第6話
皇帝陛下がエルウィンを呼んだ。その言葉にエルウィンはめんどくさそうにこちらへ近づき、私の隣へと立った。
「エルウィン、お前はどう思う?」
「……なにも思いません」
エルウィンの答えに、さすがにすこしだけ表情が変わりそうになった。
おかしい。エルウィンはここで朗々と国への愛や貴族のあり方、民への敬意を語る手筈だったのに。そして、皇帝陛下からの信を得て、継承権を上げてもらうはず……。
思わず、チラとエルウィンの表情を窺う。
そこには冷めた緋色の目があった。
「俺はナランのように優しい理想主義者でもなければ、レディアーヌのように民のために生きるわけでもない。そして、アルフレッドのように国や皇帝陛下への信頼が篤いわけでもありません」
エルウィンは興味なさそうにそれだけ言うと、私を見てニッと笑った。
「まあ、でも、好きな女性の頼みごとは聞く男なんです」
そこまで言うと、エルウィンはパチンと指を鳴らした。
その音を合図にしていたのか、バタンと夜会の会場の扉が開く。そして、十数名の騎士が入ってきた。その制服は……全員近衛騎士団。エルウィンの部下だ。
どうやら二人一組で人を連れてきたのだろう。連れてこられた人は縄をかけた人物だったり、案内しているだけの様子だったり様々だ。
こんな展開は聞いていない。まったく聞いていない。
「えー、すでにアルフレッドが自白していますが、こちらからここまでが小国が聖地とする湖に毒を投げ入れようとした騎士です。アルフレッドの部下なので言うことを聞くしかないような状況だったと思いますので、減俸程度でお願いしたいですね。アルフレッド自身は背任でしょうか。皇帝陛下が小国と国交樹立を目指していたのを邪魔しようとしたわけですから、罪は重いですよね」
「……そうだな」
なんでもない任務を遂行したあとの報告のように、エルウィンはすらすらと言葉を並べていく。
アルフレッド自身のことなのに、まったくアルフレッドが口を挟む隙がなかった。
アルフレッドの罪は、皇帝陛下への反逆、背任だ。そして……皇帝陛下はそれを否定しなかった。
アルフレッドはようやく、その罪状に気づき、怖くなったのか、カタカタと震え始める。顔は血の気がなくなり、真っ白だ。
「次にここから、ここまで。この侍女たちはフィレナ嬢に買収され、皇帝陛下に毒を持っていた人物です」
「毒だと?」
毒については、ナランと私でエルウィンに警護を頼んでいた案件だ。
一度目、皇帝陛下は突然、倒れそのまま儚くなった。
もしかしたら、毒を盛られたのではないか、と考えたのだ。
だが、毒であれば、毒見係がいるはず。だが、この毒はそこは問題なく通過してしまう。
「はい。正確に言うと、皇帝陛下のみに効きやすい毒と言いましょうか。皇帝陛下は頭痛がおありですよね。それは塩分の摂りすぎで悪化する場合があり、皇帝陛下は塩分を控えたほうがいいと、レディアが進言したはずです」
「ああ。昨年から控えている。隣国から医師を呼び、塩分の話については聞いた。レディアーヌが手配してくれたことだ」
「そして、この侍女たちはそんな塩分控えめにしていた食事にまた塩を投入していました。いやぁ。早く皇帝陛下に儚くなって欲しかったのでしょうか」
「……そうか」
「全員、フィレナ嬢に買収されたり、脅されたりしたと言っています」
その途端、固唾を呑んで見守っていた夜会の参加者たちが、「まさか」と口々に声を出した。
ざわめく大広間、そこに皇帝陛下の低い声が響く。
「どういうことだ?」
「わ、わたし……私じゃありません、……これは罠です……! そう私を陥れるための! レディアーヌ様が、レディアーヌ様が私に罪を被せようとして……!」
フィレナは私をキッと睨むと、弁明を始める。
「私は、これは、レディアーヌ様が私に嫉妬して……! 私を亡き者にしようとしているのです! 私ではありません、レディアーヌ様です……!」
フィレナは体を震わせ、顔を白くしながらも私を指差し続ける。
皇帝陛下暗殺の罪は……死罪だ。それ以外の方法で贖うことはできない。
私はフィレナの指差しを甘んじて受ける。そして、そっと眉根を寄せた。
「ここにいる方がみなさん証人のようです。……残念ですが、どんなに言い逃れをしようとしても難しいかもしれませんね」
困ったように微笑む。まるでわがままなこどもを見るかのように。
その途端、白かったフィレナの顔がカッと赤くなった。
そして、私に向かって掴みかかろうと迫ってくる。
「捕らえよ」
「はっ」
皇帝陛下の言葉にいつになく真面目に返事をしたエルウィンが、フィレナの右手を掴み、捻り上げ、そのまま床へと引き倒す。
エルウィンはフィレナの背中に膝を載せると、グッと上から抑えたようだった。
「はな……はなせっ! こんなはずじゃなかった……! こんな未来、こんな未来じゃなかったのに……! ずるい、なんで、あなたはきれいなままなの、ずるい……ずるいぃい!!」
エルウィンに背中を抑えられ、苦しいだろうに、フィレナはそれでも私に向かってこようと、あがき続ける。
「やはり……未来を見たのね」
フィレナの言葉に、予想が現実となる。そうだろうとは思っていた。でも……だから、一つだけ。どうしても一つだけ聞いておきたいことがあった。
「なぜ……なぜ、あなたはあの未来を見ても、だれかを救おうとしなかったの? なぜその力を私の立場を奪うためだけに使ったのでしょう」
一度目のとき。私は未来を見なかった。
見たのはフィレナだけ。もし、フィレナが見た未来で、だれかを救おうとしていたなら……。
「あなたは私よりももっともっと素晴らしい立場になれたでしょう。私と取り変わる必要などない。あなたの力、起こした奇跡で必ず、あなたは……」
アルフレッドを頼る必要はない。私に成り代わる必要もない。そんな未来があったのではないだろうか。
「じゃあ私は……自分で自分の未来を壊したって言うの? ……そんなわけない……、いや、そんなわけ……私は、私は……っだって、あなたになれば、私は……」
激昂していたはずのフィレナは、私の話を聞き、スッと表情を失くした。
そして、ぶつぶつと呟き続ける。
もはや、抵抗することもなくなったフィレナからエルウィンは手を離した。
「いいか、お前と彼女は決定的に違う。お前が彼女になれることなどない」
冷めた緋色の目でフィレナの背中を見ている。
「自分だけしか見ない前と、自分の命で多数の人間を救おうとする彼女と。……矜持が違うんだよ」
それだけ言うと、興味をなくしたように、視線を外した。
そして、その緋色の目は私を見た途端、いつもの悪戯っぽい色に戻るのだ。
「どう? 驚いた?」
「……ええ」
「うん……」
大量の証人を連れてくるなど聞いていない。
夜会に参加した貴族もとても驚いたことだろう。
「俺の手腕を全員に見せとくといいだろ? 逆らったらこうなるぞ、と」
エルウィンはそう言って、ニッと笑った。
「そうね」
エルウィンは皇帝になる男だから。
きっと、これもまたいい方向へ行くのだろう。
そして、皇帝の低い声が響き渡った。
「アルフレッドは廃嫡とし、離宮への幽閉。フィレナは地下牢へ」
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