天使がいる日常 ~俺を勇者と間違えた天使がそのまま居ついてしまった……でも、幸せです~
出雲大吉
天使がいる日常
俺が自室で夜食のラーメンを食べていると、いきなり部屋が光りだした。
そして、しばらくすると、徐々に光りが消え、目の前に女が現れた。
「あなたは勇者に選ばれました。これから異世界へと旅立ってもらいます」
女はテーブルに身を乗り出し、俺の顔に接近すると、
「はい!?」
俺は女が急に近づいてきたことにビックリしてしまい、箸でつかんでいた麺を落としてしまう。
麺はそのままカップ麺の器の中に落ち、汁が跳ね、女の顔にかかる。
「キャッ! 汚い!! なにするのよー!」
女は顔に汁がかかったことに文句を言い、ついた汁を拭くために、俺に背を向け、ベッドの枕元にあるティッシュを取りに向かう。
俺に背を向けて、四つん這いでティッシュを取っている女は、よく昔の絵とかで、神様や天使が着ているキトンと呼ばれる服を着ている。
そのため、尻の形がくっきり出ているうえ、ノースリーブから横乳がチラついている。
うわ、エロ!
俺、デリヘル呼んだっけ?
まだ高校生の俺が一人暮らしとはいえ、自室にデリヘルを呼ぶのは考えづらい。
もしかしたら、性欲に負けて無意識に呼んだのか…………そんなわけないか。
すると、こいつは何だろう?
俺は頭の中であらゆる可能性を考えるが、まったく思いつかない。
「…………誰、お前? そして、何でここにいるの?」
俺は鍵をかけたはずなのに、どうして入って来れたんだろうと思ったが、そもそも、この女は玄関から来たわけではない。
俺がラーメンをすすっていると、いきなり目の前に現れたのだ。
俺は完全にパニックだったが、警戒心は抱かなかった。
それが何故かはわからない。
この女が美人だからだろうか?
この女は金髪を腰まで伸ばしおり、顔はかなり整っている。
手足も細く、スラっとしているうえ、腰回りがエロい。
そして、胸部を見れば、キトンをそこそこ押し上げている。
「え? 私? 私は天使よ!」
女はキョトンとして、またしても、
天使?
天使ってあの?
「俺、死んだん?」
気づいていないが、死んでいるのか?
ならば、なぜ、ラーメンを食べているんだ?
俺は確認のため、麺を箸でつかみ、すすってみる。
ズ、ズズー
うん、うまいな。
「何を言っているの? あ、天使が死者を天界に連れて行くと思ってるんでしょう? 違う、違う。天使はそんなことしないわ。私は神様からの使命を伝えるのが仕事なの」
お前が何を言っているの?
俺はこの自称天使の言っている意味がまったく理解できない。
「使命って何だ?」
「さっき言ったじゃない。あなたは勇者に選ばれたの。だから異世界に行ってもらうわ」
なんでだよ!
嫌だよ!
「そもそも、俺って勇者なのか?」
「そうよ! その右手の甲にあるアザこそが勇者である証よ!!」
自称天使がそう言うので、俺は右手の甲を確認する。
アザなんて、ないけど……
「アザ?」
「そうよ! その右手の…………あれ?」
俺は自称天使に右手の甲を見せながら聞くと、女はとぼけた顔で首を傾げる。
「もしかして、常人には見えないとか?」
もしくは、ピンチになった時のみ現れるとか!
「あ、あのー、大変、失礼ですが、あなた様は川田ケイゴ様でしょうか?」
「いーえ、私は大野イオリと申します」
「………………」
「………………」
時間が止まった。
◆◇◆
どうやら、この天使は人を間違えたらしい。
しかも、これが3回目のミスらしく、彼女は罰として、この町にいる悪魔が起こしている事件を解決する仕事をしなければならないらしい。
そして、この天使は、俺の家に居ついてしまった。
今は11月で外は寒い。
住むところがない天使は涙目でこちらをチラチラと見てきたのだ。
俺はホームレスは可哀想だと思い、家にいても良いと許可を出した。
そして、俺は今日も学校が終わったので、家に帰る。
「ただいま」
「おかえり~。今日の晩御飯は唐揚げだから、間食しちゃダメだからね!」
こいつは何をしているんだろう?
俺はエプロンを着け、新妻っぽい天使に呆れかえってしまう。
こいつの名前はエルリアと言うらしい。
エルリアは、本人が言うには優秀な天使であり、天使業界(どんな業界だよ!)ではエリートらしい。
しかし、少し(?)おっちょこちょいなところがあり、それが玉に瑕らしい。
本当か?
