第25話 絵に描いたようなハッピーエンド

 

 こつこつこつと音を立て、私は見慣れた廊下を歩く。

 まっすぐ進んでいったその先にある茶色い両開きのドアを押し開けると、そこに待っていたのは……。


「エイミー!」

「エイミーなの?」


 ソファーに腰かけこちらを見つめる見慣れた顔。

 私を生み育ててくれた父と母だった。


「まさかお前が帰って来るなんて」

「どうしたの? 元気にしてた?」


 互いに感動の再会を果たしたように私に投げかける。

 それから立ち上がり、歓迎するように私の元に歩み寄ろうとした時だった。


「待って」


 私は二人を手のひらを向けて制止した。


「お二人にご報告があります」

「まあ、何かしら?」

「さあ何だろうな」


 楽しそうに顔を見合わせて答えを待つ二人。

 そんな彼らに向けて、一思いに私は言った。


「この方と結婚します」

「あら、それは嬉しいことね。この方って一体誰……え!?」

「ど、どういう事なんだこれは?」


「紹介するわね。こちら、ロメイル公爵家のトリュス」

「お久しぶりです。トリュス・ロメイルです」


 両親の表情が凍り付いた。


「お二人にお会いするのはこれで二度で……あっ」


「そんな、嘘でしょ……」

「お、おい、しっかりしろ!」


 母が真っ青になって倒れた。

 それを慌てて父が抱きかかえた。


「……本当に有名人だったのね」

「まあな」


 小声で呟いた私に、小声で彼が相槌を打った。


 両親が驚いたのも無理はない。

 二人の前に現れたこの男こそ、公爵家の中でも古くから存在する由緒正しき一族、ロメイル家の人間だったのだ。

 私やリリィ、アレンが知らなかったのは、彼の一族に会えるのが両親のような親世代に限られたからである。


「そ、それじゃあエイミー」

「?」


 呼吸を整え父が再び私の名前を呼ぶ。


「これから、我が一族はロメイル家と親戚になる……そういうことでいいんだな? それはさぞかし」

「違うわ」

「……え?」


「違います」

「????」


 父の眉間に皺が寄った。頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのがありありと見える。


「いや、でも、お前はこうして彼と」

「私はもちろん彼と結婚します。けれど、この家が、我が家がその親戚になる事は決してありません」

「ど、どうしてだ」


 どうして?

 そんなの考えるまでもない。

 

「だって私、この家と縁を切ったんだもの。そうでしょう? お父様」


 震える声を我慢して、はっきりと告げた。


 あの時、この家を出ていく私、全てを捨てなきゃいけなかった私。そんな私を呼び止めず見送ったのは彼らだ。


 だからその瞬間、私はこの家と完全に縁が途切れたのだ。


「今回はその事をご報告に参りました。この先、変な勘違いを起こされても困りますので」

「ま、待て。待ってくれ!」


 悲痛な呼び声を背中に受ける。

 私は足を止める事なく、この家を後にした。


 今度こそ。本当に。


===


 ようやく外に出た。


「お疲れさん」


 優しく語りかけるトリュスの声。


「うん」


 私は新鮮な空気をいっぱいに吸い込んだ。


「満足したか」

「うん」


「寂しくないか」

「うん」


「じゃあ、帰るか」

「……うん」


 不意にハンカチが差し出される。

 私はそっとそれを手に取った。


 涙で歪んで前が見えない。


「ほら」

「ありがとう」


 今度は彼の手を掴む。


 もう迷わない。


 その手を道しるべにして馬車に乗りこんだ私は、これからずっと暮らすであろう賑やかな街の一軒家へと帰っていくのだった。

 

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婚約破棄されたけど、お金を沢山貰ったんで独り身ライフを楽しもうとしたら、婚約者が追いかけてきた 椿谷あずる @zorugeru

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