後編

 ――万博開催まであと四百六十五日。

 喜代美は目を閉じた。

 別に、生きているけど。

 手術前で麻酔で眠らされているだけだ。

 これから、喜代美は人類の中で三例目の『アマテラス』による手術に臨む。アマテラスの安定性はまだまだ証明されないから、不安はある。それでも、自分は大丈夫だと思って、ベッドと医師、ロボットに身を任せた。


 ――起きると、手術台にいた。どうやら、まだ生きているらしい。

「手術は終了です。喜代美さんは元気です。これで、ちゃんとお孫さんとエキスポ行けますね」

 男性の主治医が言った。

「良かった……」

「いやぁ、大変でした。実はね、一回アマテラスが止まったんですよ。それから、プチ暴走始めてしまって。結構ヤバかったですよ。癌細胞取り除くどころか体を傷つけることになりますので。それでね、どうするヤバいぞってところでなぜかアマテラスが正常運転し始めたんですね。『みんなが祈ったから、岩戸から出てきたんやろうな』っていう人もいるんですけど、やっぱりぼくは喜代美さんの力と喜代美さんを応援する方のパワーがアマテラスに通じたんでしょうね」

 関西弁なまりが残る口調で主治医が話した。

「ほんまにそうなんやろな……」




 ――万博開催まで四百六日。

 久しぶりに、風太郎の家に行ってみた。

 キャリーバッグに入院に必要なもの以外のものを詰めるのはいつぶりのことだろうと思う。


 あ、ちなみに暴走から企業が不調の箇所を見つけて、アマテラスは改良され、今では手術ロボットとしての安全性は確保されたらしい。あとは、万博の舞台でお披露目され、世界中で使用されるのを待つだけだということだ。

 ――自分の身を投じてアマテラスに協力するって。

 ある意味、喜代美のおかげで今のアマテラスがあると言ってもいいかもしれない。生きて万博に行かなければならない理由がもう一つ増えた。


「あ、おばあちゃん!!」

「おばあちゃんや!!」

「久しぶりですね、お義母さん」

「母さん、自分から万博でお披露目されるロボットの実験台になったんやろ? すごいやん。アマテラスが世界的ヒットになったらお金もらえるやろな」

 風太郎と嫁の可奈かな、そして、その娘(六歳)の風奈ふうな、息子(十二歳)の太可たかが駅前の駐車場で待っていた。ちなみに、太可が万博行こう行こうと言ってくるかわいい孫なのだ。

「これこれ、まずはこんにちはやろ?」

「「ほんまや~」」

「反省する気なしやな」

 と言いながらも、喜代美はフフフと微笑んでいた。


「太可、入院中LINEありがとうな。おかげで何とか手術乗り切ったわ」

「そら、万博おばあちゃんと行きたいからな」

 太可は四月から中学生。だから、スマホをすでに持っていて、LINEもしていた。

 入院中は結構頻繁に、というか毎日LINEをくれた。

 そのおかげで、寿命繰りができているのだと思う。

 ふと、疑問が思い浮かんだ。

「ところで、なんでそんなにおばあちゃんと万博行きたいんや?」

「え? そら、大阪でやるんやし一回は行ってみたいやん」

「何でおばあちゃんとなん? 友達ととかと言ったらええやん」

「おばあちゃんが万博二回目やから色々案内してもらおうと思ってな。それと、おじいちゃんとの思い出のイベントやろ」

 ――このカワイイ孫め。

 そんなところまで気遣ってくれていたのか。夫との思い出のことをまず知っているのに感心。それで一緒に行こうということにも関心。

「なっ? だから、おばあちゃんと行きたいねん。あとは、回りながら昔のこととかも聞きたいな」

 太可……。

 いいこと言ってくれるじゃないか。

 少し涙をためながら太可のほっぺを撫でてやった。


 ――万博開催まで二百九十一日。

 再び入院することになった。

 今回は長期入院になるかもしれないということだ。

 定期検査で悪性腫瘍ができていると聞いた。結構ヤバいところに。

 ということで、入院することになった。

 嬉しかったことがあるとすると、手術は最終試験としてアマテラスでやるかもしれないということだった。


『おばあちゃん、長いこと入院するかもしれないってこと……? ちゃんと行けるよね? ね? まあ、大丈夫。信じてるから。おばあちゃん元気だもんね。うん、待ってるよ。ちゃんと治してね。頑張れ!!!!』