確かに、炊事、洗濯、掃除は完璧だ。
こいつがこの家に居ついてから、1ヶ月経つが、非常に助かっている。
俺は両親がこの春から海外に赴任したため、一人暮らしを始めた。
しかし、俺はこれまでの人生で家事なんてしたことがなかった。
そのため、一人暮らしを始めてから、ずっとコンビニ弁当かカップラーメンの生活であったのだ。
エルリアが来てからというもの、俺の食生活は大幅に改善され、部屋もきれいなままである。
しかし、それは天使の仕事ではない。
俺は制服から私服に着替えると、ご機嫌で唐揚げを揚げているエルリアのそばに行く。
「なあ、俺はお前がウチにいてくれて、非常に嬉しい」
「な、なによ、急に……もう、唐揚げはつまみ食いさせないわよ!」
エルリアは俺のセリフを聞き、恥ずかしがりながら、かわいいことを言ってくる。
ああ、良い女だな、お前。
「……家事をしてくれるのは非常に助かっている。しかし、お前、使命は良いのか? この1ヶ月で何かしたか?」
俺は平日の昼間は家にいないため、こいつが何をしているかは知らない。
しかし、休みの日も平日の夜もこいつが使命とやらのために、何かをしているのを見たことがないのだ。
いつも家事をしているか、一緒に買い物に行くくらいである。
「うん? 使命? …………もちろん、動いているわよ」
おい、その間は何だ!?
「…………」
「わ、わかっているわよ。この町にいる悪魔だって、私なりに調査しているわ。なんでもこの町には変質者が現れるらしいわね」
ここ最近、変質者の目撃情報が絶えない。
その変質者は黒いコートを着ており、そいつを見ると、気を失ってしまうらしい。
「そうだが…………そいつを捕まえるんじゃないのか?」
「まだ、そいつが悪魔とは決まってないわ。それをこれから調査するのよ」
「いつするんだ?」
「そうねー。家事を終えてからだと遅いし、今度の土日は……買出しに行かないといけないし…………うーん、そのうち行くわ!」
こいつの使命は俺の家の家事より比重が軽いようだ。
俺としてはありがたいが、それで良いのか?
「なあ、その変質者が悪魔として、そいつは何をしているんだ? そいつを見ても、気を失うだけで、外傷はないみたいだし」
変質者を見ると気を失うらしいが、だからといって、後遺症があるわけではない。
「多分、魔力を奪っているのね」
「魔力? 魔法でも使うのか?」
ってか、俺らに魔力ってあるの?
「人間にも魔力はあるわ。ただ、魔法を使ったら危ないから、神様がロックをかけているの。たまに、そのロックを解除する人間もいるわね。よく言う魔法使いはそれのことよ」
へー。
「俺にも魔力があんの?」
「あるわよ。ロック解除する?」
「いいのか!?」
俺も今日から魔法使いになれるのだろうか?
メラ〇ーマとか使いたい。
使う場面はないけど。
「いいわよ」
「ロックを勝手に解除したら怒られるんじゃねーの?」
俺はこいつをあまり信用してない。
エルリアは自分のことをエリート天使と言っているが、俺はポンコツ天使だと思っている。
家事は完璧だけど、仕事はできない女なのだ。
もちろん、感謝はしてる。
「イオリは私の
「はい!? 俺はいつからお前の
いつの間に!?
俺はこのポンコツの部下なのか?
「私の使命に協力してくれるって言ったじゃない」
確かに言った。
でも、それは、金も家もないお前が家事でもなんでもするから、家に置いておいてくださいって言ったからだ。
それで
詐欺じゃん!
「押し売りみたいだな」
「別に私の
エルリアはそう言って、目を閉じると、俺の体が光りだした。
え?
俺、まだ、解除してって言ってないよね?
こいつ、人の話をまったく聞かねーな。
「終わったわよ」
光りがやむと、エルリアは目を開け、嬉しそうにほほ笑んだ。
エルリアは欠点が多いが、そのことを指摘しにくい。
なぜなら、本人に悪意はないし、すごく尽くしてくれるヤツだからだ。
しかし、本人の了承くらいは取ってほしい。
おそらく、こいつの失敗が多いのは、その辺りが原因だと思う。
「…………まあ、いいか。何の魔法が使えるんだ?」
「練習しないと、何も使えないわよ。私が教えてあげるから頑張って!」
魔法使い業界も甘い世界ではないらしい。
俺が何も出来ない魔法使いになり、晩御飯の唐揚げをエルリアと食べていると、テレビでまた被害者が出たとニュースが流れた。
「なあ、やっぱり、早めに解決したほうがいいんじゃないか? 悪魔って、魔力を奪ってるんだろ? 知らねーけど、どんどん強くなるんじゃねーの?」
しかも、今は11月なので、外で気を失ったら、風邪を引いてしまう。
「そうねぇ。早いほうがいいかもしれないわ」
「じゃあ、そうしろよ。害が少ないとはいえ、問題は問題だろ」
「わ、わかったわ。ご飯を食べ終えたら、捜索に行きましょう!!」
行きましょう?
