第7話


 ――こうして、私の二度目の人生は一度目とは大きく違う着地点となった。


 アルフレッドは廃嫡。そして今後の禍根を残さないため、こどもを作ることができないよう男性機能を失うことになったらしい。今は帝都から遠く離れた東の離宮で軟禁生活を送っていると聞いた。

 そして、フィレナは地下牢でひっそりと毒杯を飲み亡くなったらしい。

 塩分を控えた皇帝陛下は、いまだに頭痛はあるものの、大きな発作が起こり、倒れるようなことはなかった。皇帝陛下の治世はまだまだ続きそうである。

 そして――


「ところで、あのときの俺の言葉、覚えてる?」

「ええ。だいたいのことは覚えていると思うけれど」


 いろいろな後始末に奔走して、早一週間。

 私室での書類の整理に疲れて、目の下にクマができている私に向かって、突然バッと赤いバラの花束が差し出された。


「――俺と結婚してください」

「え?」


 ……なんの話?

 思わずぽかんと口を開ける。

 すると、エルウィンがいやぁと照れたように頬を染めた。


「だからぁ、言ったでしょ。……『好きな女性の頼みごとは聞く』って」

「ええ。言ってたわね」


 エルウィンの話に真剣に頷く。

 たしかに言っていたが、それがどうして今、私に「結婚しよう」と伝えることになったのか見当がつかない。

 エルウィンはそんな私の顔をまじまじと見て……一度、バラの花束をそっとローテーブルへと置いた。


「……レディア、俺にした頼みごと、覚えてる?」

「エルウィンにした頼みごとね。……多すぎて思い出しきれないわね」


 正直、困ったことがあるといつもナランとエルウィンに頼ってしまう。ので、どの頼みごとかと言われると、すぐに断定はできないのだ。

 うーんと首をひねると、エルウィンはわぁ! と声を上げた。

 「あれでも伝わってなかったなんて……」とか「タイミングか?」とか言っていたが、気を持ち直したようで、こほんと咳ばらいをすると、ぎゅっと両手で私の肩を持った。


「レディアーヌ・ロニエ嬢」

「あ、珍しい呼び方ね。どうしたの?」

「いいから! あー、その、俺たちが初めて会ったときを覚えていますか?」

「えっと……三歳のときかしら」

「そう、レディアーヌが三歳。俺とナランが五歳」

「そうね」

「えー。つまり、俺は初めて会ったときから、ずっと君が好きでした!」


 え。


「この黒髪もとっても素敵だし、青い瞳も最高に美しいです」

「う……うん」

「俺はいつもなんでもできるし、貴族の次男でとくにしがらみもないし、なんか楽しく生きていけたらいいなぁぐらいしかないんだけど。でも……」


 エルウィンはそこまで言うと、ぐっと奥歯を噛んだ。

 そして――


「レディアに関わることだけは、本気になれる」


 まっすぐな緋色の瞳で私を見つめる。


「君が見た未来の話。何度も思い出しては苦しくなる。ナランがいなくて……レディアもいなくて……。俺はいったいなにを楽しみに生きたんだろうって」


 一度目の人生のあと、女神に見せてもらったエルウィン。……表情はなく、なにもかも欠落しているようだった。

 私はそれを見ていたから、エルウィンの言葉が大げさでも茶化しているわけでもないことがわかる。

 ナランと私がいないエルウィンは、ああなってしまうのだろう。


「アルフレッドの婚約者になってしまって……。もしかしたらそのままになってしまうこともあるんじゃないかって、怖かった。君が死んでしまうのも、君がいなくなってしまうのも。……レディアのことが好きだから」

「……そう。エルウィンは私のことが好きだったの……」

「うん。レディアのことが好きだ」

「そう……」

「好きだ」

「……うん」


 エルウィンの言葉に、胸がじわじわと熱くなる。そして、耳も熱くなって……。


「え、エルウィン?」

「ん?」

「私……あのね、……ちょっといろいろ考えてたせいで、好きとかそういうのわからないんだけど」

「うん」

「エルウィンに『好き』って言われて……、う、うれしいみたい」


 それだけ。今わかるのはそれが精いっぱいなのだけど。

 心が叫んでいる。うれしいって。


「そうか……っ!」


 答えた途端、エルウィンがぎゅうと私を抱きしめた。


「俺、今……七十年分ぐらいの気持ちが……一気に満たされた気分……」

「……そう?」


 なんだかエルウィンがかわいく思えて……。

 私はそっと頬に口づけをした。



***


 皇帝エルウィン

 宰相ナランとともに盤石の治世を敷く。

 民の声をよく聞き、災害などの際は必ず民を助けた。

 傍らにはいつも皇后レディアーヌの姿があったという。

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悪女にも矜持がありますので しっぽタヌキ @shippo_tanuki

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