冷やし中華 🍥

上月くるを

冷やし中華 🍥




 東京生まれのミノル少年は、北九州の田舎の祖母に預けられて大きくなりました。

 大人の事情があったのですが、気づいたら萎びた乳房を吸っていたのです。(笑)


 父母からの仕送りがあったのかどうか不明ですが、子どもの目にも祖母は貧乏で、流行のハンバーグたらいうハイカラなもんを一度も食べさせてもらえませんでした。


 ぜいたくしたらあかんよ、ぜいたくしたら神さまの罰が当たるとよ、だからボンはよそんちの子より清らかなんよ……自分の口癖を祖母は真から信じていたようです。


 

      👵



 そんな祖母が、一年に一度、大事な財布のひもをゆるめてくれる日がありました。

 今度の日曜日あたり、どうかいねえ……街一番の中華料理店の名前は省かれます。


 ミノル少年は、盆と正月がいっぺんに来たように家中を走りまわってはじけます。

 当日、祖母は一張羅の浴衣に、これまた一本きりの帯を締め、口紅まで塗ります。


 にわかに華やいだ祖母がうれしいような恥ずかしいようなヘンな気持ちで、少年は黙って浴衣を着せてもらい、あっち向けのこっち向けの、し放題にされるのでした。



      🚌



 ゴワゴワに糊のきいた浴衣をツンツンにつっぱらせた祖母と孫は、土埃が舞う道を日に数えるほどしか運行しないバスに乗り、ドキドキワクワクとお出かけしました。



 ――広東軒の「冷やし中華」!! ヾ(@⌒ー⌒@)ノ



 これほどの大ご馳走を生まれて初めて食べた日をミノル少年は決して忘れません。

 少年の顔の何倍もありそうな大皿に、ちゃんと大人と同じ分量が出て来るのです。



 錦糸卵    🥚    

 ハム     💖

 胡瓜     🥒

 木耳     🍄

 鳴門     🍥

 トマト    🍅

 貝割菜    🌱

 海老     🦐

 チャーシュー 🤎

 刻み海苔   🖤

 氷      💧



 麺が見えないほどたっぷりと盛り付けられた具の豪華さといったらどうでしょう。

 中国人の板長さんはやさしい人だったので、特別大サービスしてくれたようです。



      🌃



 ミノル少年が東京の母親の再婚先に引き取られたのは、祖母の急逝のあとでした。

 あちこちに気を遣って成人し、現在は同い年のパートナーと家庭を営んでいます。


 でも、あの広東軒の冷やし中華の思い出だけは、妻にも親友にも語れずにいます。

 手の平で包むようにして愛しんでくれた祖母を、だれにもさわらせたくないので。

 

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冷やし中華 🍥 上月くるを @kurutan

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