最終話 今日からあたしの勝負服

 子どもたちへのお説教を言い終えた相庵あいあん警部はそれで気が済んだのだろう、続けて事の顛末を話し始めた。


「あの組合長とか言う爺さんもぼやいていたが、今回の背後関係はお前たちが思ってる以上に厄介なんだ」


 そんな前置きに続いて警部は事件のあらましを語った。連盟の末端グループである彼らが荒木町という場違いなエリアを根城としたことにこれと言った理由も目的もなかった。それはまさにたまたまそうなっただけで、むしろの地だったからこそ彼らは目立ち過ぎてしまったのだった。


「もし歌舞伎町やらここいらだったら連中は今でもシノギを続けられてたかも知れないな」


 警部はそう言いながら冷めかけの茶をすすって続けた。


「連中が手に入れたあの店は権利関係がちょいと複雑でな、所有者、いわゆるオーナーは別にいるんだ。それを賃借人がプレミア付けて他所よそに貸していた、いわゆる又貸し物件でな、その又貸し野郎が引っかかったわけさ」


 ミエルに続いて晶子しょうこも興味津々で警部に問いかける。


「それって詐欺とか、そういうのですか?」

「賭博だよ、闇カジノさ。よくある手口でな、適度に勝たせて大きく、やっこさんまんまと嵌められたわけだ」

「なるほど、それで又貸しの権利を取られちゃったわけですか」


 いっしょになって話に加わるミエルに警部は「そういうこと」と頷きながら席を立つと自分で三杯目の茶をいれた。


「それでそのカジノなんだがな、どうやら歌舞伎町のどこかで開帳してるらしいんだが、今のところ俺が掴んでるのはそこまでだ。ただひとつ言えるのはバックについてるのはここ数年でのし上がって来た組織って話だ。あの『連盟』とか言う連中のフロント企業みたいなもんだろうよ」

「ダイモンエステートって会社でしょ、貞夫さだおちゃん」

「お、さすがママ、耳が早いな」

「強引な地上げで業績を上げてるだけあってあそこの社長の大門だいもんってのはひとクセあるどころじゃないって話だし、できれば関わりたくない相手なのは確かね」


 続けてママはミエルと晶子に釘を刺す。


「とにかくそんな連中の息がかかったのを相手にしたわけだし、しばらくは用心しておきなさい。そうね、できるだけ行動は二人で、もちろん学校の行き帰りもね」

「え――っ、ミエルと二人でぇ?」

「な、なんだよ晶子、その言い草は」

「だって、毎日いっしょなんてあたしはあんたの彼女みたいに思われるし」

「しょうがないじゃないか、ボクたちの安全のためなんだから」

「ほらほら、そういうのは帰ってからやってってさっきも言ったでしょ」


 呆れた顔でママはそう言うとデスクに置いたスマーフォンを手にして「そろそろお願い」と静かに命じた。


 間もなく三回のノックとともにオフィスのドアが開く。するとそこに立っていたのはママの運転手兼秘書を務める久米川くめがわだった。手には白い紙袋を下げている。


「お持ちしました、こちらです」


 久米川は袋をママに手渡すとすぐにオフィスを出て行った。


「さて、ショーコちゃん、今回は危なかったわね。どうしてあの場面でスタンガンを落としたのかしら?」

「それは……スカートに引っかかって……」

「違うわね。ガーターベルトなんてのを使ってるからでしょう。だから引っかかってうまく取れなかったの」

「た、確かにそうでした」

「それでね、あなた、今度からこれを着けなさい」


 そう言ってママは袋の中身を応接テーブルの上に広げて見せた。出て来たのは黒い革製のベルト、その左右には一対のホルスターがありそれぞれにスタンガンが収められていた。それだけでない、同じく黒革のグローブとベスト、それにショートパンツまで揃っていた。


「これって……」

「ショーコちゃんって私服はいつもショートパンツでしょ、だからそれに合わせてコーディネートしてみたのよ、その方が違和感がないと思って」

「あ、ありがとうございます」

「それとスタンガンね、お兄さまの形見なのはわかるけどこれからはこっちのを使いなさい。左右で二丁、電圧も一〇〇万ボルトあるから多少厚着の相手でも有効よ。それとね、大きな声では言えないけれど電流も少しね」


 電流、その言葉に相庵警部が即座に反応する。


「おい、ママ。電圧はまだしも電流なんぞ上げたら死んじまうぞ。まさか違法改造じゃないだろうな」

「そのへんは心得てるからご心配なく。それに貞夫ちゃん、相互不干渉のココロでしょ、私たちは」


 警部は「ヘッ!」と吐き捨てるように言うとふて腐れた顔で湯呑を口にした。


「さあショーコちゃん、ちょっと着てみなさいな」



 着替えた晶子が隣室から姿を見せた。スカートからショートパンツに、ベストは制服のブラウスの上から羽織っている。もちろんベルトにはスタンガンが、そしてベストには一対の予備バッテリーまで装備されていた。


「あら、お似合いね」


 嬉しそうに微笑むママの傍らでミエルと警部が唖然とした顔で晶子の姿に見とれていた。小柄ながらも出るところは出ている、いわゆるトランジスターグラマーなボディーラインにママが選んだコーディネートは十分すぎるほど似合っていた。


「どうかしら、ショーコちゃん」

「いい、すっごくいいし。それに思った以上に軽くて柔らかいし」

「それは羊の革、シープスキンって言うの。ラムよりも厚くて丈夫なのよ」

「ママ、ありがとうございます」

「いいのよ、これも必要経費のうちだしね。今後は外での仕事のときはそれを着るようにしなさい。スカートの時もその下にベルトとホルスターだけでも着けておけば今回みたいな取り落としなんてしないでしょう、いいわね」

「はい、ママ!」


 元気な返事に続いて晶子はミエルに向かってドヤ顔を見せる。


「ミエル、黙ってないで何か言うし」

「あ、ああ、いいよ、似合ってる」

「それだけ?」

「カ、カッコイイ……」

「どうでもいいけど、もっと気の利いたこと言うし!」

「うん、晶子らしいスタイルだよ、とてもいい感じだよ」

「フン、今日からこれがあたしの勝負服だし」


 そう言うと晶子は腰のホルスターから素早い動作でスタンガンを抜いて、それをミエルに向けて構えて見せた。


「もしあんたがヘンな気を起こしたら迷わずこれっしょ」


 晶子が不敵な笑みを浮かべながらボタンを押すとミエルの目の前で白い閃光と軽い炸裂音が鳴り響く。そして物騒な得物を前にしたミエルは頬を引きつらせながらひとりつぶやいた。


「今日からますますピンチじゃんか……」




男の娘探偵ミエルの冒険シリーズ

エレクトリック・シープ・スキン ~ 明日葉晶子の勝負服


―― 終幕 ――



謝辞:

第二弾も鋭意制作中です、またお会いしましょう。


※シリーズ第二弾、ひっそりと公開中です。(実は完結もしています)


エスケープ・フロム・デーモンタワー ~ ミエルと晶子の救出、脱出、危機一発!

https://kakuyomu.jp/works/16817139559154444720

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エレクトリック・シープ・スキン ~ 明日葉晶子の勝負服 ととむん・まむぬーん @totomn

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