2019年秋 そして冬へ

ラグビーワールドカップ


それは、予期されていたが、怒涛のような勢いでおしよせてきた。進路が予報されていた大型台風の上陸のように。


コアなラグビーファンは、ワールドカップ開催とともに世界旅行をする。どちらかというと、あまり興味のなかった東洋の日本も、ワールドカップがあるから初来日。1ヶ月以上続くゲームを長期滞在しながら楽しむ筋金入のファンたちが、ヨーロッパやオセアニアから大挙して来たのである。そして、彼らのビール消費量は半端でない。


チケット購入済みの試合は日本中動いて見に行くが、全部の試合を観るわけでなく、それで初めて来た日本の観光名所も行く。京都にも来るが、滞在中試合があるとやはり彼らはパブで盛り上がって観たい。我々は彼らに不可欠なインフラになる。


それで京都の我らがパブも非常事態体制を敷いて、物資と戦闘要員を配備、満を持して戦いに望んだ。結果は、予想をはるかに上回る、すごい事に。試合中は立ち見となって、生ビールサーバーには長い列ができた。瓶や缶ビールならあるけど、といっても、彼ら彼女らはかたくなに生ビールを待った。待ちながら、他人とおしゃべりしたりして楽しそうであったが。


かなりテンションのあがる試合展開のもあったが、ひとたび終わると、悪酔いして暴れるやつは皆無。まあ、紋切り型の名言だが、サッカーはジェントルマンのゲームを野蛮人が戦うスポーツだが、ラグビーは野蛮人のゲームをジェントルマンが戦うスポーツだ、というのも言い得て妙。激しい展開に大いにもりあがって、がぶがぶビールを飲んで、終わると爽やかに勘定して帰っていった。


最後の南ア・イングランド決勝戦。南アの勝利で多いに盛り上がり、大柄な黒人で日本語もぺらぺらのヨハネスブルグからの留学生がイギリス人たちとハグをかわすなか、マルはなぜか暗い顔をしていた。


かなり酔っていたこともあり、まだ客が数人残っていたが、時計が真夜中を過ぎたあたりで、マルは急にそこにいたメンバーでの経営会議開催を提案。変に、目がすわっている。


「おまえら、ラグビーで浮かれているけど、これってもう終わっちゃったんだよ。もう無いの。次を考えないと、ここ終わるよ。それ考えてないだろう」。酒で顔を赤くしたナガトは「マルさん、いいじゃないですか、今日のとこは楽しく盛り上がって。後で考えましょうよ」


「そんなんだからお前はだめなんだ!」とマルはテーブルを叩く。その音にびっくりした南ア人が心配そうにこちらをみる。「俺はずっとお前に成功してほしいとチャンスをあたえてきたのに、だめだなお前は。お前は死にものぐるいでやってるといえるのか」。けっこう酔っていて呂律があまり回っていない。


「なんだか、こうやって浮かれているのも今のうちだけのような気がするんだ。いい時に、次のことを考えて準備していかないとだめなんだよ。それくらいこの商売というのは厳しいんだよ。次はなにができるかナガト、言ってみろ。後手になったら終わりなんだよ」


Pub犬ソースも、心配そうにマルの足元にすりよってくる。飼い主が喧嘩してたり悲しんでると、この犬は心配してやってくるという。


最後の客も帰っていって、その日は店じまいとなった。真夜中、ホテルへと歩く。もう11月で、外はかなり寒くなってきていた。


もう冬なんだなと、シンガポールから出張できていた、しんいちは思った。冬は、着実に来ていた。夏の興奮が続いた秋がまだ終わっていないと思っていたが、外の夜の空気はひんやりと冷たかった。


人生の後半戦のさらに終わりのほう、もしかしたら延長戦になって延長回でのゲームだったのかもしれない。還暦すぎたおやじが、狂い咲きのような情熱でPubを作ろうとおもいたち、あとの決して若くはないオヤジたちも賛同して、動いていったプロジェクトだった。神からのミッションなんだという、おかしな思い込みと掛け声と共に。


後日談


この後、コロナ禍で、そもそも国境をまたいでこれなくなった外人旅行客を主たる客とする飲食がどうなったかについては、敢えて書こうともおもわないし、いま、振り返ってみると、この11月の夜のマルの本能的な危機感がすべてを予測していたのかもしれないとも思う。


2020年7月、日本出張もできなくなったしんいち達は日本のマルたちとZoom電話会議で飲んだ。


「Zoomだけど、いちおう、おひさしぶり、かんぱーい」


オンラインながら、宴もたけなわになった頃、しんいちは聞いてみた。


「マルさん、今思うと、あのラグビー決勝戦の後でマルさんが言っていたこと、あれこわいくらい当たってましたね。コロナを予見したような」


「え、俺なんかいったっけ?」


「えぇ、覚えてない!?」


「決勝戦の日はさ、盛り上がったよなあ。楽しくてかなり飲みすぎて、こまかいこと覚えてないんだよ。なになに?」


そうだ、マルは飲みすぎると記憶がとぶんだったと、しんいちは今更ながら思い出した。


「あ、別にいいです。なんかいろいろ言ってたんですよ。お説教的なこと」


「。。。まあ、それはさておき。では、また、乾杯でもしましょう」

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ユア・アイリッシュ・パブ インバウンド繁盛記 @KenTakii

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