中年子持ちが勇者になるのはアリですか?

rina103

第1話 ん?今なんて?

「もう10日になります…お父様は大丈夫でしょうか?」


 ベッドに寝ている人物から医療用魔道具を外しながら表示板を見ていた医師が、眼鏡を直し振り向く。


「アストレアお嬢様…申し上げにくいのですが、わたくし共で出来ることはもうございません。あとはグラス様の内なるお力に頼るしかございません。」


「…そんな…」


 医師の言葉に、アストレアは体の力が抜けそうになるのを堪えた。


「力至らず、誠に申し訳ございません。」


 2人の医療助手が、手早く魔道具をケースに戻し、寝ている人物“グラス”の首と右手首についているリングにケーブルを刺すと、ベッド横に置かれた表示板にステータスが映し出された。


「アストレアお嬢様もお休みになってください。グラス様は副団長にまでなった強いお方です。信じましょう」


 医師はそれだけ言うと助手を引き連れて部屋を出て行った。


「お嬢様…」


 部屋に残っていたメイドがアストリアの肩にそっと手を置くと、糸が切れたように、トサッとソファーに腰を落とした。ベッドのグラスはただ眠っているようにしか見えない。


「お父様…私をひとりにしないで…」


 ソファーの背もたれに体を預け天井を見上げるアストリアの頬に涙がつたっていく。


「お嬢様、お部屋に戻られてお休みになられた方が…」


 ソファーに座り直し、グラスを見つめるアストリア。


「今日もお父様のそばにいるわ…ありがとう」


「…毛布をお持ちいたします」


 頭を下げ部屋を出るメイド。扉が閉まると、アストリアは目を閉じた。


「…お父様…」


 アストリアの意識が深みに落ちていく。…雨の音が聞こえる…


 



「葬儀の日に降る雨は、ポラリス様の涙なんだよ。ステューリアは泣いているポラリス様を慰めに行かないといけないんだ。“私は大丈夫です、ポラリス様泣かないで”って」


 同じ傘に入っているアストリアに、グラスは淡々と語った。


 儀礼用の騎士団の黒い外套を着たグラスの横で、喪服の黒いワンピースを着た、グラスの腰の高さまでしかないアストリアが、土をかけられ徐々に見えなくなっていく棺を見つめていた。グラスと繋いだアストリアの手に力が入る。


「…お母様は、ポラリス様の所に行ったのですね…」


「…そうだね…今ポラリス様とお話ししているだろうね」


 周りでは親族や関係者が、棺が埋められた場所に花を添えている。挨拶のためグラスが離れてもアストリアはずっと見つめていた。


 雨の降りが弱くなってくると、雲の切れ間から光が射す。それは棺が埋葬された所を照らした。


 見つめていたアストリアがぽろぽろと涙を零した。堰を切ったように悲しみが溢れ出す。


「うわあああああああああああああああああ」


 傘を手放し、アストリアは絶叫するように泣き出した。

 雲の動きに合わせて光が動き、アストリアを射し照らした。


 グラスが走ってアストリアのもとに行き、跪いて抱きしめる。アストリアもグラスに抱きついた。


「お母様ぁぁぁぁぁ」


「雨が止んできただろ、ステューリアは泣き止んだポラリス様と一緒に天界に行ったんだ!」


 グラスは外套を開き、アストリアを中に入れた。アストリアは泣き続けた。


「ステューリアはポラリス様と一緒だ。俺たちも帰ろう…」


「……………ヒック……………ヒック」


 グラスは、しゃくり上げているアストリアの頭を優しく撫でながら立ち上がった。


「…帰ろう…アストリア…」


 傘を拾い上げ、柄を腰に当て片手でたたむグラス。


「……はい…」


 アストリアは雨とは違う雫を頭に感じた。



 


「……うん…」


 何かの音に気が付いて目を覚ますアストリア。頬が涙で濡れていた。手で涙を拭ってソファーから体を起こす。パサッっと毛布が足元に落ちる。


「……ありがとう、ソニア…」


 毛布をたたんでソファーに置くと、視野の端に明滅している何かに気付く。ピッピッピッという警告音にも気付く。


「!…お父様!!」


 ベッドに駆け寄りグラスの顔を覗き込む。眉間に皴が寄り、息が荒く苦しそうにしている。警告音が何個も重なり、表示板のステータスの項目が赤く点滅している。


「誰か! お父様が!! 先生を呼んで!!」


 アストリアの声に、メイドが部屋に3人駆けつける。


「お父様が!! 先生を呼んで!!」


「はい!!」


 メイドの一人が部屋を飛び出していく。グラスの息がさらに荒くなり


「ぐ…が……があ!!」


 グラスが頭を押さえながらベッドの上で暴れだす。


「お父様しっかりして!! お父様!!」


 アストリアが、暴れるグラスをなだめるように押さえつける。

 残ったメイドもベッド横に集まりグラスを押さえる。


「かっっ…!!!」


 グラスが激しくのけ反り、バタッと動かなくなる。警告音がピーという連続音になり、ステータス表示が赤く点灯したままになる。


「…セバスとソニアを呼んできて!! 早く!!」


「「はい!!」」


 2人のメイドが部屋を飛び出していく。


「お父様!!!」


 表示板のメニューを開き「蘇生モード」を探すが、指が震えてうまく操作できない。


「…あ…お…とう…さ…ま」


 手が震えて操作できない。思考が纏まらない。息ができない。


「カハッ!!」


 グラスが咳き込み、薄っすらと目を開けた。表示板は赤く点灯したままだ。


「お父様…?」


 グラスは目だけ動かし周りを窺っているようだ。そしてアストリアに視線を合わせると、唇は動くが息が漏れて声にならない。


「…何を…何を仰っているの…?」


 アストリアがグラスの顔に耳を向け近づけると、グラスは


「やっと…やっと、尋常じゃないミニスカ制服の女子が通う学園で、魔法ぶっ放したり、魔剣振り回したり、第二王女とイチャコラできる…」


「ん?今なんて?」


 明瞭ではっきりと通る声でアストリアは言った。









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