第3話 姿勢を正して反省

「それでは警部さん、それとママさんとやら、あとはよろしく頼みましたぞ」


 杖を手にした老紳士がボディーガードを兼ねた大柄な男性に付き添われて古びたビルの一室を後にした。その老人こそが今回の依頼人、飲食店組合の長だった。まるで心のこもっていない営業向けの笑顔で見送ったママが窓辺に立ってブラインドの隙間から見下ろすとそこには大型の高級車、ビルから出てきた二人を乗せた車がゆっくりと走り去っていくのが見えた。


「まったく面倒なだけの仕事だったわ」


 つまらなそうにそうつぶやいて振り向いたそこには、まるでここが自分の指定席と言わんばかりに革張りのシートに身を委ねる相庵あいあん警部、それに学校帰りで制服姿のミエルこと小林こばやし大悟だいご明日葉あしたば晶子しょうこの姿があった。


「ところでミエルちゃん、あなた、何か言うことがあるんじゃないかしら?」

「す、すみません。ボクだけでなく晶子にまでケガをさせてしまって」

「そ、そんなこと関係ないし、逃げなかったのはあたしだし……」

「ハイハイそこまで、そういうのは帰ってからにして頂戴」


 ママはパンパンと手を打ちながらミエルと晶子の会話を遮った。


「さて、これは今回のギャラ、とりあえず金額を確認して頂戴」


 二人に手渡された封筒の中身は高校生のアルバイトにしては十分すぎる額ではあったがミエルにとってはいささか物足りない結果だった。


「まずはショーコちゃん、このミッションでのあなたの役割は何だったかしら?」

「ミエルからデータが入ったUSBメモリーを受け取ってすぐにその場を離れること、そしてそれをここに持って来ることでした」

「そうよね。まあ媒体は違えどもパソコン本体を持って来ちゃったわけだからミッションはクリアできたけれど、あの乱闘騒ぎは余計だったわね」

「はい、ごめんなさい」

「大きなケガがなかったことは幸いだったけどあれは命令外、だからギャラには含まれてないの。そこは理解してね」

「はい、ありがとうございます」


 晶子は封筒に入った一万円札を数える。その額は五万円だった。とは言え毎月の固定給とは別に受け取ったこの金額に晶子は十分満足していた。

 一方、ミエルが手にした中身は二十三万円という妙に半端な金額だった。


「乱闘騒ぎについてはショーコちゃんと同じ。だけどミエルちゃん、今回は完全にあなたのペナルティーよ。だから余計な経費を差し引いての割引仕事、半端な額なのはそういうこと」

「は、はい……」

「データだけをこっそり頂いてくる計画が本体ごと持って来ちゃうんだから。いくら結果オーライとは言っても余計な面倒が増えちゃって、あなたの口ぐせじゃないけどこっちまでピンチになるところだったわ、今後は気をつけなさいな」

「す、すみません」

「それでも当初の目的は果たせたわけだし、無事に戻っても来れたし、とにかく頑張ったことは認めてあげる、ごくろうさま」

「あ、ありがとうございます」


 ミエルが肩を落としながら頭を下げると隣に立つ晶子もいっしょになって頭を下げた。すると愛用の湯呑でお茶をすすりながら彼らの様子を眺めていた相庵警部もママに続いて小言を言い始めた。


「ところでミエルよ、お前、少しばかり仕事が甘くなってないか?」

「えっ……?」

「そもそもパスワードの記憶違いなんて凡ミス、今まではなかっただろうが。ゼロと小文字のoはまだしもbと6とゼロがごっちゃになるなんて、理系男子を名乗るにはちょいとお粗末だったぜ」


 警部の言葉に小柄なミエルはますます小さくなっていく。そして苦言はまだまだ続いた。


「これまでのミエルは一匹狼みたいなもんだった。だからそれなりの緊張感と用心深さを持って臨んでたはずだ。ところが今はお前さんひとりじゃない、ショーコって仲間ができた。お前さんは彼女を守ろうなんて考えてるんだろうが、自分のことだけでもいっぱいいっぱいなんだ、余計なことに気を回せばその分肝心なところが疎かになる、此度こたびの敗因はまさにそれだよ。今後はショーコのことはショーコにまかせてお前は自分の使命に集中するんだ。相手を信じる、それこそが互いの信頼関係ってもんだろ」

「はい、ありがとうございます。警部さん、ママ、それに晶子、ボクは今の話をしっかりと肝に銘じます」


 警部は素直に詫びるミエルの姿に満足したのか大きく頷いて見せた。そしてその矛先は晶子にも向かう。


「それとな、お嬢ちゃん。あんたもあんただ。まったくかわいい顔してとんだ武闘派だな」


 晶子もシュンとして下を向く。


「そもそも女子高生がスカートの中にスタンガンを忍ばせるなんて……ママもいったいどんな教育をしてるんだ。その上そいつを取り落とすなんざ、ひとつ違えばお嬢さん、あんた自身が餌食になってたかも知れないんだぜ」

「はい、反省してます」

「とにかく……」

貞夫さだおちゃん、もうそのくらいでいいんじゃなかしら?」


 ママの横槍で話を腰を折られた相庵警部はむくれ顔で自分の湯呑に二杯目の茶をいれる。そんな彼を横目にママはミエルと晶子の二人に続けた。


「貞夫ちゃんとの計画ではね、データだけを手に入れたら最低限の証拠固めをして踏み込む予定だったの。それが連中の商売道具のパソコンごと持って来ちゃったもんだからこっちも大慌て、いろいろ手間がかかったわ。『連盟』とか言う連中をごまかすために貞夫ちゃんのところにも手を焼かせちゃったし、だから少しくらいのお小言は我慢しなさいな」


 今回のミッションは二人にとってはよい教訓になったのだろう、ママと警部の言葉に二人は姿勢を正したまま小さく「ハイ」と答えるのが精一杯だった。

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