行ってくる、じゃねーの?
「もしかして、俺も行くの?」
「え!? ……ついてきてくれないの?」
そんな悲しそうな顔をするなよ。
俺が悪いみたいじゃねーか。
「わかったよ。お前一人だと危なそうだし、俺もついていくよ」
こいつはかわいいし、変なのにナンパされる可能性もある。
一応、俺もついて行こう。
「やった! ありがとう!」
エルリアは俺がついて行くと言った途端に、悲しみの表情から笑顔へと変わった。
うーん、かわいいけど、頼りない天使だなあ。
食事を終え、エルリアが後片付けを終えた後、俺達は変質者の捜索に向かうことにした。
エルリアは以前のエッチなキトンはやめ、普通のパンツスタイルである。
こいつはスタイルが良いから、何を着ても似合うな。
ちなみに、俺が買ってやった服である。
まあ、親の仕送りからだが。
「よし、捜索を開始するわよ!」
外に出ると、エルリアは気合を入れる。
「どうやんの? 何か魔法でも使うのか?」
「え? それもそうね。よし、私の探知魔法で探すわよ!」
俺が言わなければ、足で探すつもりだったな。
こいつ、本当に大丈夫か?
エルリアは目を閉じると、ムニャムニャと魔法を
「よし! こっちよ!」
エルリアはカッと目を開くと、駅の方向を指さし、歩いていく。
俺もエルリアについて行くが、俺はふと、あることに気が付いたため、エルリアに聞くことにした。
「なあ、悪魔を捕まえるって、どうやんだ? そして、俺は危なくないか?」
俺は魔法をまだ使えないし、一般人そのものだ。
悪魔がどれくらい強いか知らないが、やばくないだろうか?
「悪魔は倒せば、魂だけになるわ。あとはそれを私の魔法で捕らえるだけよ。イオリは後ろで見ていてくれればいいわ」
本当に大丈夫か?
すごい心配だ。
「何か武器とかないの? 護身用に持っておきたいんだが」
「そうねぇ……よし! ちょっと待ってね!」
エルリアは指を口元にあて、考えていると、名案を思い付いたらしく、足を止めた。
そして、ポケットからスマホらしきものを取り出し、操作し出した。
「お前、携帯持ってんの? 連絡先を教えろよ」
持ってんなら、はよ教えろよ。
帰りが遅くなる時とかに、連絡したい時とかもあったのに。
「これは電話じゃないわよ。天使グッズを買える端末よ。名前は楽園<Rakuen>よ」
まあ、名前にはツッコまないが、便利な道具だな。
「よし、これにしよう!」
エルリアは買うものを決めたらしく、端末をタップすると、急に目の前に杖が現れた。
「はい、あげる」
エルリアはそう言って、俺に杖を渡してきた。
俺はその杖を受け取り、その杖を観察する。
杖はL字型をしており、昔のお偉いさんが持っているステッキのような形をしている。
「これ何?」
「魔弾の杖よ」
「魔弾?」
「そう。これを銃を撃つように構えてみて」
俺はエルリアに言われたように、杖の柄の部分を右手で持ち、杖の棒の部分を左手で支えた。
スナイパーライフルを打つ構えである。
小学生の時に傘でやったな~。
俺は昔を懐かしむ。
「これで?」
「魔力を流せば、魔弾が出るわ」
「どうやんだ?」
俺はさっき、魔法使いになったばかりだから、魔力のコントロールとかは出来ない。
「あ、それもそうね。うーん、ちょっと、そのまま構えていて」
エルリアはそう言うと、俺の後ろに回り、俺を後ろから抱きしめるように、自分の両手を俺の両手に重ねる。
いい匂いがする。
そして、背中にやわらかいものが…………
「今から私の魔力をあなたの体に流すから感じ取って」
エルリアは俺の耳元でささやく。
ふふ……
耳元でささやくな!
くすぐったいわ!
俺が心の中で文句を言っていると、エルリアの手から俺の体に何かが流れてくるのがわかった。
なんだこれ?
