第21話 リョ〇はえっちくないけど広辞苑に載ってない

 月明かりが照らす廃工場。

 静かな風が揺らす茂みの音色。

 春の虫がコロコロと鳴いている中、その人物はやってきた。


 バターブロンドの巻き髪。

 エメラルドグリーンのまっすぐな瞳。

 胸に輝く金色の飾緒。


「まったく、手痛くやられましたのね」

「チッ、るっせんだよ。何しにきやがったんだ、生徒会長」


 アルカナ学園生徒会会長、ソニア。

 彼女は穏やかに、しかしおぞましい笑みを貼り付けた。


 相対して、長ランのウニ女の表情は険しい。

 彼女が知っているソニアという女は、手駒が傷ついたからと言って慰めの言葉を掛ける人間ではない。

 だからこそわからない。

 ソニアがどうしてこんな場所に足を運んだのか。


 廃工場はアルカナ学園の不良のたまり場だ。

 ウニ女がトップに立ち、彼女をアネゴと慕う何人かの女子がここをよりどころにしている。


 汚れ事とかかわらないソニアがこの場所にいること自体が不自然なのだ。


 もっとも、理由を聞いたところで目の前の女が目的を簡単に口にすることは無いだろうと思っている。

 だから「何しにきやがった」と口では聞いておきながら、その実答えは期待していなかった。


「終わりにしようかと思いまして」


 だが、意外にも答えはすぐに告げられた。

 回答は予想外のものだった。

 だからつい、間抜けな声をこぼしてしまう。


「私、あなた方のことを嫌いではありませんでしたのよ? 生徒会長という立場上、汚れ仕事はできませんもの。その点、あなた方はとても使い勝手がよく、お気に入りでしたの。ですが」


 ソニアの目が、すっと細められる。

 エメラルドグリーンの瞳がスリットを開いたように見えた。

 まるで蛇だ。大きな蛇だった。

 とぐろを巻き、ピット器官で獲物を探る爬虫類のような目がウニ女を見下ろしている。


「私、弱者に興味はございませんの」


 放たれた声は、抑揚の一切ない硬い声だった。


「群れるだけが取り柄のハイエナ風情が私のそばに寄らないでくださいまし。負け犬の悪臭が移りますわ」

「……取り消せよ」

「あら? どこを取り消せばよいのですか? 一人じゃ何にもできない愚図を集めてお山の大将を張る、みじめで哀れなけだものではないとお思いで? オーホッホ! とんだお笑い種ですわ!」

「アタイは群れることを知らない一匹狼だった。だけど、そんなアタイをあいつらは慕ってくれた。その優しさが、アタイを強くしてくれた」


 ウニ女は木刀を振ると、無行の構えで臨戦態勢にはいった。瞳には強い光が宿っている。


「仲間がいるから強くなれる。アタイらは、負け犬なんかじゃない」

「戯言を」

「はじめに言っておいてやる。……ハイエナにだって爪牙はあるんだぞ」


 ウニ女が強く地面を踏み込む。

 陥没跡が生じ、彼女は勢いよく飛び出した。



 戦いはあっという間に終わった。

 それもそのはず。

 ソニアは貴族生まれの令嬢。

 幼いころから叩きこまれた英才教育には戦闘訓練も含まれており、その実力は学術都市アルカナでもトップクラス。


 その彼女は、首筋に手を当てて、冷めた目で足元に転がる女を見下ろしていた。


「へっ、ざまあねえぜ」

「……阿婆擦れ風情が」


 戦いの勝者はソニアだった。

 見下ろす彼女と、倒れ伏すウニ女。

 その構図がそのまま、彼女たちの実力差を表している。


 だが、敗北感を覚えたのはソニアであり、一矢報いたのはウニ女の方だった。


 ソニアが手を当てていた首筋。

 そこから、赤い血がどくどくとあふれ出している。


 捨て身の特攻だった。

 ソニアの全力に真正面から立ち向かい、被弾覚悟で木刀を薙ぎ払ったのだ。


 ソニアは紙一重で回避したが、その木刀は空気を裂いた。気圧差が生み出した真空の刃は、彼女の首の皮を一枚引き裂いたのだ。


「よくも、よくもよくもよくも」

「ぐぁ……っ!」

「弱者の分際で、駄犬の分際で、この私に傷を! 許さない、許さない、お前だけは、絶対に……!」


 ソニアがウニ女の頭を踏みつける。

 高価なブーツが真っ赤に染まる。

 瞳に宿るのは闇色の光。


 彼女の首から赤い蒸気が吹き上げる。

 膨大な魔力にものを言わせた回復魔法が、彼女の首にできた傷口をなかったことにしようと再生を始めているのだ。


 生徒会長とはいわば学園の象徴だ。

 一切の瑕疵なく、完璧な宝珠であり続けなければならない。

 そんな彼女を、あろうことかこの女は傷つけたのだ。

 許せないことだった。


 蹴る、蹴り飛ばす、踏みつける。

 気の向くままにサンドバッグに蹴撃を繰り出す。


 どれだけそうしていただろうか。


「……そうだ。こうしましょう」


 ウニ女の顔がボコボコになり、長ランが泥だらけになったころ、うっぷんをある程度晴らしたソニアがらんらんと口を開いた。


「あなたが大事にしている生徒たち。彼女たちが独断であの新入生をいじめていたことにしましょう!」

「……あ?」

「私に火の粉がかかることもありませんし、弱くてみじめな愚物を学園から排除できる! それはとっても素晴らしいことだと思わない?」

「……やめろ、あいつらには、手を出すな」

「黙れ」


 ソニアの放った蹴りがウニ女の顎を打ち抜く。


「まだ自分の立場が分からないようですね。だから駄犬なのですよ。地位も権力も実力も、あなたはなにひとつ私にかなわない」

「ぐぁ……」


 ウニ女の前髪をぶっきらぼうに掴み、頭をひっぱりあげる。苦悶の声を上げる女に、ソニアは淡々と告げる。


「地面に這いつくばってなさい。負け犬にはそこがお似合いよ」


 ソニアは知らない。

 今しがた自分の口から出た言葉が、やがてその身を亡ぼすことを。


 弱い者いじめの代償が、すぐそばで暗雲のように立ち込めていることを。

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学園エロゲのモブに転生してしまった 一ノ瀬るちあ🎨 @Ichinoserti

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