彼女の面影

杜侍音

彼女の面影


「はい、チーズ」


 と、彼女を撮ってみたが、写真には写っていない。

 一年前に来た時と変わらない景色だけがそこにはあった。


「だって、恥ずかしいだもん。子供みたい」


 膨れっ面の彼女の顔は可愛らしいから、すぐさまその瞬間を保存しようと構えるも、そこに写ることはない。


「別にいいじゃないか。せっかく彼氏が日本から遥々ここまで来たんだから、思い出くらいは残したいだろう」

「その、写真が恥ずかしいのもあるけど、『はい、チーズ』っていう掛け声がなぁー」

「Say cheese」

「英語にしたとて!」


 元々、写真を撮るときの掛け声はアメリカ由来だそうだ。発音の都合上、「チー」と言えば口角が自然に上がり、笑顔になるだとか。

 ぜひとも語学留学で学んだという自慢の英語力を見せてもらいたかった。

 僕の真似をして、僕の勧めでここに来たのだから。


「大体さー、寂しいからってもう来なくてもいいのに」

「一応彼氏だからな。時には直接会いに来ることくらい義務だろう」

「あっ、何その言い方ー。ちょっとは泣いてもいいんじゃないの!」

「どっちなんだよ」


 すると、周囲にいる現地住民がこちらを見て笑っていた。大方、痴話喧嘩しているカップルがいると、言語の壁を超えて思われているはずなんだ。


「あははー、笑われてやんのー」


 呑気な彼女だ。

 そっちは、もう、笑われることはないからって……


「──なに泣いてんの。あ、私ともう会えないことが寂しいんだ」


 訃報が届いたのはつい先日だった。異国の地にて銃撃事件があり、その流れ弾に当たったと。

 祖国では日本人留学生が被害に遭ったとニュースで大々的に報じられるも、この街では何事もなかったかのように廻っている。


「ま、早いとこ私なんか忘れて新しい彼女を作るこったな!」


 妄想が、そう励ましてくれるが、彼女も思い出も消えることはない。

 これからも思い出は作るつもりだった。

 彼女の面影を探して、影を落とす街並みに向けて、僕はシャッターを切った。

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彼女の面影 杜侍音 @nekousagi

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