千日間の寿命繰り

DITinoue(上楽竜文)

前編

 喜代美は大阪・関西万博開催千日前で沸いている『千日前』のスーパーで買い物をしていた。

 そういえば、太陽の塔でめちゃめちゃ沸いた大阪万博にも喜代美は来場した。アポロがとった月の石も見てきた。

 あの頃はまだ夫が元気だったころだ。夫……当時は彼氏と万博を見に行って、その時に、結婚を決めたのだ。

 あれからもう何年たったのだろう。もうこの命も長くないか……。

 そんなことを考えながら、お馴染みの店員に話しかけた。

「今やあっちこっちで万博千日前って騒いでんなぁ。この千日前ってところでなぁ。一回行ったことある人間が見てもやっぱ万博って騒ぐわ。でもなぁ、孫と二度目の万博一緒に行こなって言われてるんやけどな、後千日も私の命持つやろか」

 冗談半分で言った言葉だった。




 ――万博開催まで九百日。

 喜代美は病に倒れた。癌だ。

 喜代美はかなり体が強く、運動神経も良いほうだったのだが、ついに来てしまった。

 救急車で運ばれてすぐに検査を受け、癌が分かる。

 医者からは一度家に帰り、次の月曜日から入院してください、と言われた。

 今が金曜日だから、あと二日。

 それまでの間に準備とかをして、やれることを楽しんでおかないと。

 LINEを見てみると、心配のメールがたくさんやってきていた。


『母さん大丈夫なん?』

『母ちゃん? どうしたん? 何があったんや』

『お義母さん、大丈夫ですか?』

『おばあちゃん、大丈夫?』

『姉ちゃん癌だって? 頑張ってね』

『喜代美! 今死んだらあかんで from.兄ちゃん』

『キヨさん元気で帰ってまた飲もな』


 他にもたくさんのメールが来ていた。息子、娘、義理の娘、妹、兄、同級生、近所の人、会社の人……たくさんの人が心配のLINEを送ってきてくれた。

「こら、全部返すん大変やな」

 それでも、一つ一つ『ダイジョブ』『平気平気』『元気で帰るわ』『また飲もうな』なんて返信していった。


 ――万博開催まで八百三十九日。

 喜代美の元にはあちこちからの手紙が届いていた。

 コロナのせいであまり見舞いは来ないが、その分LINEやメール、手紙がたくさん届いてた。

「『おばあちゃん、元気にしてる? 僕らはめちゃ元気やで。僕なんかマラソンと五十メートル走一位やで。すごいやろ。おばあちゃんはよ元気になってな。それで、いっぱいおやつかってな。ほなまた』ですって」

 看護婦が孫からの手紙を朗読してくれた。

「それじゃあ次の手紙です。ええっと、これは……小畠さんのお子さんからですね。『おばあちゃん、このマンションのみんなおばあちゃんまってんで。ホンマにほんまやで。またむかしばなしきかしてな。な、早くびょうきなおしてな。蓮司より』自分の名前と早く以外みんなひらがなですね。かわいい文字」