『お義母さん、太可と風奈が心配しています。頑張ってくださいね』

『母さん、頑張れよ! 子供らがわめいてるんだよ』

『もうすぐ万博。体に賭けましょう』

『喜代美さんがいなくなってまたまた職場がパニクってます』


 その他十三件の着信。

 一個一個読んで、一個一個返信する。

 入院が始まるまでの間はブログをしていたが、ブログでも必ずコメントには返信する主義だった。

 返信というのは本当に大切なことだと思っている。気持ちを送る、応えるということから人間関係というのは始まっていくのではないだろうか。という理念から、喜代美は何か声をかけられた時は必ず答えるように心がけているのだ。


「まあ、一頑張りするとしますか。夫と孫たちのためにも、ね」




 ――万博開催まで二百五十日。

 度々あった訪問客とみんな話し込んで、いよいよ手術となった。

 コロナは落ち着いてきて、万博は大丈夫そうだ。

 絶対に行くしかない。太可のために、夫のために、そして、私自身のために。




 ――万博開催まで二百三十八日。

 もう、準備は出来た。

 医者がそう告げてきた。

 今回の手術ロボットは『アマテラス』ではない。『大・アマテラス』だ。いわゆる、アマテラスの進化バージョンだ。

 正式な名称ではないのだが、会社ではそう呼ばれている。


 手術が始まる前に、一度アマテラス、いや、大・アマテラスを見てみた。

 一見何も変わっていないのだが、映像や写真、グラフを見せられながら、エンジニアが解説してくれた。

 グラフを見ると格段に安全性は上がっているそうだ。もっとも、三十回ほどしか実証実験はしていないが、これは喜代美個人の感覚なのだろうか。

 アマテラスを見てから外をのぞくと、今の日本に降り注ぐ太陽光が黄金に見えた。本当に。




 ――万博開催まで四十三日前。

 様子を見ながら、一時帰宅し、でまた入院。

 それを度々繰り返していたが、この日、喜代美はついに退院だ。

 あと五十日を切ったか。もう大丈夫だ。


『太可、おばあちゃん行けそうや。今日退院した』

『マジで? よっしゃ!! 楽しみやな。あ、そうそう。チケットお父さんが取ってくれたで。おじいちゃんも喜ぶやろな~』


 一番最初に退院報告をしたのは、風太郎でも玲央名でもない、太可だ。

 次に、子と兄弟、他の親戚、近所の人は仕事関係の人などに連絡した。


『良かった』

『ホッとしました』

『職場が湧いてます』

『息子も娘も喜んでますよ』

『今度琴を教えてもらわないとですね。公民館と打ち合わせ中です』

『着物の着付けとかしてくださいよ~。お金払いますよ? って、友人とこの写真館から電話来てる。七五三で必要なんやって』

『アマテラスを拝みにいかなあかんな』

『アマテラスが展示されるのは喜代美さんのおかげや!!』

『今オリックスが連勝してるんは喜代美さんのおかげや!』


 なんか関係ないこと送る人もいるけど……。

 喜代美は、この“日常と変わらない”メッセージが一番好きだった。




 ――万博開催まで一日前。

 正直、万博は関係なかったような気はする。

 たまたま、人生終盤の大きな思い出を孫、そして夫とつくれる場所が万博だっただけで。

 でも、大きなイベントがあったらやはり日本人は湧き上がるもんなのだな。

 もうそろそろ私は死ぬのだろう。

 でも、その前に大きな思い出を作っておきたかった。


「中学の合間縫ってどうにか来れたわ」

「楽しみやなぁ」

「おばあちゃんも楽しみです」

「お義母さん、無理して行って体壊しちゃダメですよ?」

「私空飛ぶクルマはよ乗りたーい!!!!」

 みんなはしゃいどるなぁ。私を含めて。




 ――万博開催まであと零日。

 空飛ぶクルマの搭乗口に、一台の乗り物が着いた。

「それではどうぞ」

 喜代美は太可と一緒に座った。

「発車しまーす」

 空飛ぶクルマが夢洲へ向けて舞い上がった。


 ――あんた、空飛ぶクルマ乗ったで。

 ――太可めっちゃ騒いどるで。

 ――あんたも空から付き添ってな。


 喜代美は一筋の涙が頬を伝うのを感じた。

 寿命繰りはもうここまでだ。

 空飛ぶクルマの中で、喜代美は太可へこっそり、「ありがとう」と告げた。

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千日間の寿命繰り DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

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