いや、魔力だろうけど……
エルリアの手から俺の手に流れてきた魔力は、徐々に俺の体に浸透し、体が温まっていく。
これまで体験したことがないような感じである。
そして、なんとなくだが、この温かいものを体の中で自由に動かせる感触がした。
「いけそう」
「うん、いいよ、いって」
俺の言葉に対し、エルリアが耳元でささやくように答えた。
密着している俺とエルリアは、他人から見たら、誤解されそうなことを言っているが、俺は気にせず、自分の中にある魔力を杖を通して、発射する。
すると、杖の先から青い弾丸が飛び出し、他所の家の塀に当たった。
しかし、弾丸は塀をまったく傷つけずに四散してしまった。
「これでいいのか?」
「ええ、完璧ね。今のは自分の魔力を感じ取るためのものよ。あとは自分だけで出来ると思うわ」
エルリアがそう言って、俺から離れたため、俺はもう一度自分だけで、魔力を操作してみる。
すると、先ほどと同様に自分の魔力を自由に動かせる感触がした。
「いけそうだわ」
「うん、よかった。これが出来れば、大丈夫よ」
俺は杖を構えるのをやめ、先ほど、魔弾が当たった塀を見る。
「何も起きてないけど、威力は大丈夫なのか?」
塀はまったく傷ついていない。
「問題ないわ。これは相手の魔力にダメージを与えるものだから、無機物に当てても意味ないのよ。でも、気を付けて、悪魔や天使にダメージを与えることはもちろんだけど、人間にも多少のダメージはあるから」
人間にも魔力はあるらしいから、当然といえば当然か。
「わかった、気を付けるわ」
「それと、これはあなたの魔力を使用しているから魔力が尽きたら、使えなくなることも覚えておいて」
弾は無限ではないらしい。
「魔力が尽きたら、どうなんだ?」
死なないよね?
「気絶するわね。でも、休めば、回復するわ」
なら、安心だ。
「わかった。よし、変質者を探すか」
「ええ。でも、無茶はしないでね。あなたはまだ見習い魔法使いなんだから」
「はーい」
俺達は準備を整えたので、変質者がいると思われる駅へと向かった。
◆◇◆
俺達が駅に着くと、夜なのに、まだ多くの人がいた。
「人、多いね」
「まあ、まだ終電じゃないしな。なあ、こんなに人がいるんだから、ここにはいないんじゃね?」
俺はすでにこいつの探知魔法とやらを疑っている。
「ここで間違いないわよ…………多分」
エルリアは自信がなくなったようだ。
何度でも言うが、お前、大丈夫か?
「まあ、人が多い所には変質者も出ないだろ。駅裏に行こう。あそこは暗いし、人も少ない」
「……うん」
落ち込むなよ。
きっと、駅裏にいるよ!
俺は落ち込んでいるエルリアを励ましながら、人通りの少ない駅裏へと向かった。
「……いねーな」
「……うん。どうせ、私なんて落ちこぼれなんだ…………うん? 何かいるわね」
ネガティブなことを言っていると思ったら、エルリアは何かを発見したようで、奥へと歩いていく。
俺もエルリアについていくと、道路の自動販売機に何か違和感を感じた。
「その自販機が怪しいわ」
エルリアは俺が違和感を感じた自動販売機を指差す。
「俺も何か感じる。なんだこれ?」
「あなたも魔力を感知しているのよ」
ふーん。
便利……なのか?
俺とエルリアは自動販売機の前まで来ると、そこで立ち止まる。
「ぱっと見る限り、ただの自動販売機だな」
「でも、魔力を感じるわ。こら、自販機! あなた、悪魔ね!」
エルリアは自動販売機に向かって、
しーん
他人から見たら、完全に酔っ払いだな。
他人のふりしていい?
「おかしいわねー」
エルリアは首を傾げている。
「何か買ってみるか?」
「じゃあ、私、オレンジジュース」
俺は自動販売機にお金を入れ、オレンジジュースを買った。
しかし、何も起きない。
「おかしいわね。コーラのほうが良かったかしら」
エルリアは俺が買ったオレンジジュースを飲みながら、考えている。
俺はめんどくさくなって、杖を構え、砲身(?)を自動販売機に向ける。
そして、魔弾を放とうとした。
「ま、待って~、撃たないで~」
すると、急に自動販売機から女の声がした。
「あ! やっぱり悪魔ね!! 見て、見て、悪魔よ、悪魔! 私の探知魔法は正しかったのよ!!」
さっきまで落ち込んでいたエルリアは、機嫌が直ったようだ。
はいはい、よかったね。
「お前は悪魔か? 自動販売機にしか見えないが」
俺は自動販売機に話しかける。
「そうです~。自動販売機の悪魔です~」
何それ?