 といって、看護婦は喜代美に手紙を見せてくれた。

 毎日の手紙がこれほどうれしいものだと感じたのは、子供の幼さと看護婦の親切さゆえだろうか……。


 ――万博開催まで八百三十二日

 初めて見舞いが来た。

 息子の風太郎ふうたろうだった。

「母さん、意外と元気そうやん」

「いや、元気なんよ。元気なんやけど、体ん中はあかんらしいねん」

「ほんまかいな。まあ、お医者さんが言ってるんはそうなんやろな。はよ治してくれな困るで。あ、もう時間終わりや。お医者さん、母をよろしくお願いします。ほなな」

 風太郎はたった五分の面談時間をしっかり使って帰って行った。


 ――万博開催まで八百二十七日。

 二人目の見舞いが来た。

 娘の玲央名れおなだ。

「母ちゃん……ちょっと痩せた?」

「そうかもしれへん」

「病院で何食べとるん?」

「結構ええもん食べさしてもらっとる。例えばな……せや、あんたが好きなお好み焼きも結構出てくるわ。ここのお好み焼き結構美味しいねんな」

「ほんま? 一回食べさしてな」

「看護婦さんに聞いてみ」

 すると、看護婦はブルブルと首を横に振った。無理だということだ。

「そっか。まあええわ。あと何分?」

「あと……二分やって」

「じゃあ、もうちょい話したら帰るわ。今んとこどうなん」

「せやな……もう少しで手術するんやって。これ初めて話すことや。風太郎にも話してへん」

「そうなん?! 手術するん? 大変やん。頑張ってな。ちゃんと帰ってくるんやで。変なもん食べてきたあかんで。分かった? 玲央名ホンマに心配しとるから……。あ、もう時間なん。じゃあ、帰るな。ほなまた。はよ帰ってきてな。癌に負けたあかんで!!」

「分かった、頑張るわ」

 玲央名は五分という時間をしっかりと使って退出していった。




 ――万博開催まで八百十日。

 手術が終わった。

 LINEには心配のものが集められてきていたが、無事終了。

 その後、容体も安定して退院できることになった。


『良かった!!』

『もー大丈夫やな』

『心配させんといてや(ウルウル)良かった』

『手術お疲れさまでした』

『子供らがおばあちゃんはおばあちゃんはって待ってるで』

『お義母さん』

『お母ちゃん!!』

『兄ちゃん結構心配したで』

『一時はどうなることかと……』

『まだきーぬいたらあかんで!!』


 お医者さんはLINEを開いたスマホを手術室のそばに置いておいてくれた。

 手術が結構ヤバいんじゃないのかってところまで来た時、不思議となにか軌道修正され、無事手術は成功した。私は、これをメッセージのおかげだと思っている。




 ――万博開催まで六百七十三日。

 喜代美は再び入院することになった。

 二度目の入院。

 癌の状態が悪化してきたからだそうだ。

 また入院というのは正直結構きつい。でも、やるしかない。私の寿命を心配してくれるファミリーたちのためにも。


『もう一回入院か。大変やな』

『嘘……もう一回。もう大丈夫やと思ってた(涙)』

『頑張れ!! ファイト!!』

『お義母さんのことずっと応援しとるで』

『涙涙涙』

『息子が残念がってます』

『すぐ元気になってもう一杯やりましょ』

『喜代美さんがいなくなって職場の元気が無くなってます。早く帰ってきてください!』


 ――万博開催まで五百日。

 世間ではまた騒いでいる。

 そういえば、少し前、空飛ぶクルマの実験が大成功を収めたというニュースがあった。参加国数もジャンジャン増えている。

 あと五百日。それは、一年と四カ月半ほど。それだけ耐えれば、もう大丈夫なのだ。

 孫と万博に行ける。空飛ぶクルマに乗れる。その時になれば、喜代美は何歳になっているのだろうか。

 今七十二歳と十カ月だから……七十三か四くらいか。七十の壁を超えることはできるのか、誰かの医療書に書いてあった。

 それに従って、自分のやりたいことを満喫していると、健康でいられる気がする。心さえ健康なら寿命も延びる気がする。

 そして、その心の健康の元がメッセージだ。


『息子と一緒にディズニーランド行ってきました』

『私の旅行の写真その参!』

『娘が魚捌いとる』

『お母ちゃんって野球好きやったやんな。すごいで。玲央名甲子園行ったんやけどな、山井がホームラン打ったボール取ったんやで!! また今度写真送るわ』

『あと五百日やな!! 一緒に行こな!! 絶対やで!! それだけ生きればもう大丈夫なわけやで!! ついでに言うと札幌オリンピックも一緒に行こな』


 札幌オリンピック。つまりあと六年また耐えなければいけなのか。寒いのはちょっと苦手かな。でも、かわいい孫のためには生きるしかない。

 実は、もうすぐ手術らしい。手術が終わったら恐らく帰ることができると。そして、その手術は万博で展示されるロボットによって行われる。『アマテラス』という手術ロボット。アマテラスは健康の神様だ。

 アマテラスの手術は日本で三件目だそうだ。今のところ成功しているらしいが、危険な道をたどることも多いらしい。

 ――でも、私は大丈夫。

 さっきの五件のメッセージで、私の寿命はだいたい半年と二カ月くらい伸びた気がする。

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