いの対象へと成り代わる。


「ただいま! かあちゃん、おにいちゃんつれてきてくれた!」


「おかえり! ケンちゃん!」


  子供を抱きしめるのは俺と同じ目をした母親だった。暖かそうなその抱擁を受ける子供はとても幸せそうな表情で微笑んでいる。それを見て俺は情けなくも胸の内から嫉妬という感情を生み出してしまった。


「帰ってくるの遅いから探しに行こうってお父さんと話してたのよ! それでそのおにいちゃんは今にいるの?」


 ……え?


「どこってそこだよ」


「? 誰もいないじゃない?」


  不思議そうに空白を見つめているようなそのははおやの目はあまりにも無慈悲だった。


「……か、かあさん?」


 俺もどうかしてしまったのか。何故か分からないけれど無性に母親の肌に触れたくて、温かみが欲しくて俺はその人を抱きしめた。


 ──そんなものはどこにもなかった。目に見えているのに俺は母親の感触も、温かみも、何も感じることはできなかった。母親を抱き締めようとした俺はすり抜けるように何も触れず、無様に地面へと崩れ落ちた。


「だいじょぶ!? おにいちゃん!!」


「……うっ……なんでぇ……こんなに寒いんだよ……っ! なんで、なんでぇ……!」


 心が一気に冷めていく。情けないと自分で思うことがさらに締め付ける。


 目の前に幸せそうな俺がいる。温かみをくれる母親がいる。なのに俺はその幸せを受けたことはない。母の記憶なんてない。それを手に入れようと縋っても俺は触ることさえできない……。


「なあ、俺? 幸せってなんだろうなぁ……? って聞いてもわかるわけないよなぁ……」


子供おれは言葉の意味を理解できないだろう。だけどこんな情けない俺を俺だけは心配してくれるのだということに少しだけ安堵することができたんだ。それだけは俺の心を少しだけ満たしてくれた。


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