ダセ~。
「あんたがこの町を騒がしている魔力を奪う変質者ね!」
エルリアは自信を取り戻したようで、嬉しそうだ。
「そうですけど、違います~」
何、言ってんだ?
「はい?」
「魔力を奪っているのは、私ですけど、変質者は違う人だと思います~」
「どういうこと?」
この自動販売機の名前はエミーと言うらしい。
エミーはここでジュースを売り、ジュースを買った人の魔力を少し貰っているらしい。
さっきもジュースを買った俺の魔力を貰った(お礼を言われた)。
しかし、俺から奪ったように、奪う量は本当に微小であり、気絶するほどは奪わないらしい。
じゃあ、何故、人が気絶するかというと、この駅周辺のごみ箱の配置が悪いそうだ。
よく分からないが、ごみ箱は負の魔力がたまりやすく、それが風水的に悪い配置をしており、魔力が低い人は負の魔力にあてられ、気を失うらしい。
「じゃあ、変質者ってなんなのよ?」
エルリアはエミーに詰問する。
「さあ? ただの変質者じゃないですか? 少なくとも、この辺りに私以外の悪魔はいませんよ」
多分、見間違いか勘違いが噂になり、それを事実と思い込んだんだろうな。
この時期、黒いコートなんて、よく考えれば、ビジネスマンなら大抵の人は着ている。
「あのー、お願いがあるんですけど、ごみ箱の配置を少し動かしてくれませんか?」
「いいけど、お前、悪魔だよな?」
なんか、イメージと違う。
「悪魔も十人十色ですよ~。私はここで細々とジュースを売る悪魔ですから」
まあ、家事が得意な天使もいるし、そんな悪魔がいてもいいか。
「じゃあ、配置を変えてくるわ。行くぞ、エルリア」
俺はエルリアに一緒に行こうと声をかける。
「え? この悪魔を捕まえないの?」
「やめてー! 私はザコ悪魔なんです~。天使様のお手を
「だってさ」
「もー、仕方がないわねー。いい? 悪さをしたら捕まえるからね」
話の分かるエルリアはエミーを見逃すことにしたようだ。
「はい~。ありがとうございます。お礼にジュースをあげます~」
エミーがそう言うと、自動販売機からコーラとコーヒーが出てきた。
良い悪魔だな。
その後、俺達は手分けして、貰ったジュースを飲みながら、ごみ箱の配置を変えたところで、家に帰った。
◆◇◆
「お疲れ様。なんか拍子抜けだったわね」
「危険がなくて良かっただろ」
「まあ、そうね」
無事、変質者事件を解決した俺達は家に帰り、ソファーに隣同士で座り、一休みしている。
「これで、お前の罰とやらは終わりか?」
悪魔を捕まえてないけど、いいのかね?
「終わりね。捕まえてないけど、事件は解決したもの」
「じゃあ、天界とやらに帰るのか?」
こいつはそのためにここにいるから、使命が終われば、天界に帰るのだろう。
「…………そうね」
「…………」
エルリアは俯き、俺達の間に沈黙が流れる。
「…………ここにいてもいいぞ?」
俺は沈黙を破り、エルリアに提案する。
「いいの?」
エルリアは顔を上げ、隣に座る俺の顔を見つめてくる。
「逆に聞くけど、お前はここにいていいのか?」
こいつの使命はどうなってんだ?
勇者とやらも気になるが…………
「今回の使命が終わったから、私はしばらく待機期間になるわ。待機期間は次の使命があるまでは、何をしていてもいいの。天使の中には、その待期期間を使って、下界で商売をする変わり者もいるわ」
俗っぽい天使だな。
「じゃあ、当分、ここにいろよ。そして、家事をしてくれ」
もう、お前がいないと生きていけないんです。
コンビニ弁当の生活は嫌だ!
「もう、仕方ないわねー。私があなたの生活を整えてあげるわ。感謝しなさいよ」
エルリアはそう言って、嬉しそうに微笑むと、俺の方に体重を寄せ、頭を俺の肩に乗せてきた。
そして、翌日、俺は学校に行くために、玄関のドアを開け、外に出た。
すると、アパートの前に、昨日まではなかった自動販売機が設置されていた。
見覚えがある自動販売機だなー。
「おはようございます、イオリさん。昨日はありがとうございました」
自動販売機から声が聞こえてきた。
「エミーか? なんでここにいる?」
昨日の自称ザコ悪魔である自動販売機のエミーだ。
「あなたの魔力がおいしかったので、今日からここでジュースを売ることにしました。早速ですが、いただきます」
俺はまったくわからないが、魔力を奪ったようだ。
「全然、わからん」
「そりゃあ、やりすぎると、エルリア様に怒られますから。あ、これはお礼です」
自動販売機からコーヒーが出てきた。
「ありがとう」
一応、お礼を言う。
「いえいえー、出てくるジュースに希望があれば言ってください。では、いってらっしゃいませ~」
自動販売機は朝の見送りもしてくれるようだ。
変な悪魔だな。
俺のアパートに変わった自動販売機が設置されました。
◆◇◆
自動販売機がアパートに設置されてから1ヶ月が経ち、ウチにエルリアが来てから2か月が経とうとしていた。
ある日の夜、俺が自室のベッドで寝ていると、急に部屋が光りだした。
「え!? なんだ!?」
俺は急な光で目を覚まし、飛び起きた。
すると、徐々に光が消え、目の前に金髪の女が現れる。
すげーデジャブだ。
「初めまして、イオリさん。私は天使のフィリスと申します」
フィリスさんとやらが自己紹介をしてくるが、俺の頭はパニックだ。
飯時に来たエルリアといい、天使は来るタイミングを考えてほしい。
「んー、どうしたの? トイレはあっちよ……」
俺の横で寝ていたエルリアも目が覚めたらしい。
「トイレの位置くらいわかってるわ! いいから起きろ。多分、お前の知り合いが来たぞ」
俺はエルリアの体を揺すり、起こす。
「んー、眠いよー……ふあー、なーに……って、お姉ちゃん!!」
エルリアは眠そうに
どうやら、この人はエルリアのお姉さんらしい。
「お久しぶりですね、エルリア。使命を終えたのに、なかなか帰ってこないと思ったら、人間の男と同衾中とは……あなた、堕天使にでもなるつもりですか?」
「いえ、あの、これは……違うんです。お姉ちゃんが思っていることは勘違いです」
お姉さんがエルリアを問い詰めると、エルリアは慌てて、弁明をしている。
しかし、無理があると思う。
「そうでしたか。勘違いでしたか」
「ですです」
エルリアは必死に頷いている。
しかし、無理があると思う。
「では、あなたは、何故、イオリさんと寝ているのですか?」
「この家はベッドが一つしかないし、もう12月です。布団で寝ないと風邪を引いてしまいます」
エルリアは言い訳に必死だ。
しかし、無理があると思う。
「風邪ですか…………確かに寒いですものね? 温かくしないといけませんよ」
「は、はーい」
「では、何故、あなたは服を着ていないのですか?」
「………………」
人肌のほうが温かいって聞いたことが…………ヒッ!!
俺が言い訳の続きを考えていると、心を読まれたらしく、睨みつけられた。
「こ、これは、そのー」
「言っておきますが、私は1ヶ月前から、あなた方の生活を見ていましたよ」
「お姉ちゃんのエッチ!!」
妹の痴態を覗くとは、なかなかの上級者だ…………ヒッ!!
再び、心を読まれたらしく、睨みつけられた。
「リア、私はあなたを責めにきたのではありません」
にしては、陰湿的だったな…………あ、ごめんなさい。
「そ、そうなの?」
「はい。私は神様の命令であなたに次の使命を伝えに来ました」
「え?」
お姉さんの用件を聞くと、エルリアの顔から表情が抜け落ちた。
「あなたが本来、使命を伝えるはずだった川田ケイゴさんを覚えていますか? 彼は別の天使が異世界に送ったのですが、送った先で苦労をしているようなのです。あなたには、異世界に行き、川田ケイゴさんの補佐をしてもらいます」
「そ、そんな……」
エルリアが異世界に行くということは、ここでお別れということだろうか?
嫌なんですけど。
なんとかなりませんか?
「なりません」
普通に心を読んでくるな。
「お姉ちゃん、代わってくれない?」
「無理です。私も使命をもらいましたので」
お姉さんは妹の頼みを無情にも断った。
「お姉さんの使命って?」
俺はお姉さんの使命を聞いてみることにした。
「悪魔の捕縛です。最近の下界は悪魔が増えましたので、対策をしなければならないのです。ちょうど、そこにも悪魔がいますね。まあ、無害そうですし、あれは見逃しましょう」
お姉さんはそう言って、スポーツ飲料を取り出した。
あの自動販売機、賄賂を贈ってやがる。
さすが、悪魔だ。
汚い!
「嫌!!」
エルリアはそう言いながら、俺の腕に抱きついてくる。
「エルリア、神の命令を断れば、どうなるか、わかっているでしょう?」
お姉さんはエルリアを脅すように言う。
どうなるの?
「天使は読んで字のごとく、天の使いです。神の命令に逆らう者は消滅します」
「え!?」
マジで!?
「マジです。だから、あなたからも説得してください」
うーん、エルリアがいなくなるのは辛いが、消滅はしてほしくない。
「異世界に行ってこいよ。勇者君が使命を終えたら帰ってくればいいだろ」
「嫌!!」
説得に失敗しました。
「ハァ……あなたが使命を終えたのに帰ってこないから、こんな予感はしていました」
「じゃあ、もっと早く、来れば良かったじゃねーか」
「そうしたかったのですが、リアの幸せを壊したくありませんでした」
今、壊してますよ。
より、たちが悪いですよ。
「わかってます。エルリア、あなたはその男と一緒が良いですか?」
「当り前じゃない!!」
エルリアはそう言いながら、再び、俺の腕に抱きついてくる。
嬉しいんだけど、ちょっと、今はやめて。
シリアスな話の途中だから。
「ハァ……わかりました。かわいい妹を消滅させるわけにはいきません」
だから、お前が死ねー!!
って、襲いかかってきませんように!
「しませんよ。リア、私の使命はあなたがやりなさい」
「……いいの?」
いいの?
神様に怒られない?
「神様には、エルリアでは川田ケイゴさんの補佐は難しいと伝えます。私が代わりに行くので、エルリアには下界の悪魔対策をさせるように説得しましょう」
おおー!
ありがとう、お姉さん!
陰湿的って言って、ごめんなさい。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「本来ならダメなんですけどね。外にいる自動販売機に感謝しなさい。彼女にも頼まれたのです」
お姉さんはそう言って、ジュースを3本ほど取り出した。
あの自動販売機は良いヤツって信じてたぜ!
今度、きれいに磨いてやろう!
「まあ、せいぜい、仲良くしなさい。でも、堕天使になってはいけませんよ」
そう言うと、お姉さんは消えてしまった。
「良かったな」
「うん!」
エルリアはそう言って、嬉しそうに俺に抱き着いてきた。
……。
…………。
………………。
……………………。
翌日、俺はいつも通り、学校に行った。
そして、授業を終え、家に帰る途中、お姉さんと遭遇した。
「昨日ぶりですね、イオリさん」
「あ、どうもです」
挨拶してきたお姉さんに頭を下げる。
「昨日はすみませんでした。でも、私がいなくなった途端にあれはないですよ」
お姉さんは昨日、自分が帰った後も俺達を覗いていたらしい。
この人、覗いてばっかだな。
「すみません。あの、妹さんに会っていきます? 家にいると思いますが」
「いえ、本日はあなたに話があって来たのです。お時間、よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
なんだろう?
やはり、気が変わった!
お前は死ね!!
じゃないだろうな?
「違いますよ」
だから、心を読むなよ。
俺とお姉さんは話をするために、近くにあった喫茶店に入ることにした。
「それで話ってなんですか?」
頼んだコーヒーが来たので、お姉さんに用件を聞く。
「あなたは人間じゃありませんね?」
お姉さんは唐突にとんでもないことを言った。
はい?
「え? 俺、悪魔とかですか?」
妹を
死ね!!
ってこと?
「違いますよ。あなた、私を悪人に仕立てあげようとしてません?」
そ、そんなこと、思ってませんよ!
「まあ、いいです。どうやらあなたには自覚がないようですね」
「あの、俺が人間じゃないって、マジなんですか?」
俺は普通の人間だと思って、16年間生きてきたんですけど……
「最初に変だなと思ったのは、エルリアがあなたに懐きすぎていることです」
良いことじゃないか。
「おかしいんですか?」
「はい。天使は欲望だらけの人間に対し、警戒心を持っています。堕天したくないですからね」
「あのー、いくつか聞いてもいいですか?」
俺はいまいち、お姉さんの言っている意味がわからないので、聞いてみることにした。
「ふふ、どうぞ。おそらく、あなたの質問に対する答えこそが、あなたが人間ではないという説明になりますから」
お姉さんは意味深なことを言っている。
なんかミステリアスな人だ。
エルリアに全然似てない。
「あの、天使が人間を警戒しているって、本当です? お姉さんも?」
エルリアもお姉さんも警戒してるようには見えない。
「あなたに対してはしてませんよ。もちろん、エルリアもね。でも、他の人間にはしています。例えば、先ほどコーヒーを持ってきてくれた店員にも警戒していました」
俺は先ほどの店員を見るが、大人しそうな女の人だ。
とても、警戒が必要には思えない。
「なんで、人間に警戒するんですか? さっき堕天って言ってましたけど」
堕天って何?
「堕天は天使が天使ではなくなることです。天使は神の使いです。神よりも別の存在を重視するようになると、天使は堕天します。俗に言う堕天使ですね」
エルリアは大分前から神の使命より家の家事を重視してたような……
「エルリアは堕天してるんですか?」
「いえ、していません。でも、既にエルリアは神の使命よりもあなたを重視しています」
ん?
話が矛盾しているような……
俺はよくわからなくなってきた。
「えっと、……」
「ふふふ。私はあなた方をずっと覗いていました。だから、不思議に思っていたのです。見ている限り、エルリアはとっくに堕天しているはずなのに堕天していない。実を言うと、人間と致した天使はほぼ確実に堕天します」
「はあ? でも堕天してないんですか?」
「はい。私は気になったので、わざわざ神の使命と嘘をついて、あなた方の元にやってきたのです」
はい?
川田さんの補佐って嘘なの?
「はい。エルリアに与えられるはずの使命は、下界の悪魔の調査、捕縛です」
「ということは、あなたと代わった使命というのは、最初からエルリアの使命だったんですか?」
「そうなります。私は何故、エルリアが堕天しないのか、この目で調べたかったのですよ。そして、あなたを見て、原因がわかりました」
ようやく話が繋がった。
「俺が人間ではない?」
「はい。あなたが人間ではないからエルリアは堕天しなかったんです。もちろん、悪魔でもありませんよ。悪魔相手でも堕天しますので」
「じゃあ、俺は何なんですか?」
人間でも悪魔でもない。
もしかして、神様?
「そんなわけありません。あなたは天使でしょう。天使が同族の天使を重視するのは普通ですので」
お姉さんがエルリアを重視しているようなものか。
「俺、天使なんですか? とてもそうは思えませんけど。これまで普通に人間として生活してきましたし」
俺は過去の自分の人生を思い返すが、普通の人間の生活しか思い出せない。
「ふふふ。正確に言えば、あなたは人間と天使のハーフです。おそらく、あなたの両親のどちらかは天使なはずです。いえ、堕天使になったのでしょう」
俺の親父かお袋のどちらかが元天使らしい。
どっちだ?
どっちも普通の人間にしか見えねーぞ。
「信じられないんですけど」
「まあ、そうでしょうね。とはいえ、事実です。私が昨日、あなたを見た時に気づきました。私やエルリアが警戒しないのは、あなたが半分とはいえ、同族だからですよ」
なるほど。
俺相手なら堕天しない。
だから、警戒する必要がなかったってことか。
「エルリアは気づいているんですかね?」
「いえ、気づいていません。エルリアは昨日、堕天するつもりでした」
消滅は嫌だろうし、異世界に行くのも嫌。
残された道は堕天か……
「もしかして、堕天する天使って多いんじゃないですか?」
ウチの親みたいに。
「実はそうです。堕天使は皆、幸せそうなんですよ。それを
天使業界は大丈夫か?
「まあ、大丈夫ですよ。天使もいっぱいいますから。今日はあなたに自分の事とエルリアの覚悟を知っていて欲しかったんです」
エルリアの覚悟か……
「イオリさん、エルリアの事をお願いします」
お姉さんは俺に頭を下げる。
「はい。俺はあいつの
「ふふふ。ちなみにですが、あなたはエルリアの
あれ?
俺は半分天使だから無理なの?
「いえ、先日まではあなたが
「
下克上?
「ふふふ。まあ、天使の
「あ、はい。わかりました」
なんか恥ずかしいんですけど。
この人、覗いたり、恥ずかしいことを告げたり、本当に上級者だな。
「ふふふ。それでは、私はこれで失礼します。エルリアの使命を助けてあげてくださいね。それではごきげんよう」
お姉さんはそう言って、去っていった。
うーん、衝撃の事実だったな。
親父とお袋のどっちかが天使だったとは……
まあ、今度、聞いてみるか。
俺はひとまず考えるのをやめ、喫茶店を出て、家に帰ることにした。
◆◇◆
自分が人間ではないという事実に悩みながら帰っていると、家の前に着いた。
俺はきれいになった自動販売機に帰りの挨拶をし、アパートの自室のドアを開ける。
「ただいま」
「おかえり~。今日の晩御飯はカレーだから、間食しちゃダメだからね!」
今日もいつものようにエルリアが出迎えてくれる。
俺は出迎えてくれたエルリアの笑顔を見たら、悩んでいることが馬鹿らしくなった。
――エルリアがいてくれれば、俺の出生なんてどうでもいいや。
天使がいる日常 ~俺を勇者と間違えた天使がそのまま居ついてしまった……でも、幸せです~ 出雲大吉 @syokichi
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